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ゼロの魔女騎士《ウィッチナイト》  作者: 鴨志田千紘
第3章 学園の魔女
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話しておきたいこと、話さなきゃいけないこと

それからしばらくしてからリビングへと向かう。入ると、ブルーム以外の三人がソファに腰掛けていた。僕も空いているところへと腰掛ける。

 この場にいる全員がブルームの話す内容を察してか、無言を決めこんでいる。緊張した空気が滞留していた。

 「待たせたね」と遅れてブルームがやってくる。口調は軽やかだが、仮面の奥の瞳は真剣な眼差しをしていた。

 一呼吸空けた後、彼女の口が開かれる。


「私は未来からきた魔女だ。この時代のブルーム・ブロッサムの当主である五代目後継者フィフスではなく……七代目後継者セブンス。この時間——二〇一八年よりも先の時間の人間なんだ」


 ブルームの口から語られた真実。それは彼女が未来人であるということであった。


「時間魔法による時渡り……それが未来では完成しているのね?」

「ああ、そうだ。私は『時間を超えて(ビヨンド・ザ・タイム)』という時渡りの魔法を未来で完成させた。そしてある目的のためにそれを行使し、この時間へ介入を始めた」


 以前聞いた内容ではブルームは歴の浅い魔女家系であるという話だった。だから、ブルーム・ブロッサム・フィフス——この時代の時間魔法の魔女には大それた力はない。しかし、目の前の魔女は時間を静止させてみせた。

 今思えば彼女はブルーム・Bとしか名乗っていなかった。何代目だったのかを自ら名乗ったことはない。事情を知っている愛梨彩に言えば、すぐに未来人だとバレてしまうと考えたのだろう。

 この二つの事実から鑑みると、ブルームが未来の魔女という話は信憑性がありそうだ。時間停止ができるなら遡行できても不思議じゃない。


「目的ってなんなのだわ?」


 ここまではこの前の戦いの際に全員が知った真実だ。問題は……彼女の目的。今さら疑うつもりはないが、どうして彼女はこの時代にわざわざ赴いたのか?


「——教会の野望の阻止。私のいた未来では魔導教会が賢者の石を完成させ、それを所持するのを許してしまってね。勢力が今以上に強まっているんだ。魔女主権の世界……とまでは言わないが、この時代とは違って魔女が自由に闊歩しているわけさ。私は教会から離反し、抵抗を続けていたのだけど……やはりたった一人の魔女ではできることに限りがあってね」

「だからこの時間にやってきて、教会が力をつける前に叩こうと思った。私たち野良の魔女に真っ先協力を要請したのはそういうことだったわけね」

「その通りだよ、愛梨彩。私の抵抗だけでダメなら根本から変えてしまえばいい。賢者の石が教会のものになる……その前に」


 僕たちの時代より先にある未来……そこは教会が牛耳る絶望的な世界だという。にわかには信じられない。彼女のいた時間軸で、僕らは教会と戦わなかったのだろうか?


 ——それとも


 嫌な想像が脳裏を過った。僕は振り払うように頭を横に振った。

 それは可能性の話だ。僕らが今生きている世界の話じゃない。ブルームはそうならないように動いていたのだろうし、何度も僕ら野良の魔女の窮地を救ってくれたのがそのためと考えれば説明はつく。


「私の目的はこれからも変わらない。教会を倒す。そのためなら協力を惜しまない。改めて……力を貸してくれるかい?」

「私は構わないのだわ。名誉のために参加した戦いだけど、今の目的はあなたと同じだし」

「フィーラがそう言うならスレイヴの俺は従うしかねーよな」

「嘘ばっかり。本当は自分から首突っこみたくて仕方ないくせに」

「な!? ち、ちげーし!?」


 フィーラと緋色の意思は変わらなかった。仲間になった時と変わらず、教会の野望を阻止することだけを考えている。


「僕も協力しようと思う。教会のやろうとしていることは……間違っていると思うから」


 愛梨彩の騎士としてではなく、太刀川黎個人として思うことを吐露する。間違いを見過ごせない。自分が関わってしまったことの中にある間違いなら、なおさらだ。

 それに……きっと教会を倒すことは愛梨彩を守ることにも繋がる。反逆者となった以上、戦わないと彼女を守れない。


「……愛梨彩は?」


 ブルームが恐る恐る彼女に尋ねる。

「仕方ないわね。私も協力するわ。以前も言ったけど、どの道賢者の石を手に入れる過程で教会とは戦うことになるのだし」

 愛梨彩の意思も変わらないようだった。賢者の石を奪うついでに教会も倒す。賢者の石奪取の過程にある目的ってことに変わりはないわけだし。


「ありがとう、みんな。これからもよろしく頼むよ」

「今さらそんなかしこまらないでよ。僕らはずっと仲間だったんだしさ」


 頭を下げるブルームに優しく声をかける。彼女は「そうか……そうだね」と納得してくれたようで、ようやく顔に笑みが戻った。


「けど時間を止められるなら最初からやればよかったじゃない。そうすればレイと戦わずに済んだんじゃないの?」


 そんなことは束の間。フィーラが再びブルームの時間魔法の話に戻す。

 彼女の言い分もよくわかる。何度も窮地があったのにどうしてあのタイミングで時間魔法の発動を決意したのか。


「そもそも時間を止めているわけじゃない。時間の流れを遅くしているだけだから対処法はあるのさ。特にあの場においてその選択は悪手になり得た。気づかれて『アクセル』でも発動されてたら、間違いなく近くで囚われていた黎の首がねられていた。そうなれば使い物にならない魔女が一人増えるだけになる」


