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ゼロの魔女騎士《ウィッチナイト》  作者: 鴨志田千紘
第3章 学園の魔女
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魔女と王子と時々妹

 恐怖の館の最後はなんの変哲もない一本道だ。出口からはかすかな光が漏れている。それはようやく絶望から抜け出せるという安堵を与える希望の光。

 あと一歩、もうちょっとで終わる。目の前の生徒はそう言葉にするかのように早足で通路を抜けていこうとする。

 ——だが、それを見逃せない人間がここに一人。

「ぐがぁぁぁぁぁぁぁ!!」

「よ、鎧!? 置物じゃなかったの!?」

「もうやだぁぁぁ!!」

 泣き喚くように女子生徒二人が逃げていく。僕は扉が閉まる最後の瞬間まで暗い通路を駆け抜ける。

 あともうちょっとで肩を掴める。……そう思った矢先、女子生徒たちの姿はなくなっていた。

「ふぅ。まあこれくらいかな」

 兜のバイザーを上げ、一呼吸つく。

 時刻は一二時を少し過ぎた頃。僕らのシフトは間もなく終わろうとしていた。

 最初は人を驚かせるという慣れないことに抵抗があった。しかし回数を重ねるごとに楽しくなって仕方がなかった。僕の役は最初は動かず置物のフリをして見過ごし、最後の一本道でお客を追い詰めるという美味しい役だ。面白くないわけがない。

 そんなことを思い返してみると不意に教室の明かりがつく。どうやら時間がきたらしい。

「太刀川、九条。交代の時間だぜー」

 迷宮の奥に企画監督をしている本宮が現れる。合流するように愛梨彩も姿を現した。

「いやー好評好評! 午後もやって欲しいくらいだぜ。あ、けどお前らの仲を邪魔するわけにもいかないよな! 学園祭だし? 学園祭だしよ!」

「どういう意味かしら?」

「あとは二人でごゆっくりっことだよ。じゃあな!」

 愛梨彩に睨まれても本宮は動じず、飄々と去っていく。彼なりに気遣いをしたつもりのようだが……

「もう少し控えめに気を遣ってくれないかなぁ。あからさま過ぎだろ」

 本人は恋する友人を善意で応援しているつもりなのだろうが、やってることは野次馬と同じである。どこにでも一人はいるんだよなぁ、興味が露骨に態度に現れるやつ。

「なにか言った?」

「いえ、なんでも」

「そう。じゃあ着替えてくるから外で待ってて」

「ういっす」

 それだけ言うと愛梨彩は再びパーテーションの奥へと消えていった。僕は鎧を脱いで、代わりにローブを羽織る。普段なら怪しい見た目だが、今日は学園祭。コスプレ程度にしか思われないだろう。

 教室の前で彼女を待つ。結局桐生さんがくることはなかった。外もこれといって変わった様子はない。平穏無事。

 くるとしたら……やはり外部の客が増え始める昼以降か。みんなが幸せに過ごしているこの時間を邪魔させるわけにはいかない。

「お待たせ。さ、いきましょう」

 教室からローブ姿の愛梨彩が出てきた。彼女はその足で階段へとそそくさと歩いていく。妙に慌ただしい。ひとまず追いかけるしかない。

「いくってどこか決めてあるの?」

「……決めてない」

「ですよねー」

 ぱたりと歩みが止まる。学園祭の歩き方を彼女が知ってると思わなかったが……まさか見切り発進だったとは。いつも冷静な愛梨彩らしくないな。

「一グラは屋台で賑わってるはずだからそこで昼にしようよ。屋台の周囲は必然的に人が多い場所になるから索敵するならまずそこじゃない?」

「そうね。腹が減っては戦はできぬって言うし。一石二鳥ね」

 今度は二人並んで歩き出す。けれど彼女はずっと前を見ていて僕の方にはちっとも顔を向けない。

 理由はなんとなく察した。初めてのことで緊張しているのだろう。初めてクラスメイトと学園祭を見回ったあの時……興奮覚めやらなかったことを思い出す。きっとそれを言葉に表さず、抑えようとしているのだ。だから変な態度になる。

