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ゼロの魔女騎士《ウィッチナイト》  作者: 鴨志田千紘
第3章 学園の魔女
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魔女は騎士に対してなにを想っていたのか?

 あれから数時間が経過した。外は暮れ始めているが、九月はまだ日が長い。夕飯までもう少し時間がありそうだ。

 フィーラと緋色の訓練が終わった後に地下室へと赴く。僕はそこで一人、練習に励んだ。

 やはり以前と体の動きが違う。滑らかにスピーディーに動いているように感じた。

 魔力面でも変化していた。『進みゆく意思の炎刃(ソニック・ストライク)』の使用回数が増えている。それになにより……今までは使うとガス欠を起こしていた『その刃は燎原の如くワイルド・ブレード・ファイア』が使えるようになっていた。


「どういうことだ?」


 正直自分に起きた変化がわからなかった。そもそも心あたりがない。強くなるためになにかしたわけではない。

 簡潔に言うと……寝て起きたらこうなっていた。だとすると考えられるのは外的要因か。愛梨彩の成長に起因するものなのかもしれない。

 一通り体を動かし、一汗かいたその時だった。地下室に愛梨彩が降りてきた。


「今、大丈夫?」

「うん」

「そう……じゃあ、バルコニーにきて。そこで待ってるから」


 それだけ言うと彼女はそそくさと去ってしまう。片づけをして、僕も追うように地下室を後にした。

 少し遅れてバルコニーにたどり着く。先に着いていた愛梨彩は一人黄昏ているようだった。秋風でたなびく黒髪がとても艶美に見える。


「お待たせ」


 振り向いた彼女はなにも言わない。じっと僕の顔を見つめるだけ。言葉を選んでいるのだろう。


「ねぇ、太刀川くん。太刀川くんは……覚えてるの?」


 夕暮れが彼女の頬を染めていた。空と同じ茜色に。


「覚えてるって……なにを? なんか洗脳されてた時のことさっぱり消えてるんだよね」

「覚えてないならそれでいいわ。きっと私は敵だった時の太刀川くんの人格だけを消滅させたのね」


 敵だった僕は『私』と名乗っていたらしい。彼女が消したのが『私』人格のみだとすれば、その期間の記憶がぽっかり抜けている説明はつく。

 しばし静寂が続く。僕はただ待つ。彼女が話したいことをちゃんと聞くためにここにいる。


「あなたが何者だったかは……もう知っているのよね?」


 声を絞り出した愛梨彩は儚げな面立ちをしていた。話したいこと——それはやはり僕の生い立ちについてだった。


「ああ、うん。それは全部思い出した。教会のやつらがこと細かに教えてくれたし」


 そう言うと彼女は押し黙ってしまう。理由はなんとなくわかる。


「知ってて言えなかったんだろ? 僕が……教会の魔術師の血族だって」


 愛梨彩は申しわけなさそうに頷く。やや間があった後、彼女の口が再び動き出す。


「言えば……言えばあなたが離れていくと思った。最初のうちは手駒を相手に取られたくないから黙っていたわ。人は生まれた血筋に縛られて生きていく。それはあなただって例外じゃないと思った」


 僕を助けた理由——それは教会の手駒を自分のものにできるチャンスだったから。

 正直複雑な気持ちではある。愛梨彩が親切で助けてくれたのかと思っていたら、僕が魔術師の家系の人間だったからというのが本当の理由だった。納得半分、やる瀬なさ半分だ。


「けどね……一緒に過ごすうちにあなたがいなくなるのが嫌だと本心から思うようになった。怖いと思ったの。ずっとそばにいてくれたあなたが……誰より近くにいてくれた存在がいなくなる。魔女はやっぱり孤独に耐えられないのよ」

「うん」

「でもついた嘘は貫かないといけない。こんなことなら最初から打ち明けておくべきだったとさえ思ったわ。相棒として信じているとか言っておきながら……私は心の底からあなたを信じきれていなかったのよ。私……最低ね」


 愛梨彩が不意に視線を逸らした。なにかを避けるように、逃げるように。


「あなたには私を責める権利があるわ。実際……あなたを元に戻したのはそのためでもあるし」

「バカだなぁ、愛梨彩は」


 相槌を打ち、ただ聞くだけだった僕はたまらずそう呟いてしまった。どうしてもそう言ってあげたくなってしまった。


「え? バカ……?」

「だって僕、愛梨彩のこと責めないよ? 最初は複雑な気持ちで聞いてたけど、愛梨彩がどんな想いで僕と過ごしてきたのかを聞いてたら『そりゃそうだよなぁ』って思ったもん。真実を伝えるのは怖いと思うのが普通だよ」


 彼女がなにを考えていたのか。それを深く聞いていると……自然と責める気持ちが湧かなかった。

 確かに最初は僕を利用しようと思っていたのだろう。けど彼女は根っからの悪人に徹しきれなかった。僕と《《絆》》を育んでしまった。

 最初から最後まで利用する関係を貫いていたら……きっとこうならなかった。愛梨彩は言えば全てが崩壊する恐怖を内に抱き続ける道を選んだんだ。自分が責められればいいんだと。悪いのは自分だと。恐怖を抱きながらも一人の人間として僕と接していた。そんな彼女の優しさを責めることなんてできるだろうか?


