騎士の誇りをかけて
父が指定した日の夜、俺たちは成石学園に赴いた。
いつも登校する時のように校門をくぐり抜けただけなのに、背中の産毛が粟立った。ただならぬ魔の気配。どうやらあの人の情報は真実のようだ。
校門を真っ直ぐ突き抜け、グラウンドへと向かう。そこには予想通り、アインと魔獣の群れが陣取っていた。傍らには咲久来もいる。
「手はず通りに! アリサたちはチャペルに向かって!」
「ここは俺たちが引き受けてやらぁぁぁ!!」
情け容赦なく俺たちへと向かってくる魔獣を狡知の悪神が無数の鏃で迎撃していく。
「健闘を祈るわ!」
「誰に言ってるの。私は北欧圏最強の魔女なのだわ!」
フィーラは魔獣たちと向き合ったまま、サムズアップだけをこちらに見せる。
あの二人なら負けない。俺たちは信じて、歩みを進める。邪魔をするわずかな魔物を蹴散らしながらチャペルを目指す。
「そこまでだ!! アザレア!!」
チャペルの扉を蹴破り中へと突入する。講堂のように並べられた座席群の先の壇上。そこにアザレアとソーマはいた。
壇上の真ん中には浮遊する魔力の塊のようなものが禍々しく輝いている。あれが——賢者の石。
「ほう。ついにここを嗅ぎつけたか、野良の魔女たちよ」
「この瞬間を私たちは待っていた! 賢者の石……ちょうだいさせていただくわ!」
「そういうわけにもいかんよ。これは私の賢者の石だ。そなたたちに使わせるものではない」
アザレアと愛梨彩が静かに睨み合う。
まだアザレアは術式を展開していない。仕掛けるなら今だ。俺は『限界なき意思の剣』を手に取り、駆け出す。
「だとしても! お前たちの好きにはさせない!!」
「おっと。君の相手は私だよ」
壇上から俺の目の前にソーマが瞬時に移動してきた。剣と剣がぶつかり、鍔迫り合う。
「知ってるよ。あんたなら俺の相手をしてくれるって信じてた。……愛梨彩!!」
「ええ! 『氷園の絶壁』!!」
「これは……!?」
突如、チャペル内に氷霧の幕が垂れ下がる。異変に気づいたソーマは離れようとするが、時すでに遅し。
幕はやがて強固な氷壁へと変わり、俺たちだけを隔離していく。これで邪魔は入らない。二人だけの世界だ。
「狭いフィールドは自身の技量がものを言う。昔お前が言った言葉だ。主人も魔女も今だけは部外者。ここにあるのはお互いの意地と誇りだけだ。さあ、魔女の騎士同士決闘と洒落こもうぜ」
剣先をソーマへと向け、安い挑発をする。
ここは技量で生死が決まる決闘場。賭けるのは魔女の騎士としての誇り。どちらの想いが強いか、ここで白黒つけようぜ。
「いいだろう。その喧嘩買ってやるさ。私も君とは白黒はっきりさせたいと思っていたからね」
「なら、いざ尋常に……」
「勝負!!」
再び二つの魔剣が交差し合い、打ち合い、火花を散らす。やはり同じ魔力を纏う性質の剣では互角か。
「君との打ち合いはキリがないな。『光線狙撃——アンタレス』!」
ソーマは距離を取り、魔札を放つ。
「その程度の魔札で!! 『その刃は燎原の如く』!!」
俺は勢いよく氷土に魔札を叩きつける。
草原に燃え広がる火のように身の丈ほどある刃の群れが戦場を駆け抜けていく。向かってくる光線は刃の草原にかき消され、力を失う。
ソーマが逃げるように跳躍した。そして氷の壁に剣を突き立て、それにぶら下がった状態のままで魔札を放る。
「『光線弾雨——アルクトゥルス』
「クソ! 『進みゆく意思の炎刃』!!」
頭上に剣圧を放ち、なんとか自分に降りかかる光線の雨を退ける。
だが地は焦土と化し、刃の燎原は跡形もなく焼き払われていた。
「まだ終わらんよ! 『光線乱射——アルタイル』!!」
「こっちだって終わるもんかよ! 限界突破!! いっけぇぇぇぇぇぇぇ!!」
連弾を全て、長大な魔力の刃で薙ぎ払う。攻撃は全部回避した……しかし『限界なき意思の剣』は限界を迎え、霧散してしまう。
この機を逃さんとばかりに、爆煙の中からソーマが現れ出る!