 となると、僕はいつも通りに接するのが一番なんだろう。

「魔女役、やってみてどうだった?」

「脅かれるのは少し心外だったわ。私ってそんなに見た目怖いかしら?」

 お化け屋敷もとい魔女の館は迷宮の中から宝を探し出し、持ち帰るというコンセプトだった。そのお宝を奪おうとした瞬間に屋敷の主人である魔女がどこからともなく現れ、驚かせる。そういう仕掛けだった。

「似合ってたからだよ。髪の毛も長いし」

「それ、褒めてるの?」

「褒めてる褒めてる。めっちゃ褒めてる。綺麗なものって時として恐ろしく見えることがあるんだよ」

「はあ。そういうことにしておくわ」

 呆れたようにため息をつくが、彼女は微笑んでいた。ようやくいつもの愛梨彩に戻ってくれたようで一安心した。

 しばらくクラスの出し物のことを話していると、第一グラウンドに到着した。周りの出店にはどこも行列ができている。近くに併設されてるベンチも人で一杯になっていた。

「あ、ちょうど一つ空いてるな。愛梨彩、そこで待ってて。僕がなにか買ってくるから」

 それだけ言うと僕は一目散に駆け出してしまう。多分、僕も浮足立っていたのだろう。

 狙い目は……塩焼きそばか。うちの学校の毎年の定番屋台だ。学園祭開始と同時に行列ができるのだが、みんなすでに一回食べたからかちょうど落ち着いた頃合いらしい。

 塩焼きそばを買い、ついでに空いていた焼き鳥も買っておく。手始めはこんな感じでいいだろう。

 急ぎ足で先ほどのベンチまで戻る。するとそこには見慣れない男二人組がいた。

「ねぇ、どう? この学校案内してよ。食べ物ならなんでも奢っちゃうからさ!」

「そうそう! お兄さんたちお金はあるから!」

 絵に描いたようなナンパ男がそこに。あーやっぱりいるんだよなぁ。近くの高校の学園祭にきて女子高生物色する大学生のお兄さん。

 無知だと平然とそんなことができるのかとしばし呆れてしまう。その人魔女ですせ、お兄さん。まあ魔女だからこそ蠱惑的で魅了されてしまうのだろうけど。

 このまま放っておくわけにもいかない。僕は彼女のナイトなわけだし、せっかくの思い出作りに水を差されるわけにはいかない。

「ごめんなさい。その子、僕の連れなんで」

「あ? なんだおま——」

「聞こえませんでした? その子、僕の連れなんで。軽い気持ちで手を出すと痛い目見るっすよ?」

 できるだけ穏やかに、にこやかに笑顔を見せる。しかし目は相手の瞳の奥を睨みつける。

 そんな余裕を持った僕の態度に末恐ろしさを感じたのかナンパ男たちは舌打ちをしてすぐ去っていった。

 全く……半端な覚悟で愛梨彩を口説くんじゃねーですよ。こっちはこの恋に命かけてんだからさ。文字通りの意味で。

「もう少し言い方あったんじゃないかしら?」

「だって事実でしょ。これでも死線を潜り抜けてますから」

 そう言って愛梨彩に微笑みかける。喧嘩をするつもりは毛頭なかったが、負けるつもりもなかった。好きな女の子を連れていかれるのを見て見ぬフリなんてできないし? 本気度で負けるわけないと自負してるし?

「そういうところは相変わらずね。けどカッコよかったわよ、太刀川くん。騎士じゃなくてまるで王子様みたい」

「な……!」

 愛梨彩がいたずらな笑みを浮かべる。なんか久しぶりに見た気がするが……これは間違いなく僕をおちょくってる時の顔だ!

