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ゼロの魔女騎士《ウィッチナイト》  作者: 鴨志田千紘
第3章 学園の魔女
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生きたい、助かりたい、救われたい

「くっ! やはりこうなりますわね!! 『炸裂音:フォルテ』!」


 突撃する俺の前に音波の壁が立ち塞がる。音波は勢い強く体を吹き飛ばす。


「まだだ! 俺と一緒にきてもらう!!」


 空いている手で『逆巻く波の尾剣テイル・ウェイブ・ブレード』の魔札スペルカードを取り、百合音の腕へと巻きつける。

 俺と百合音はたちまちのうちに校門から離れ、校舎近くまで移動した。

 周囲にはまだ避難が遅れている生徒がいる。ここで戦えば巻き添えにしてしまう。

 見渡すと一階にちょうど使っていない教室があった。俺は咄嗟に『逆巻く波の尾剣テイル・ウェイブ・ブレード』を振るい、百合音を教室の窓へと投げこむ。


「なるほど。狭い場所に誘いこんで被害を減らす……懸命な判断ですわね」

「これ以上お前たちの好きにはさせない!!」


 『炸裂音:フォルテ』によって切断された『逆巻く波の尾剣テイル・ウェイブ・ブレード』を放り投げ、教室へと飛びこんだ。別のところで使われているのか、幸いにも障害となる椅子や机はない。ここなら思う存分百合音とタイマン勝負ができる。


「やられるもんですか……! やられるもんですか!!」


 再び百合音が魔札スペルカードを放り、ソニックブームを放つ!


「二度も喰らうかよ!」


 俺は『限界なき意思の剣ストライク・バスタード』で剣圧を巻き起こし、音波と相殺させる。爆風が巻き起こり、教室のガラスが粉々に割れていく。

 蛍光灯の破片の雨の中を脇目も振らずに駆けていく。接近すれば……俺の距離だ!!


わたくしは負けない!! 『模倣コピー』!」


 目の前の女が手にしたのは自分と同じ片手半剣——『限界なき意思の剣ストライク・バスタード』。


「そんなつけ焼き刃で!! 注力最大フル・アクティブ!!」


 跳びこんだ俺は両手で剣を振り下ろす。対する百合音は上段で剣を構えてそれを受ける。


わたくしだって……魔女なのよ……!! はあぁぁぁぁぁぁぁ!!」

「なに!?」


 剣が煌々と青黒く輝く。ありったけの魔力を帯びたその一撃は易々と俺を振り払い、跳び退かざるを得なくなる。


「魔力頼みのゴリ押しか……! 腐っても魔女ってわけだ」

わたくしにも譲れない意思の一つや二つくらいありますわ。わたくしはここで死ぬわけにはいかない!!」


 再び距離ができた俺たちは静かに睨み合う。

 百合音は『死にたくない』、『生きたい』という《《単純な意思》》だけで俺と競り合っている。シンプルで明確な意思だからこそ……その意思にブレがない。

 厄介なのはそれだけじゃない。いくら俺の魔力量が増えたとはいえ、魔女とは雲泥の差がある。同じ魔札スペルカードで持久戦をしたら相手が勝る。馬鹿正直に同じ力で打ち合うのは利口じゃない。勝つならこちらに一日の長がある剣術で上回らなければ。


「なら……数で補うまでだ! 『|調和した二つの意思のツイン・バスタード』」


 『限界なき意思の剣ストライク・バスタード』を放り投げ、代わりに新作の魔札スペルカードを解き放つ。現れたのは——一対の魔剣バスタード


「くっ! 双剣……ですか」

「真似してもいいんだけど? 使いこなせるならね」

「そんな安い挑発には乗りませんわ!! 『強化音:アニマート』!!」


 室内に凱歌が鳴り響く。百合音は強化されたソニックブームを連続で放つ。


「『二つの破壊炎刃ツイン・バスター・ソニック』!!」


 魔札スペルカードをかき消すようにがむしゃらに両手の剣を振るい続け、音波と相殺する。

 向かってくるものはない。全てを防いだ……と思ったその時。爆煙の中から百合音が突撃してくる。

 咄嗟の判断で二つの剣で彼女の剣を受け止める。


「どうしてこんな凶行に加担するんだ!?」

「私にはこれしか生き残るすべがないのですわ!! どうして……どうしてわたくしがこんな目に遭わなきゃいけないのよ!! 私はただ……幸せになりたかっただけなのに!!」


 ——幸せになりたかった。


 その言葉には切実な想いがこめられていた。ただ幸せになりたくて、彼女にとってそれを最短距離で果たす方法が争奪戦の参加だった。けど!!


「みんな……そうだ! 魔女はみんなそう思ってる! あんたが普通の幸せを望んでいたなら……争奪戦にくるべきじゃなかったんだ!」


 俺は左手の剣を受けから外し、脇を狙うように振るう。

 だが……一歩遅かった!

