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5:再会の価値

 カイゼル達が謁見に臨んでいる頃、王宮内の一室にはシゲルの妻だった五人の未亡人達が集まっていた。

 イグルからすれば、最もシゲルの味方をしていた五人である。


「もうそろそろ、ですね……」


 緊張した面持ちのロゼの声に、他の四人が飛び上がるように反応した。


「もしも新たな勇者様が謁見で王位に興味を示すような発言を少しでもされていれば、その時点で私は顔合わせを避けられないでしょう。お優しい方だと良いのですが……」


 他の四人とは異なり、王女であったロゼはイグルとの直接の接点が殆ど無く、従って彼女が彼に対して直接損失を与えたわけではない。

 シゲルの死によって彼に対する好意も消え去った今の彼女が考えるのは、イグルの怒りの矛先が自分の子達に向くかどうかということだけだ。

 状況次第では何かしらの行動を起こさねばならない。

 反国王派の存在さえ無ければ、とっくにそうしているのだが……。


「わ、私達は……」


「正直わかりません……。勇者様次第としか……」


 シゲルの第二夫人となったナエルは震えていた。

 それに対し、イグルと直接対面したことの無いロゼは口を濁した。

 候補はいくつか浮かぶが、とてもこの場では口に出せない。

 婚約を破棄したメイアよりはまだマシとはいえ、ナエルもまた幼少の頃から仲の良かったイグルに対して、手の平を返したように辛く当たっていたのである。

 もちろんシゲルの洗脳の影響が多分にはあるが、それはあくまでもイグルに対する好感度が最低になるというだけの効果であって、嫌いな相手に対してどう振る舞うかは彼女個人の意志によるものだ。

 それを踏まえて考えれば、相当な憎しみをぶつけられると考えるのは至極自然な発想だろう。

 そしてそれは他の三人に関しても状況は同じである。


「どうしよう……、私……」


 魔王討伐の最中に婚約を一方的に破棄してシゲルの第三夫人となったメイア。

 彼女は腕を抱えた。

 この中でも特に最も厳しい立場にあるのはもちろん彼女だ。

 

「メイアさん……」


 横に座っていた第五夫人のミナも顔が青い。

 実の妹である彼女が結婚相手にシゲルを選んだことによって、イグルは両親から絶縁されている。

 もちろんそれを決めたのは王家や勇者との関係悪化を懸念した二人の両親であって彼女では無いのだが、その決定を支持したという意味では同じことだ。

 反国王派による暗殺の可能性さえ無ければ、すぐにでもここを抜け出してイグルの元に向かっていただろう。


「……」


 ただ一人、マイアだけは何も言わずに俯いていた。

 メイアの妹だった彼女は、元来異性の好みも姉と似ている。

 つまりシゲルの洗脳下に入る前までは、彼女もメイア同様にイグルを異性として意識していたのだ。

 もちろんメイアがいるのでそのことを大きな声では言わなかったし、婚約が決まってからは静かに身を引く決断をしていた。


(私……、イグルさんになんてことを……)


 本来は好意を寄せる相手であったはずの男に対して自分がしたことは何か?

 別の男との初夜を見せつけ、その後も浅ましく肉欲を求めながら軽蔑の視線と言葉を投げつけた。

 シゲルの妻となった彼女達は全員が彼の子を産んでいる。

 マイアがシゲルとの間に作った子供は三人。

 それはもはや彼女にとって罪の証であり、呪いとしか思えなかった。

 もしも彼がシゲルの血を根絶やしにすることを望んだ場合、果たして子供達の助命を願えるだろうか?

 今となっては憎しみの対象となったシゲルの血を引く我が子達を、果たして今までのように愛することができるだろうか?

