再潜入
桐生さんから届いた犯行声明。それは学園祭を襲撃するというものだった。
愛梨彩曰く「大量殺戮に走ろうとするなんて……もう睦月は止められないわね」ということだった。
それを聞いて僕も覚悟が決まった。彼女を止めるには倒すしかないんだって。自分の甘さで何度も死ぬわけにはいかない。次会った時は……腹をくくる。
「って、いてっ!」
ちょうどその時、運んでいたものに頭をぶつけた。学園祭の出し物——魔女の屋敷に使う木製パネルだ。
僕らは再び成石学園へと赴いていた。学園祭そのものを中止させようとも考えたが、僕らが桐生さんの犯行予告について学校側に報告してもまともに取り合ってもらえないだろうという結論に至った。人避けの結界も大勢の人が集まるところでは効果がない。
なら学園に最初からいて、守ればいい。期間は一〇月六日と七日の二日間。そして念には念を入れ、前日準備の今日も登校したというわけだ。
「おいおい太刀川。前見ろよな」
一緒に運んでいた一乗寺が笑いながら僕を茶化す。「悪い悪い」と謝り、前方を見る。どうやら階段でパネル運びの行列ができてしまったらしい。だから登っている途中で上側を持つ一乗寺が急停止したわけか。
「また家の都合でこられなかったのか、学校」
「うん……まあね。あ、もしかして『学園祭だけちゃっかり参加するのかよ』って皮肉?」
「違う違う。純粋な疑問だって。むしろ学園祭にきてくれてただけで嬉しいよ」
一乗寺は心底安堵しているような笑みを見せる。皮肉など微塵もなく、本心から出た言葉だったらしい。
「せっかくの祭だからな。みんないるのが一番だろ? 本宮もそう言ってたし」
「そっか。そうだよな」
「それにちゃっかりしてるやつは準備日すっぽかして当日だけしかこないだろ?」
「ははは。それ言えてる」
気づくと二人で目笑していた。それと同時に渋滞の列が動き出し、また会話が途切れる。
前日準備は面倒かもしれないけど、こうしてクラスメイトと協力し合ってなにかするのは悪い気はしない。魔女の騎士として戦うようになってからなおさらそう思う。
できることならこのままなにごとも起こらないで欲しい。この学校のみんなには学園祭を楽しんでもらいたい。中止に踏み切れなかったのはそういう理由もあった。
しばらくして教室にたどり着く。中ではクラスメイト全員が慌ただしく仕事をしていた。美術班に衣装班……それと衣装を着せられてる脅かし役の見知った面々。
「お、きたきた。太刀川くん! こっちきて」
井上さんが呼ぶということは……僕も衣装班のおもちゃにされる時がきたようだ。
用意されていたものは魔女の騎士の鎧。それを衣装班に手伝ってもらいながら着ていく。
「おお、流石に似合うな」
同じように騎士の鎧を着用した男子生徒が声をかけてきた。兜のバイザーを上げ、中から緋色が現れる。
「流石って……」
鎧を着ると少し前に敵対していたことを考えてしまう。記憶はないが、いささか後ろめたさは残っている。褒められてもあまりいい気はしなかった。
そんなに似合っているのだろうかと、自分の体へと目を落とす。
鎧はスポンジシートによる簡素な作りで、重さは感じず動きやすい。見た目は作りとは異なり光沢感のあるシルバーに、縁のハゲやウェザリング処理までされていてなかなか凝った作りだ。暗がりでこんな姿を見たら本物と見間違えるかもしれない。
「鎧魔法……ありなのだわ。次は鎧の昇華を……」
「『|昇華魔法:救国の騎士王』でやったじゃん」
白銀の衣装とツバの広いとんがり帽子を纏ったフィーラが現れる。その後ろには色違いの衣装を纏った愛梨彩が。二人とも箒を持った魔女のようだ。
「ボケっとしてないで。言うことがあるでしょう?」
不意にフィーラに小突かれた。言うこととはなにかと思案しながら、愛梨彩を見やる。
彼女が着ていたのはオフショルダーの黒のワンピースだった。制服とは異なり肩の露出が増えたが、反対に足の露出はロングスカートで隠されていた。これはこれで……趣がある。
こういう時に言う言葉は……
「よく似合ってるよ、愛梨彩。うん、可愛い」
やはり直球の感想だろう。なにより違う姿の彼女を見れたのは純粋に嬉しいし。
「あ、ありがとう……」
途端、愛梨彩は帽子を目深に被ってしまう。あれ? 言うこと間違えただろうか?
