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ゼロの魔女騎士《ウィッチナイト》  作者: 鴨志田千紘
第3章 学園の魔女
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別離/インターリュード

——太刀川くんが死んだ。


 一瞬のできごとでなにが起きたかわからず、私は呆然とすることしかできなかった。視界が歪んでいき、目眩がしそうだ。

 けれど彼女はその隙を見逃さない。瞬時に亡骸へと触手を伸ばし、奪い去っていく。


「ははははははははは……! どう!? 奪った! 奪ってやったよ! あなたの大切な彼を私がこの手で!ねぇ悔しい? 悔しいでしょ!! ねえ!?」


 狂った魔女が喚くように問いを投げかけてくる。私はその場で膝から崩れ落ちた。

 この感情を表す言葉を持ち合わせていなかった。喪失、悲壮、悔恨、憎悪……そのどれもが当てはまっているようでどれも違う。ただ打ちひしがれることしか……できない。


「これで太刀川くんは私のものにできる。ようやく!ようやく手に入ったよ! 私の幸せ!」


 彼女は相棒の骸を愛おしげに撫でていた。奪ったことを誇るように、見せしめるように。


「実に見事だった。太刀川黎の甘さを突くとはね。なかなかに才能があるよ、桐生くん」


 不意にグラウンドに男の嬉々とした声が響く。ソーマの声だ。


「ずっと……見ていたの?」

「ああ、そうだとも。不意を突いて加勢しようかとも思ったが……その必要はなかったようでね」


 ソーマは高笑いをグラウンドに轟かせる。仇敵を討ち取った喜びを全身で表現しているかのようだった。


「愛梨彩! 黎は——」


 突如、私のそばにブルームが舞い降りる。しかし彼女は直後、言葉を失った。

 視線の先には瞳孔が開いたままの彼の骸があった。そんな魂の抜け殻である肉の器を睦月は愛玩していた。まるで彼の心なんてあってもなくても変わらないのだと言っているよう。


「なにやってんだ……私!! また同じヘマを……! 黎を……! お前たちだけは……絶対に許さない!!」


 ブルームが苛立ちを吐露し、勢い任せにソーマへと向かっていく。私同様、完全に冷静さを欠いていた。

 剣と剣が鍔迫り合い、激しく火花を散らす。


「この男がそんなに大切か。全く、死してなおも好かれるとは大した男だよ」

「黎を……黎を返せ!」

「そんなムキにならないでくれたまえ。私が簡単に太刀川黎を死なせるわけがないだろう?」


 剣をぶつけ合いながら、二人は思い思いの言葉を紡ぐ。今まで見たことがない感情的な剣戟をするブルームと冷静にそれをいなすソーマ。

 私はただ二人の戦いを眺めていることしかできない。どうしても体が動かない。

 本当は今すぐにでもブルームに加勢して、太刀川くんを取り返しにいきたいはずなのに。彼の命が消えたことのショックがあまりにも大き過ぎて……頭が滅茶苦茶になって、冷静な思考ができない。

 なにが最善策かなんていつもならすぐ思いつくはずなのに。けど、なんで? どうして? どうしてこんなにも心の震えが止まらないの?

 たまらず私は胸を押さえる。ただただ苦しい。当たり前にそばにいた人がこんなに簡単にいなくなるなんて……想像できてなかったんだ。


「どういうつもりだ? お前の目的はなんだ!? 答えろ!!」


 ブルームが剣を振り払い、ソーマが後退した。お互いに距離が生まれ、攻めあぐねる。問答はなおも続く。


「それはじきにわかるさ。私がどういう人間か……君たちだってよく知っているだろう?

「まさかお前は……そうか。そういうつもりか」


 なにかを悟ったかのようにブルームの語気に冷静さが戻る。

 するとその時——グラウンドに緋い閃光が走る。


「黎に……黎になにしてくれてんだ、この野郎!!」


 閃光は直情的なままにソーマへとぶつかっていく。見たことない姿だが、あれは間違いなく勝代くんだ。追うように遅れてフィーラがやってくる。


「おっと……これ以上攻められると少々厄介だ。『光線乱射フォトン・ガトリング——アルタイル』!!」


 しかし勝代くんの突撃は弾幕により阻まれてしまう。剣は今一歩のところでソーマに届かない。


 ——この一瞬の時間稼ぎが勝敗を分けた。


 ソーマが太刀川くんの喉元に剣を突きつける。


「人質のつもり!?」


 私の心情を代弁するようにフィーラが吠えた。


「太刀川黎の生殺与奪は我々が握っていることを忘れるな。復元魔法だろうが死霊魔法だろうが、肉体が粉微塵になれば無意味。それは君たちもよく知っているだろう? さあ、この男が惜しければこの場は退いてもらおうか」


 剣を構えてはいるが、ブルームも勝代くんも手出しする様子はない。私は未だ立ち上がることすらできない。

 どうすれば太刀川くんを助けられるのか。懸命に考えているはずなのに、体と心が思考に追いつかない。


「撤退だ……」


 そう言って剣を下ろしたのはブルームだった。


「このまま黎を見捨てろって言うのかよ!?」

「撤退だ! この場で彼の肉体を失うわけにはいかない! 肉体が残っていればまだチャンスはある。頼む……私を信じてくれ」


 懇願するようにブルームが叫んだ。それを聞いた勝代くんは閉口し、剣を収める。そして空いた手のひらを強く握り締めていた。

 この場にいる誰しもが感じていた。ここで太刀川くんの体を失うわけにはいかないと。私たちにとって彼は必要不可欠な存在だったんだ。


「そうだ、それでいい。その英断に敬意を評し、一つ約束しよう」

「約束……?」


 うめき声を上げるように私が問い返す。


「太刀川黎とはちゃんと再会させてやろう。どんな形での再会になるかは……その時まで楽しみにしておくといい。では、失礼」


 それだけ言うとソーマと睦月はグラウンドから姿を消した。静寂が校庭を包みこむ。誰一人として口を開くことはなかった。


 ——残されたのはつらく、残酷な現実。


 私は失ってしまった。この世でたった一人の……かけがえのない相棒を。


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