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1:新たな魔王、新たな勇者

 この世界の負の感情の権化である魔王。

 それが新たに出現するということの意味を、彼らはもう少し真剣に考えるべきだったのかもしれない。



 イグルが姿を消してから二十年後、王国の最南端の街では激しい戦いが行われていた。


 強力な魔法が雨のように一人の男に降り注ぐ。

 部隊の指揮官は勇者シゲルだ。

 現国王が齢六十を目前にしていよいよ国王への即位の時期が近づいてきたことから、彼は改めて自らの存在を周囲に誇示したいと考えていた。

 そこに飛び込んでいたのが魔王出現の報である。

 最低でも数百年は復活しないと言われていた魔王が僅か二十年で現れたことに揺れる王宮。

 それとは対称的に、やはりこの世界は自分のためにこそあるのだと舞い上がったシゲルは、人々を一喝してから軍隊を率いて魔王討伐に向かった。

 勇者の強さは女神から受け取った勇者の恩寵に依存するため、中年となった今でも彼の強さは二十年前のまま。

 今回もまた彼の圧勝に終わる……、はずだった。


「ふん、こんなものか」


 一方的に魔法を浴びていたスカルフェイスの男は勇者達の力を鼻で笑った。

 巨大な龍の姿だった前回の魔王とは違い、普通の人間と同じ大きさしかない体。

 しかしその周囲には凄まじい強者のオーラを纏っている。

 

「くそっ! どうして攻撃が効かないんだ!」


 シゲルが引き連れているのは王国最精鋭と名高い部隊だ。

 前回の魔王との戦いでも、勇者シゲルが現れる以前は対魔王の主力として活躍している。

 勇者達ほど効果的ではないにせよ多少のダメージは与えられるはずだった。

 しかし、目の前の男は彼らの攻撃を一切受け付けていない。

 それどころか、唯一魔王に致命傷を与えられると言われる勇者の聖剣すらも跳ね除けていた。

 

「なぜ攻撃が効かないか? それは単にお前達が弱いからだ」


 新たな魔王の声は笑っている。

 そこには先代魔王のような焦りは全く見られない。

 あの巨大な邪竜であれば、ここは自身の危機に狼狽の声を上げている場面である。


「さて、確認は済んだ。さっさと終わらせるか」


「なんだと?!」


 魔王がその手に持った大鎌を構える。

 その姿は魔王というよりも死神のようだ。


 パンッ!