「茶化すなよな! 騎士だろうが王子様だろうが同じことするし! 渡さないし! これでも……心配したんだから」

「ありがとう、太刀川くん。助かったわ」

「どう……いたしまして」

 ベンチに座り、食べ物を二人の間に置く。そのまま葱間の串を手に取り、勢いよくかじりついた。

 平々凡々。見目麗しい外見をしているわけでもない。王子様という柄ではないのは自覚しているさ。恥ずかしくてたまらない。誤魔化すように無心で焼き鳥を頬張る。

「太刀川くん」

「なに?」

「口、ついてるわよ」

 愛梨彩が自分の右頬を指差す。釣られて自分も右頬に手を伸ばすが、なにもない。

「もう……じっとしてて」

「あ、はい」

 おもむろに彼女の顔が近づいてくる。そのまま手にしたハンカチで僕の右頬を拭うと「はい、これで大丈夫」と優しげに呟いた。

「ありがとう」

 突如湧き出した心臓のバクバク。今さらなんでこんなことでドキドキしてるんだと思う冷静な自分と男子なら憧れるであろうシチュエーションを経験して興奮覚めやらぬ自分が脳内でせめぎ合う。

「さ、私も食べようかしら。ん、意外と美味しいわね。学園祭……ちょっと侮ってたかも」

 至福そうに塩焼きそばを口にする彼女の横顔がいつもよりきらめいて見えた。恋する乙女フィルターならぬ恋する漢フィルターだ、これ。

 早鐘を打つ心臓は止まることを知らない。動き過ぎて一度止まった心臓がもう一回くらい止まりそうだ。やっぱり……誰よりも愛梨彩が好きなんだな、僕は。

「あなたも食べる?」

「うん……いただくよ」

 けれど想いを言葉にすることはできず、僕は愛梨彩から受け取った塩焼きそばをひたすら啜り続けた。告げるとしたら……この戦いが終わってからだ。

「こういう時って勝代くんといることが多かったの?」

 しばらく食事を進めた後、不意に愛梨彩が尋ねてきた。

 こういうイベントの時に一緒にいるのはやはり緋色が多い。本宮や一乗寺といることもある。

「そうだね。あとは咲久来かな」

「咲久来……」

 僕は口に出てしまった言葉を反芻するように昔のことを思い出す。彼女と敵対する前のことを。

 うちの学校は中高一貫だから、ここ数年はなにをするにも咲久来と一緒だった気がした。体育祭の時は咲久来の活躍を応援するし、去年の学祭は二人で回ってお化け屋敷に入ったりもした。

 ずっと等身大の女子高生だと思っていた。スイーツを奢れば喜んで目を輝かせる普通の女の子。部活に打ちこむ、どこにでもいる女子高生。世話焼きな後輩であり、本物の妹のような存在だった。それなのに……敵対することになるなんて。

 できるなら咲久来と和解したい。改めて……そう思った。

「そういう愛梨彩は? こういうのって初めて?」

 僕は話題を変えるように愛梨彩本人のことを尋ねる。

「そうね。こういう催事って肌に合わないって思ってたから。勝手に休んだりもしたわ。だって学校には社会勉強するために通ってたわけだし」

 四月にあった球技大会にいなかったことを思い出す。去年の学園祭や体育祭の時も姿を見た覚えはない。

「うわっ、絵に描いたような真面目学生だ」

「なによ、その目。けど……今はそう考えてないわ。勉強以外にも大切なことがいっぱいあるってあなたが教えてくれたから」

「そっか。なら……よかったよ」

 朗らかな彼女の笑みを見て、しみじみとしてしまう。

 あんなに人を避けていた彼女の口からそんな言葉を聞く日がくるとは思わなかった。確実に愛梨彩は変わり始めている。そう思うと彼女の隣にいてよかったと思える。

 いや……よかったで完結させちゃいけない。これからも隣にいることで一緒に成長していくんだ。二人でどこまでも。

 食事を終え、ベンチから立ち上がる。

 ——その時だった。ローブを纏った影を見つけたのは。

「咲久来……?」

「話があるの。あなたに」

 彼女の視線の先にいたのは愛梨彩だった。一触即発空気が両者の間に流れる。

 学園祭での二人の邂逅。不吉な前触れか……それとも吉兆の表れか。どちらにしてもなにかが起こる。今、この瞬間が分水嶺なのだろう。


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