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ゼロの魔女騎士《ウィッチナイト》  作者: 鴨志田千紘
終章 最後の勝利者は誰か?
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リスタート

 目を覚ますとそこは自宅のベットの上だった。下の階から僕を呼ぶ声が聞こえる。


「おはようございまーす! 黎お兄ちゃん起きてますか?」


 一瞬、なにが起きてるのかわからず当惑する。


 ——本当にあの日に戻った。


 視界は前と同じく朧げだ。慌てて枕元に置いてあったメガネに手を伸ばす。ぼやっとした視界が一気にクリアになっていくこの感触……随分久しぶりだ。

 以前と同じようにちゃっちゃと朝食を食べ、身支度をして家を出る。時刻は八時を少し過ぎたところだ。

 玄関ドアを開けるとブレザー姿の少女が僕を待っていた。咲久来だ。

 彼女の顔を見た途端、これから起こることが脳裏を過った。敵として戦い、殺し合う……そう考えるとなんと口にしたらいいのかわからなくなってしまう。


「ごめん……待った?」


 挙句出た言葉は謝罪だった。


「いつものことだから平気だよ。謝るくらいなら普段から早起きしてよね、お兄ちゃん」

「ごめんって」


 返ってきたのはいつもの皮肉。ぷくりと頰を膨らませながら、遅起きの僕を咎める。本当にここは僕が過ごしていた日常そのものだった。


「お兄ちゃんはいつもそうなんだから、しっかりしてよね。私は高一になって、お兄ちゃんはもう高二だよ? こ・う・に!」


 咲久来はそそくさと先をいく。その姿をしばし眺めてしまう。


 ——このまま平穏な時間をただ過ごせばいいのだろうか?


 この時間に戻ってきたのはそのためだ。僕が争奪戦に関わらないことで、愛梨彩を楽に死なせること。苦しませないようにすること。それが目的のはずだ。


「お兄ちゃん?」

「ああ、今いくよ」


 ひとまずはこのまま普段通り過ごそう。僕は前を歩く彼女の後を追った。

 並んで歩いてみるが、上手く話すことはできなかった。咲久来はこの時すでに魔術師だったのだと知ってしまったからだ。

 知らないところでずっと修練を積んでいた。彼女の裏を知ってしまった僕はどうしても後ろめたくなってしまう。僕が魔術師だったら咲久来が隠すこともなかったのに、と。


「本当にどうしたのお兄ちゃん? なんか今日変だよ?」

「なんでもない! なんでもないんだ! 本当!」


 かと言ってこの時間の咲久来を問い質す勇気もない。やはり魔法のことも魔女のことも知らない、特別感ゼロの人間を演じ続けるしかないんだ。

 そんな折だった。不意に黒い影が視界に入ってくる。まじまじと見なくても僕は彼女が誰か知っている。


「九条愛梨彩……」


 愛梨彩を訝しむように睨む咲久来。それも当然だったんだ。彼女は野良の魔女で、咲久来は教会の魔術師ウィザード。敵対していたのだから。

 僕はもう愛梨彩を直視することができなかった。見つめれば彼女と過ごした時間を思い出してしまう。思い出してしまったら……僕は愛梨彩を救えない。彼女に安らぎを与えられなくなる。


「学校遅れるぞ、咲久来。ほら、いこ」

「え、あ、うん」


 だから僕はあの日とは異なり、無関係な人間のフリをする。


 ——九条愛梨彩に関わらない。


 今回ばかりは咲久来の忠告を鵜呑みにする。それで愛梨彩が楽になれるのなら、自分の気持ちを押し殺しもするさ。野良の抵抗がなくなり、教会が世界を支配することになろうと構わない。僕にとって大事なのは愛梨彩なんだから。

 そうして僕は危険なことや怪しいことから遠ざかり、安穏と過ごす。長い物には巻かれて生きていく。


「素晴らしい人生だよ、それは」


 言い聞かせるように独り言ちる。普通でいいんだ、普通で。

 やがて学校に到着した。僕は咲久来と別れて教室へと赴く。危うく席を間違えそうになるが、軌道修正して教室の中央へ。そして極力窓側に目を向けないように努力した。


「オッス! 黎! 今日も仲良くカノジョと登校か?」


 突然、僕の視界がぐらぐらと揺れる。そういえばこのタイミングだったっけ……緋色がくるのは。


「カノジョじゃないって何回言わせるつもりだよ」


 呆れた口調で振り返る。すると彼は僕の肩を抱きながら、「そうだよなぁ。お前のお気に入りは九条だもんなぁー」と満面の笑みを浮かべるのだった。


「いやでもやっぱ幼馴染が大正義かも。尽くしてくれるし、面倒見いいし、そばで見守ってくれるし?」


 僕は緋色に不敵な笑みを見せる。しかし親友は特に返す言葉もなく呆然とするだけだった。


「どうしたんだよ、緋色? なんか変なものでも食べた?」

「いや、その言葉そっくりそのままお返しするわ。お前が九条の話題で動揺しないとか……マジか。お前、マジか。保健室いくか?」

「大げさだってば!! 大げさ!!」


 そんなこんなでホームルームのチャイムが鳴る。彼が「わかルイ一四世」というつまらないギャグを言えなくなるほど驚くとは……そんなに変なのだろうか? 愛梨彩に惚けていない僕は。

 ともかく今は学校で過ごすことに集中しよう。それが今の僕にできる愛梨彩への思いやりなのだから。



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