「それに愛梨彩に弱さがあってよかったって思ってる。嘘をついて罪悪感に苛まれる弱さ。大切なものを大切だと思える弱さ。失いたくないと思える弱さ。それが君にはあった。きっと僕も同じだから責められない。責めることじゃない」


 僕はそんな愛梨彩の弱さが愛おしい。冷酷な魔女なんかじゃなく、ずっと一人の女の子だったんだ。彼女の人間臭さを責められるわけがない。その弱さはきっと素晴らしいものだから。


「本当は僕がもっと早く自分の正体に気づくべきだったんだ。僕が無知なばかりに……愛梨彩にいらない負担が——」

「それは違う! だってあなたの記憶は封じられてて!」


 ふと笑みがこぼれた。やっぱり僕らは似た者同士なのかもしれない。自分のことを責めがちなくせに相手のことは責められない。そうとわかればこの話は終わりにしよう。


「じゃあ、おあいこだね。いっそ水に流そうよ、過去のことはさ」


 愛梨彩がずっと抱えていた荷物。それは僕にとっては負担にならないもので、二人で共有したらスッと軽くなる。

 きっかけは些細なことだった。けど大事なのはきっかけなんかじゃなく、ここまでの過程だ。

 愛梨彩は僕を利用しなかった。対等な相棒として、ここまで戦ってきた。駒としてではなく、一人の人間として意思を尊重してくれた。僕はそれをよく知っている。


「本当に……? 本当にそれでいいの? 全てを知ってなお、私の隣を選ぶの?」

「ああ、もちろん」


 真実を知っても、今まで過ごしてきた日々が偽りになるわけじゃない。彼女は本気で僕とともに笑い、ともに泣き……数え切れないほどの日々を過ごしたんだ。それだけわかれば充分だ。


「実はね……今の復元魔法ならあなたを完全な形で生き返らせることができるかもしれないの。そうなればあなたを縛るものは……なにもない」

「え……?」

「呼び出したのはそれをあなたに伝えるためでもあったの。あなたの願いは今ここで果たせる。全てを話して、あなたが望むならレイスの契約は解消しようと思ってた。魔術師の家系の生まれとはいえ、あなたが争奪戦に巻きこまれたのは本当に偶然だったから」


 僕を元に戻した魔法はどうやら復元魔法が進化したものらしい。だから今なら僕は完全な状態で復活できる。きっと僕の体の動きがよくなったのもその影響なのだろう。


「だから……もう一度尋ねるわ。あなたは全てを知った上で……私が利用しようとしていたことを許した上で、こんな嘘つきのそばにこれからもいてくれるの? そばで私を守り続けてくれるの?」


 ずっと罪悪感を抱えていたからだろう。打ち明けた途端、愛梨彩はやけに弱々しくなった。スレイヴの契約を解消することは心の隅で考えていたことなのかもしれない。

 体が元に戻るのなら、賢者の石へかける願いはなくなる。危険な戦いに身を投じる必要はない。

 それは願ったり叶ったりだ。ずっと普通の生活に違和感を感じていた僕だけど、争奪戦を通して痛感した。やっぱり平穏な日々が一番だって。

 けど——


「解消するわけないだろ? ブルームにも教会倒すって約束したばかりだし。ここまで関わった以上、今さら退けないでしょ」

「それなら私が——」

「それに! 僕の願いは蘇ることじゃないよ? だからこれまで通りでいい。君に縛られているままの——スレイヴでいい。これまで通り、君を守るための魔力ちからを貸してくれればいい。それがあれば僕は『君のそばにいるって』約束を果たせるはずだから」


 確かに賢者の石にかける願いはなくなるだろう。でも僕の願いは——欲しいものはそれだけじゃない。

 僕が欲しいのは愛梨彩と送るなにげない日々なんだ。今さら解消なんてするもんか。今さら君なしの生活になんて戻れるもんか。君の隣にいることの味を占めてしまったんだ、僕は。


「わかったわ。あなたがそれでいいって言うなら……今まで通り私のスレイヴでいてもらいます」

「じゃあ改めて。相棒として……騎士としてこれからも信頼してくれよ、寂しがり屋の魔女さん?」


 僕がおどけて見せると、彼女の顔が赤く染まった。照りつける日差しよりもはるかに赤く、赤く。それまでの鬱屈とした面差しが嘘だったかのように消えてなくなっていた。


「わかった! わかったわよ! 私はどうせ寂しがり屋の魔女よ! こうなったら最後まで付き合ってもらうわ! 今さら契約破棄しても遅いですからね!!」

「はははは。もちろんそれが主命とあらば」


 執事のように綺麗なお辞儀を見せる。見上げると彼女は不機嫌そうにプイっと顔を逸らした。なんだ、照れ隠しか。


「じゃあ、戻りましょうか」

「うん」


 僕らは二人並んで屋敷内に戻ろうとする。その時だった。スマホに——一件の着信がきた。

 嫌な予感がした。僕は慌ててスマートフォンを取り出す。


「どうかした?」

「これ……見て」


 見るもおぞましい文面。それは……桐生さんの犯行声明であった。


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