 たった一度の切り札、初見殺しの技。故にずっと温存していたのか。そしてそれを……僕を救う一瞬に捧げた。


「高石教会の戦闘では洗脳されたおかげで比較的自由に動けてたものね、太刀川くん。ソーマの目を盗めたのは不幸中の幸いってところかしら」

「そうだったの……? ごめん、その辺あんまり記憶がないや」


 愛梨彩がきょとんとした顔で僕を見やる。彼女が呆気に取られた顔を見せるとは思わなかった。

 なんとか思い出そうとしてみるが、記憶があるのは『俺』と別れて以降のことだ。それ以前……記憶を書き換えられて、愛梨彩たちと戦っている間の記憶はぽっかりと抜けていた。人づてに聞いたことしかわからない。


「で、その仮面は取らないの?」


 ブルームの仮面の下の素顔。それは彼女の経緯を聞いた今でもわからないことだ。フィーラが気になるのも無理はない。


「すまない……もうしばらく待ってもらえないかい。君たちを信用してないわけじゃないが、きっと今私の顔を見れば君たちは混乱する。それはなんとしても避けたい」

「まあ、いつかは明かすって言ってるんだからいいんじゃねーの?」

「そうだね。共通の目的があるってわかったわけだし、それ以上聞く必要もないでしょ?」

「ありがとう、緋色、黎。もうすぐ……その時はくる。必ず私の正体を打ち明けるとここに誓うよ」


 ずっと死線を越えてきた仲間だ。ブルームが誰であろうときっとそれは変わらない。だったら仮面を外すタイミングは彼女に任せるべきなんだと思う。


「あなたたちが納得しちゃうんじゃ仕方ないのだわ。私だってスッキリしないってだけで、詮索がしたいわけじゃないし」


 そう言ってフィーラが肩を竦めてみせる。愛梨彩も含め、この場にいる全員が仮面の件は深く追求する必要はないと判断した。その中で一人だけ異議を唱えるつもりはフィーラにもなかったらしい。


「私からの話は以上だ。愛梨彩、今後の方針は?」

「ひとまず近いうちにハワードと会おうと思ってる。この前の魔装機兵……あれがほかにもいるかもしれないから。そういう情報は錬金術師協会から聞き出すのが一番でしょう?」


 魔装機兵。僕が着せられていた鎧……のことらしい。機械タイプの魔道具となればいずれ量産配備されるのだろう。今のうちに作った錬金術師協会側から聞き出しておくべきか。


「となると……今の私たちができることは決戦に備えて、訓練することくらいね。ロキの調整もまだ完全じゃないし」

「お、特訓か!? よし、じゃあすぐやろうぜ!」

「地下室借りるわよ、アリサ」

「ええ」


 それだけ言うとフィーラと緋色は退出していった。向上心のあるペアなんだなぁ、あの二人。


「私は少し休ませてもらうよ。さっきの告白の心的負担が大きかったのもあるが……時間魔法の反動が大きくてね」

「大丈夫なのか?」

「心配はいらないさ。休んでいれば少しはよくなる。じゃ、また食事時に」


 ブルームもリビングを後にする。残されたのは僕と愛梨彩の二人。

 久しぶりに二人きりになった気がした。いや、そんな日は経っていないのだが。自分がそばを離れていたこともあってか妙に気まずい。

 どちらも口を開かず、数分の間静寂が続く。


「太刀川くん」


 不意に僕の名前が呼ばれる。わざわざ名前を呼ばなくても、ここにいるのは僕だけだ。まるでかしこまっているかのよう。


「私もあなたに話しておきたいことがあるの。これを話さないと……きっと私は自分を許せない」

「なんか……怖いな。仰々しいよ」

「そ、そうかしら……? そんなつもりはなかったのだけど。多分……緊張してるのかもしれない」

「愛梨彩さんが? まっさかー」


 いやいやそんなはずはない。九条愛梨彩はいつも冷静で落ち着きのある魔女だよ?

 と思いはしたが……目の前にいたのは紛れもなくしおらしい女子そのものだった。あまり見たことがない姿だったからか、途端僕は目を逸らしてしまう。


「私だって緊張くらいします! ともかく、あ、あとで時間をちょうだい! ちゃんと気持ちを整理してから話すようにするから!」

「わかったよ。ちゃんと聞くし、僕も話したいこと整理しておくよ」

「じゃあ……あとで」


 愛梨彩が一目散に部屋を出ていく。らしくないといえばらしくないが……彼女の心中を察すると納得はできる。

 僕には彼女が話そうとしていることに心あたりがあった。その話をするとなると、僕も色々と整理して話すことになるだろう。

 ふうと深い嘆息を漏らす。避けては通れない。これは僕と愛梨彩がこれからも主従を続ける上で必要なことなんだ。


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