 気づいた百合音は至近距離で『炸裂音:フォルテ』を放ち、強制的に距離を生み出した。なんとか体勢を保たせるが、相手の動きは止まっちゃいない!


「過ぎた時間は変わらないのです!! こうするしかないのですわ……生きるには!!」


 百合音は宙で身を反転させ、天井を蹴り飛ばして再度襲いかかってくる。

 降りかかる一閃の矢のごときその一撃。全身全霊の力がこもっている。

 その姿を見て思ってしまう。彼女はそれほど生きることに必死なんだと。

 理不尽に命がなくなったのはある意味自業自得だ。けど、桐生さんにつき従って悪逆を働くのは本意じゃないんだ。好きでそんなことをしてるんじゃない。仕方なくだ。

 なら俺がしてやれることは……彼女に言えることはただ一つだ!


「だったら助かりたいって、救われたいって言えぇぇぇぇぇ!!」


 渾身の叫びを聞いた百合音の目が瞬時丸くなる。剣筋に……迷いが生まれた!

 俺は左手の剣で相手の太刀筋をいなし、反対側の剣を突き出す。

 剣は脇腹を貫き、百合音の体は宙吊りになる。俺はそのまま剣を下ろし、引き抜いた。

 互いの剣が霧散し、彼女はその場で膝から崩れ落ちた。戦意は……もうすでにないようだった。


「とどめは……刺さないのですか?」

「剣を交えてその必要はない……と思った。あんたが戦うのは選択の余地がなかったからだ。自分の意思じゃない」


 そう言うと百合音は嘲り笑った。俺をバカにするようなものではなく、別の誰かに呆れているようだった。


わたくしは争奪戦の意味を理解していなかった。体をいいように使われて、望まぬ戦いを強いられて……本当散々。プライドもズタボロですわ。できるならあの時に戻って……この戦いから降りたかった」

「その言葉……本音か?」

「当然、本音ですわ。誰が好き好んで教会なんかに……今は教会の魔女ですらないですけど」


 百合音が俺から目を背ける。

 彼女は自嘲していたのだ。死んだ後の彼女に自由はなかった。自分の意思と関係なく、望まぬ仕事をさせられて散々だったという心境は想像に難くない。

 だからこそ、なにも知らずに争奪戦に飛びこんだ過去の自分が許せなかったのだろう。


「今さらなにを言っても無駄ですわよね。道化みたいな死に方を晒したわたくしにはこうする以外道はなかったんですから。こうするしか……できなかった!!」


 怒りをぶつけるように百合音が右手を床に打ちつけた。悔しさ、苦しさ、やる瀬なさ……色々なものがこもっていた。

 そんな姿を見て、情が湧いてしまう自分がいた。自分が甘いということはわかってる。その甘さで死んだのもわかってる。

 けど……彼女が語ったのは紛れもない本心だ。本心なら声が届く。手が届くはずだ。


「もしあんたが救われたいって願うなら俺はその想いを尊重するよ。あんたは……あんたはまだ引き返せる」

「まさか本当にわたくしを救おうと思っているの?」

「俺たちにはそれができる。それに……あんたは嫌なやつだけど、悪いやつじゃないのはよくわかったから」


 届くと思ってしまったら自然とそんな言葉が漏れていた。

 高慢ちきで人を見下す、どうしようもなく嫌なやつだけどそれはきっと人間臭いだけだ。この人は狂ってないし、悪いやつじゃない。きっと人も殺せない魔女だ。それだけはちゃんとわかった。


「ふっ、ふふふふ! はははは!! とんだお人好しですわね!! それもバカがつくほどの!」

「よく……言われるよ」

「でも、お人好しにならこう言ってもいいのかもしれないですわね。『わたくしを助けて』と」

 やっと憑き物が落ちて一人の人間に戻れたのだろう。百合音は穏やかに微笑んでいた。ここにはもう、悪い魔女はいない。

「約束する。あんたを助けるって」

「ならしばしの間、わたくしは死んでいますね。わたくしはもう……この学園に危害は加えませんわ。争奪戦からも降ります」

「ああ、わかった。ありがとう」


 俺は教室を立ち去ろうとした。しかし不意に百合の独り言が耳に入ってくる。「睦月があなたに固執していたわけ……なんとなくわかりましたわ」と。

 慌てて後ろを振り向いた。


「え?」

「けど睦月はもう、あなたの中身に目を向けていない。欲しいのはナイトという器だけ。壊れて自分の根本すらわからなくなっているわけですわ。それを……忘れないで」

「忠告、ありがとう」

「いきなさい、高潔なる魔女の騎士」


 俺は再び歩みを進める。

 わかってる。百合音のようにわかり合えないってことは。

 油断してはいけない。彼女も魔女なんだ。助けたいという気持ちを戦いの最中では押し殺すしかない。

 どんな結末になろうと……俺はそれを受け入れる。そう覚悟せざるを得なかった。

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