「もらった!!」
「どっちが! 『|調和した二つの意思の剣』!!」
咄嗟の判断で右の剣で攻撃を受け、左手の剣でソーマの脇を斬り裂く。剣は見事に命中し、ソーマを吹き飛ばした。
「浅いか!!」
なんとか猛攻を凌いだが、ダメージが入ったのはローブのみ。流石は魔法遮断用の外套なだけはある。けれど斬り払った以上、二度目はない。次で決める。
「ははっ……はっ、はははははははは!!」
「なにがおかしいんだよ」
剣を突き立て、起き上がったソーマは楽しげに笑声を轟かせていた。あいつはこの戦闘に悦を見出しているのか。それとも別のなにかか……
「ようやく……ようやくだ。私の! いや魔術師の領域へとたどり着いたな、太刀川黎!!」
俺に致命的な欠陥が残っている以上、高みにはたどり着けない。魔術師と互角には戦えない。そんなニュアンスのことをソーマは以前も口にしていた。
「それのなにがおかしい! お前を倒すために俺たちが強くなったってことだろ!」
「そうだな。君の魔力量が増えたのは九条愛梨彩の魔術式が進化した影響もあるだろう。だが、それだけじゃない!」
「なん……だって?」
俺が強くなったのは愛梨彩の魔術式の進化だけじゃない……だと。そんなはずはない。俺たちは二人で力を磨いていった。この『|調和した二つの意思の剣』を作ったのだって俺だ。俺たちの努力の結晶だ。
「覚えているだろう? 私がお前に魔晶石を埋めこんだことを」
「まさか……」
「魔晶石を魔力のない人間に与えれば、一時的に魔力を得ることになる。だがあれはそもそも魔術師の魔力キャパシティを多くするものだ。より強い力を行使するための土台を作るものだ」
「それじゃあお前は……施しを与えたって言うのか? 力をつけた俺と戦うためだけに?」
俺の努力も生み出した魔札もその土台が安定してこそ真価を発揮するものだ。現に以前の俺は『その刃は燎原の如く』も『限界なき意思の剣』も完全に使いこなせていなかった。回数制限があった。
見兼ねたソーマは魔術師として十二分に戦えるだけの力を俺に渡した。愛梨彩の魔術式の進化だけでは足りないと、この男は最初から読んでいたというのか。
「情けない君と戦ってなにになる? だから桐生睦月を焚きつけ、君を捕らえさせたのさ。時間魔法の魔女がいたのは計算外だったが……九条愛梨彩が君の洗脳を解くまでが私の筋書き! 君たちはずっと! 私の手のひらの上で! 踊らされていたのさ!」
「そんなことしてなにになるんだよ!! どうしてそこまで俺にこだわるんだ!?」
「私が望むのは魔女の騎士として自分が正しいという証明のみ。それを証明するためには私と同等の力、相反する意思を持った魔女の騎士が必要だった。そして君が現れた。私と同じ主人を愛する者でありながら、全く違う価値観を持つ君が」
「狂っている……狂ってるよ、お前」
わからない、俺にはわからない。そこまでして正しさを証明する意味が。一体この男はなにと戦っているんだ。俺を見ているようで……俺を見ていない。俺の姿に誰を投影している?
「正気でできるものか!! こうでもしなきゃなぁ!!」
咆哮したソーマが剣に魔札を読みこませる。短く電子音が二回鳴り響く。『オーラ』、『コピー』と。
魔力をまとった双剣を手にソーマが吶喊してくる。俺と同じ力を再現するために剣を改造したのか!
「どこまでも! 同じ土俵にこだわるのか! お前は!!」
「勝つ! 勝って証明してみせる! 私が選んだ道は! 正しかったのだと!」
互いの左右の剣が交互にぶつかり続け、果てなく金属音を鳴りはためかせる。終わりの見えない攻防。まさしくそれは意地と意地のぶつかり合いの体現。根をあげるのはお前か! 俺か!
「想いの強さで……負けるわけにいくかよ!! 限界突破!」
俺にできてお前の補助魔法にはできないこと。ありったけの魔力を剣にこめ、ソーマを圧倒していく。
決意したんだ。必ず愛梨彩に賢者の石を渡すんだって。そのためにもお前をここで倒さなきゃいけない。それが俺の決意を現実に変えることだから!
「くっ! これでも足りないというのか!」
「もらった! 『二つの破壊炎刃』!!」
ノックバックしたソーマに容赦なく魔力の刃を放ち追撃する。同様に相手も剣圧を放ち、相殺させようとするが……そこまでは読んでいた!
俺は縮地するように跳び、爆煙を突っ切る。
「これでとどめだ!」
「そうはさせるか!」
煙の先にいたソーマの手には剣が一つ。もう片方には魔札。
この至近距離……玉砕覚悟か!? 爆風に巻きこまれればお前もタダじゃ済まないぞ!?
「『光線大砲——アルデバラン』!!」
構うものかとソーマは自分の全身全霊の魔力を魔法に乗せる。
「『二つの破壊炎刃』!!」
咄嗟の判断で魔法の相殺を試みる。駆け抜ける光の奔流とそれを斬り裂かんとする炎の刃。
決着は目前。最後に立っているのは俺か? ソーマか?