確認するようにフィーラを見ると彼女の顔は喜色を湛えていた。あながち間違いではなかったようだ。
すると今度はフィーラの視線が緋色へと向く。
「どう、ヒイロ? 似合ってる?」
髪をなびかせ、モデルのようにポーズを決めるフィーラ。しかし緋色は「おう! 似合ってるぜ!」とにっかり笑いながらサムズアップする。悪気は……ないんだろうなぁ。
「それだけ!? もっとほかに言うことないの!?」
「似合ってるぜ!」
「ヒイロに期待した私がバカだったのだわ……」
フィーラががっくりと肩を落とす。ああ、そうか。彼女も「可愛い」って言われたかったのか。どうやら彼女も彼女で乙女な部分があるらしい。
と、まあこのデコボココンビは置いといて。
「そういえば変わった様子とかなかった?」
男子がパネル運びをしていた間も女子は教室にいた。こちらで変わった様子とかはなかっただろうか。
「特にないわね。前日から入念な仕掛けを学校に施しているような様子もないし。まあ、そういう魔術を使うタイプじゃないから当然といえば当然だけど」
「外で見張ってるブルームからも連絡はないのだわ。やっぱり狙いは学校外の人もくる明日か明後日ね。そこで魔法を使って一気に……って狙いでしょう」
魔女二人は揃って問題ない旨を口にした。やはり本命は明日か明後日。学園祭を楽しむなんてことは……到底できないだろう。
「今日は様子見ってところかしら。学園祭の状況や違和感がないかを把握しておいて、明日に備えましょう」
愛梨彩の言葉に無言で頷いた。
僕らが学園にいるのはみんなを守るためだ。クラスのシフトに入ることにしたのは桐生さんが教室にくることを考えた結果だ。
けど……どうしても心の中の思春期男子な部分が妙にざわめいてしまう。
——果たして学園祭を回ることはできるのだろうか。
本来の目的を忘れるつもりなんて毛頭ないが、どうせなら愛梨彩と回りたかったな……と思ってしまう自分がいた。僕らが学園祭を楽しめるチャンスはこれが最初で最後かもしれない。そう思うとなおさら一緒に回りたいと欲が出てしまう。
欲張りな自分をかぶりを振って追い払う。今は被害が出ないように最善を尽くすしかない。
「衣装合わせはこれくらいでいいかしらね。じゃあ私たちはまた着替えるから」
二人の魔女が仕切りの奥へと消えていく。準備日だからずっと衣装でいるわけにもいかないか。となると僕もそろそろ鎧を脱いだ方がいいな。
「ちゃんばらしようぜ、黎」
こっちの考えなんていざ知らず、緋色が鞘から剣を引き抜いて構える。その姿を見て、僕も反射的に剣を引き抜いてしまう。
「いや……当日前に剣をお釈迦にしちゃダメでしょ」
だがすぐに冷静さを取り戻した。強度がない剣じゃ壊れるのが目に見えている。
「ほい! 二刀流の武蔵!」
僕らから剣を取り上げたのはクラスの出し物の監督している本宮だった。
「お前ら調子乗んなよー」
「ごめん、つい癖で」
「悪りぃ悪りぃ」
珍しく真面目な本宮を見た。きっと全力で学園祭を楽しもうとしているのが責任感として現れたのだろう。そう思うとつい僕らは平謝りしてしまう。
「ウッソー!! 冗談だよ、冗談! やっぱ祭りは調子乗ってなんぼだよなぁ!!」
「だよなー! 流石本宮だぜ!!」
本宮と緋色が肩を組みながらガハハハと笑い声を響かせる。
なんなんだ、こいつら。真面目になったりバカになったり……まるでその場のノリと勢いだけで生きてるみたいだ。というか一瞬でそっち側に戻れるお前がすごいよ、緋色。
「いやーよかったぜ、お前らがきてくれて。せっかく作ったコスも無駄にならなかったしな!」
「祭りだからみんな一緒がいい。そうでしょ?」
一乗寺が言っていた言葉をそのまま本宮に返す。その言葉を聞いて彼は満面の笑みを浮かべる。
「そういうこと! じゃ、俺は仕事戻るわ! 学園祭楽しんだらまた学校こいよー!」
本宮は二本の剣を僕に渡し、そのまま去っていく。本宮は相変わらずだった。なにも変わってなくて安心すら覚える。
「お、黎も二刀流か!?」
「いやいや僕は……」
そこまで言いかけて言葉を飲んだ。二刀流……考えたこともなかった。
「それだ……!」
舞い降りてきた閃き。魔法なら現実の理論を越えた使い方ができるはず。なんか……いける気がする!




