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2:記憶との乖離、そして虚無

 王国の西方に広がる森林地帯。

 人里からは遠く強力な魔獣が多数生息するこの地域を、一つのパーティが訪れていた。

 極力目立たないように、大きな音を立てないようにしながら森の中を進んでいく。

 

「本当にこんなところにいるんですか? 到底人が住める場所だとは思えませんが……」


 分厚いクロークを身に着けた若い女が小さく不安そうな声を上げた。

 彼女の名はフィアナ、王国の役人である。

 

「そう言うな。少なくとも神託にあったのはこの森で間違いないんだ」


 初老の男ジョズ。

 彼もまた王国の役人だ。

 国王から直々に命令を受けた彼ら二人は、神託を頼りにこの森まで来ていた。

 もちろんイグルに会うために、である。

 

「前にこの辺で見つけたってだけで、今もまだここに住んでいるかどうかはわかりませんよ?」


 ジョズ達の会話を聞いていた案内人の一人は淡々と答えた。 

 今回雇った案内人は二人。

 彼らはジョズ達の話よりも周囲の警戒を優先している。

 それだけ危険な場所だということなのだろう。


 ……いや、実際に危険なのである。


 魔王ほどに極端では無いとはいえ、この森には小規模な村や町ならば一匹入り込んだだけで為す術もなく壊滅してしまうようなレベルの魔獣が幾らでもいる。

 フィアナの言った通り、人間が住むような場所では無いのである。


「新しい勇者……。なんだってこんなところにいる土人みたいな人が選ばれたんでしょうね?」


 フィアナは不満そうだ。

 二十年前を知らない彼女からすれば、イグルがこんな場所に住んでいるのが悪いという感覚なのだろう。

 事実として、彼女がイグルのことを知ったのは今回の使者に選ばれてからのことだ。

 むしろだからこそ選ばれたと言っていい。

 それは、あの一件に関して非の無い人間がいた方がイグルの敵意を外せるのではないか、という意見を反映してのことである。

 そこにはイグルが彼女を気に入って積極的に動いてくれるのではないかという下心も含まれているのだが、もちろんそのことは彼女本人には伝えられていない。

 ジョズは薄々気がついてはいたが、言及はしなかった。


「さあな。……いや、もしかしたら女神様がこの機会を利用して奴を救済しようとしているのかもしれん」


「救済、ですか?」


 役人に必要な忖度スキルという観点でいうと、フィアナの能力はあまり高くない。

 故に、彼女はジョズの言葉の意味をすぐに飲み込むことが出来なかった。


「二十年前の勇者パーティの中で、奴だけが散々な目にあったからな」


「勇者パーティ?」


 ここでどうして前の勇者パーティの話が出てくるのかとフィアナは首を傾げた。

 実際、当時のことを詳しく知っているのはその時に王宮やイグルの近くにいた者達ぐらいなのである。

 シゲル達の機嫌を損ねることを恐れて、イグルのことを口にするのは長年に渡ってはばかられていた。 


「ああ……。二十年前にあった勇者による魔王討伐、イグルもそのパーティに参加していたんだ。唯一の恩寵を持たないメンバーとしてな。平民出の魔道士は珍しいし、リスクのある任務には適任だったんだろう」


「シゲル様達が魔王と戦ったっていうやつですか? ……あれ? でもあれは確かシゲル様と四人のお妃様達だったはずでは?」


「表向きはな。魔道士がいないということで強制的に参加させられたが、英雄譚の邪魔になるというので奴の功績は無かったことになったんだ」


 ジョズはイグルがメイアの婚約者でもあったことをここで言うか躊躇った。

 それを言うことで、まるで自分も加害者だと認めてしまうような気がしたからだ。


「……やけに詳しいんですね?」


「……あの頃からいたやつならほとんどが知っているさ。当時は俺も現場にいたからな。担当ではなかったが近くで見ていた。あの頃は何も思わなかったが……、もしかしたら俺達も勇者の力でおかしくなっていたのかもしれん」


 そう答えた直後、ジョズはそれが逃げでしかないことを悟った。

 イグルが姿を消してから二十年。

 その間、声を上げようと思えば機会は幾らでもあったはずだ。

 行動しなかったのは単に自分の身が惜しかったからに過ぎない。


(所詮、俺も俗物か……)


「ありましたよ」


 案内人の一人が二人の会話に水を差すように小さく声を上げた。

 その男の指の先には不自然に四角い土の塊が鎮座している。


「……家、ですよね?」


 フィアナは目を丸くした。 

 それが住居であるとわかったのはそこに窓と扉がついていたからだ。

 思っていたよりは文明的、しかし先程彼女が言った通り土人の域は出ていない。


「ここで間違いないのか?」


「何年も前にここに出入りしていたのを見たことがあります。今も住んでいるかまでは保証出来ませんがね」


「そうか、ご苦労。ここからは我々がやる、下がっていてくれ」


 ジョズは案内人二人を下がらせると、腰の剣に手を掛けて慎重に家の前に移動した。

 さり気なく案内人達と一緒に下がろうとしていたフィアナを引きずっていく。


 「イグル殿、イグル殿は居られませんか?」


 一度咳払いをしてから警戒しつつ扉を叩くと、中で物音がした。

 少なくとも誰かがいるのは間違いない。 

 そしてしばらくしてから開いた扉。


「……っ!」


 次の言葉を発しようとしていたジョズは、奥から姿を表した男の目を見た瞬間に息を呑んだ。


 一切の光を宿さない漆黒。


 ――生気も覇気も。 


 ――希望も絶望も。


 ――怒りも悲しみも。


 何一つ感情の読み取れない、全てを吸い込まれそうな瞳。

 伸びた髪と髭、脂肪の少ない細く筋肉質な体。

 身につけている服は植物を編んで作られたらしく、その姿は正に野人や土人と呼ぶ以外にない。  

 記憶にある少年の姿からは遠くかけ離れた目の前の男は、果たして自分が探している人物であるのかどうか。

 ジョズは即座に判断できなかった。


 そして思った。

 

 ――もしもこの男がイグルだとすれば、説得は不可能だ、と。




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