いつも通りの朝
高石教会の戦いから一夜が明けた。いつぶりだろうか? 心地のいい目覚めと感じた。
愛梨彩を殺す夢。あれはやはり僕の無意識が発した警告だったのだろう。教会の人間として敵対することになるかもしれないという警鐘だったのだ。自分の正体を知った今、もうその夢を見ることはなかった。
ベッドから起き上がり、しばし体を伸ばす。石のように固まって動かなかった体も嘘かのように動く、動く。むしろ以前よりも動きがスムーズになっているようにすら感じる。
新しい朝、新しい自分。失ったもの、託されたものは色々あるけれど……今日も僕は前を見る。後ろの自分は味方だってわかったから、とにかく進むんだ。
「おっはよー」
「よお、黎! 元気そうでよかったよかった!」
「おはよう、レイ」
ダイニングにいくといつもの顔ぶれがいた。いつも通りフランクな緋色と少し素っ気ないフィーラ。少し離れたところにブルームもいる。そして——
「おはよう、愛梨彩」
「おはよう、太刀川くん」
変わらず僕の相棒もいる。ほんの少し屋敷を留守にしていただけのはずなのに、もうずっとその光景を目にしていなかったかのような感覚だった。それくらいこの『当たり前』が自分の中でかけがえのないものになっていたのだろう。
「もう、いなくなったりすんじゃねーぞ」
まるで僕の心を読んだかのように緋色がぼそりと言った。やっぱり親友には敵わないな。
「ほんとにそうよ! 私に『自分が愛梨彩を勝たせる』って大見得切ったくせに、真っ先にやられて! 次、愛梨彩を泣かせたら容赦しないのだわ!」
「それくらいにしておきなよ。それは本人が一番自覚しているはずだからね」
拳を見せて威嚇するフィーラをブルームがなだめる。本当は彼女も色々言いたいことがあるのだろうけど、僕を気遣ってくれたようだ。
「大丈夫。もう絶対離れないし、敵対もしない。愛梨彩の騎士としてそばにいる」
自分にとって一番大事なもの。それは主人である愛梨彩だ。自分が誰であっても、自分の気持ちがブレそうになっても……それだけは手放しちゃいけない。
だからここでもう一度宣言する。僕は愛梨彩を守る騎士なのだと。
「そういうセリフを公然と言われるのは私が恥ずかしいのだけど。まあ、いいわ。とにかく朝ごはんにしましょう」
「ああ、そうだね」
席に座り、全員で「いただきます」と斉唱する。本当に帰ってきた。ただいま、僕の日常。
開始は少しシリアスな雰囲気になってしまったが、食事を開始してからはずっと和気藹々とした雰囲気だった。
いつものように緋色が「たまには和食が食いたい」と言い出し、フィーラが「じゃあ、ヒイロが振舞ってよ」と返す。その返しを受けた緋色はやる気を出してしまい、僕が「家庭科の評価そんなよくないだろ?」と落ち着かせる。愛梨彩とブルームはその光景を見て微笑んでいた。なに一つ変わらない、僕の日常だ。
「この場を借りて一つ、私からいいかな?」
全員が食事を終える間際、珍しくブルームが会話に割って入ってきた。「なにかしら?」と愛梨彩が返答すると、彼女はしばし間を開けた。
「君たちに話しておきたいこと……いや話さなきゃいけないことだな。あとで時間をもらえるかい? ゆっくり君たちと話したい」
「わかったわ。今後の方針も考えなきゃだし、ちょうどいいわ。少ししたらリビングに集合でいいかしら?」
「ああ、それで構わない。ごちそうさま。じゃあまたあとで」
それだけ言うとブルームは真っ先にダイニングを後にする。彼女が言おうとしていることはなんとなくわかる。
——自分の正体について。あの魔法について。
きっとそれを打ち明けるには覚悟が必要なのだろう。彼女の根本に関わる話だから。