 次期国王の側室としての経験を積んだ今となっては狼狽して喚き散らすようなことはないが、それでもこの感情をどこに向けるべきなのかは判断出来ない。


「失礼いたします。ただいま謁見が終わりました」


「――!」


 入ってきた兵士の言葉で五人が同時に固まった。

 いよいよこの時が来たのだと。


「それで……、新たな勇者様はなんと?」


 イグルの怒りの矛先をまず最初に受け止めるのはロゼか、あるいはメイアか。

 もしかしたらいきなり五人全員かもしれないと息を呑む。


「いえ、それが……」


 ロゼの問いに兵士は非常に答えにくそうな表情を浮かべた。

 それほどまでに過酷な要求を突きつけられたのかと五人は身構えたが、その後に続いた言葉が彼女達を驚かせた。 


「特に何も……」


「え?」


「勇者イグル殿は魔王について聞かれた以外には……、一切何も申されませんでした……」


「イグルが……」


 それをメイア達は自分達が心配していたほどに彼は怒っていたわけではないのだという意味で理解した。

 安堵と共に二十年振りの再会と和解の期待が高まる。

 もしかしたら未亡人となった自分達を妻として迎えて貰えるのではないか。

 そんな楽観の愚極すら胸中に湧き出し始めた。


「まずい……、ですね……」


「え?」


 事態が想像以上に深刻であることを理解したのは、生まれながらの王族であるロゼだけである。

  

「イグル様の立場からすれば、今は溜まりに溜まった鬱憤を晴らすと同時に、自分の要求を通す絶好の機会であるはず。それが何もないとなると、何か特別な事情があるのか、あるいは……」


「あるいは?」


 ロゼはナエルの声にすぐには答えなかった。

 兵士も一緒になって、沈黙と共に彼女の次の言葉を待つ。


「あるいは、私達と共に今後を歩む気が一切無いか。つまり……、我々は完全に見捨てられたのではないかということです」


 メイア達の血の気が一瞬で引いた。

 しかしその言葉に最も激しく動揺したのは、魔王の討伐以外は自分に関係無いだろうと高をくくっていた兵士の男だった。



 謁見を終えたカイゼルは、玉座に座ったまま頭を抱えていた。

 イグルは既に退室し、止める声に一切反応することなく王宮を出ていってしまった。

 おそらくはこのまま王都からも去るつもりだろう。


(怒りの矛先を向けられることは無かった。だが……)


 現時点で人間側の最高戦力であろうイグルを味方にすることが出来なかった。

 それどころか次の接触の口実すら仕込めていない。

 収穫はといえば、彼に聖剣を渡して魔王と戦えるようにしたことと、彼との交渉が如何に厳しいものであるかがわかったぐらいか。

 魔王討伐は完全にイグルの気分次第。

 そして討伐が終われば、今度は彼が新たな軍事的脅威となる。


「自分の無能さが嫌になるな……」


「陛下、それは……」


 宰相は王を支えるべき自分達の力が及ばなかったのだと言おうとしたが、言葉を最後まで続けることができなかった。

 それほどまでに完全な敗北である。

 魔王の軍事的脅威と反国王派の妨害がなければまだやりようはあったかもしれないが、それも今となっては手遅れだ。

 このまま彼が魔王を倒し、その怒りの矛先が人間全体に向かえば、もはや未来はない。

 そうならないためには最低でも彼を敵に回さない程度には友好的な関係を築く必要があったのだが、イグルはそんな隙を微塵も見せてはくれなかった。

 王座にせよ、シゲルの親族の処刑にせよ、要求さえあればそれを起点に歩み寄れたというのに。

 こんなことならば反国王派に反乱の大義名分を与える覚悟でこちらから動いた方がマシだったと、後悔だけが積み上がっていく。


「陛下……」


 謁見の間に入ってきたのは、先程イグルの後をついていったはずの兵士達だった。

 彼らの申し訳無さそうな顔を見ただけで続きは想像がつく。


「申し訳ありません……。イグル殿を……、見失いました」

 

 それを聞いたカイゼルは天を仰ぎ、右手で顔を覆った。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 被害者は泣き寝入るしかなくて、加害者だけが得をする胸糞悪い現実を表した作品 [気になる点] 全員あっさり殺してお終いだから加害者たちに救いを与えただけの胸糞作品 [一言] でも被害者だけを…
[一言] なるほど、完全操りの魅了洗脳でなくて、好意も弄るタイプの洗脳だったんですね。
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