「……え?」


 次の瞬間、魔王は音の爆ぜる音と共にシゲルの真後ろに移動していた。

 その軌跡を捉えることができた者は一人もいない。


「シゲル様!」


 そして移動後の魔王の姿を周囲が認識した時、シゲルの体は既に腰のところから上下に切り離されていた。

 血飛沫と臓物を散らせて崩れ落ちる勇者。

 シゲル本人が理解できたのは回転する視界と腹部から湧き上がる痛みだけだ。


「シゲル様が!?」


「う、うわあああああ!」


 勇者だけが使えるスキルによって出現した光の鎧。

 シゲルの全身を覆い、先代魔王の攻撃全てを防ぎきった鎧。

 絶対防御とまで言われたそれが何の役割も果たせなかったことを理解した兵達は、一気に恐慌状態へと陥った。

 世代交代によって若返りを果たしたエリート部隊には、絶望的な死地に挑む勇気のある者は一人も残っていない。

 それこそが真に勇者が取るべき行動だというのに。 


「逃さんよ」


 敗走し始めた彼らの命を容赦なく刈り取っていく魔王。

 阿鼻叫喚。

 こうして、数百人規模の精鋭達は僅か数分の内に全滅した。



 勇者シゲルの死と彼の連れて行った部隊の全滅が王宮に伝えられたのは、戦いの三日後である。

 両者の距離を考えれば、ほぼ最短で情報が伝わったと言っていいだろう。


「なんということだ……!」


 謁見の間の玉座で報告を聞いた国王カイゼルは頭を抱えた。

 ちょうど三日前、シゲルの妻五人を含む王宮内外の女性達一千人以上が一斉に気を失った。

 そして王女ロゼ以外の全員が、勇者シゲルに強姦されて今まで洗脳されていたと訴えたのだ。

 更には子供の本当の父親はシゲルだと言い出す者達が何人もおり、ロゼもまたシゲルに対する好意が急速に薄れたと言い始めた。


「だとすると、やはりシゲルが死んで何かしらの効果が解除されたと見るべきか……」


 カイゼルは凡人である。

 しかし無能ではない。

 もうじき六十を迎える人生において、数多くの失敗と反省を繰り返しながらここまできた。

 少なくともこの現実を直視できる程度の能力は持っているのである。


 新たな魔王の出現。

 対抗策である勇者の死。

 次期国王候補の喪失。

 そして前代未聞の勇者による大量婦女暴行事件。

 

 残りの人生は安穏の中で過ごせると思っていたカイゼルを、突如として四重苦が襲った。

 しかし悪い流れというのは簡単には収まらない。

 彼にさらなる苦難が襲いかかったのはこの直後だ。


「大変です陛下!」


 慌てた様子の役人が部屋に飛び込んできたのを、カイゼルはうんざりした気分で見た。

 この時点で碌でもない内容であることは容易に想像がつく。 


「今度はなんだ?」


「女神様のお告げにより、新たな勇者が選ばれました!」


「何?! 本当か?」


 予想外の吉報が舞い込んだと、カイゼルは玉座から飛び上がった。

 シゲルが負けたのはきっと前魔王と戦うための勇者だったからだろう。

 つまり今度の勇者は今回の魔王に勝てるだけの力を持っているはずで、これで少なくとも魔王対策は光明が見えた。

 後は次の国王を誰にするかと婦女暴行事件をどう収めるかだ。

 横に控えていた宰相の表情も少し明るくなっている。


(王位に関してはロゼとシゲルの子がいる。となると問題はシゲルの不始末か……。果たして王家の権威をどこまで損なわずに済むか……)


 シゲルは既に事実上の王族扱いだ。

 今更になって彼は王族ではないと言い張って事態を収束させようとすれば、支持を失うのは必死。

 特に義侠心の強い者達からの反発は確実だろう。

 それだけシゲルは好き勝手をしすぎた。

 もしも彼らが王家とは距離を置く貴族達と組めば、非常に厄介なことになるのは明白だ。


「あの……、陛下?」


 カイゼルは役人がお告げの写しを持って彼の反応を待っていることに気がついた。


「おお、すまんな。どれ、読み上げてくれ」


 軽めに詫つつ、役人の男を促す。

 王としては少々威厳に欠ける振る舞いではあるが、『能力に劣る王は支障のない範囲でできるだけ愛想よく振る舞ったほうが良い』というのが彼の出した結論だ。

 有能な王はその有能さで人を惹きつけたり畏れさせることができるが、無能な王に同じことはできない。

 代わりに下の者達の反感や敵対心を必要以上に煽らないというのが、彼なりに考えた処世術だった。


「はい、それでは……」


 男は写しを目の前に掲げるように持つと、少し緊張した声で写しを読み始めた。


「イグルという男を次の勇者とする。彼の者の年は三十八。先代の勇者シゲルと共に先の魔王を打ち倒した男であり、今は西方の森にいる」


「陛下……、これは……」


 横に立っていた宰相が思わず呟いた。

 先程明るくなった表情がまた暗くなっている。


「うむ……」


 カイゼルも息を呑んだ。

 繰り返しになるが、彼は凡庸であっても無能ではない。

 イグルの名前こそはっきりとは覚えていなかったが、神託が誰を勇者に指名しているのかは即座に理解していた。


 ――あの時の男だ、と。


 その証拠に顔色が先程までよりも明らかに悪い。


「それは……、勇者はその者で間違いないのか?」


「はい。写し間違いの無いように確認しましたので、大丈夫です」


 カイゼルは『新しい勇者は別の人物ではないのか』という意味で聞いたのだが、男は『写し間違えてはいないのか』という意味で受け取った。

 彼はまだ若く、きっと二十年前のことを知らないのだろう。


「……急ぎの伝令ご苦労だった。戻って良いぞ」


「はッ! 失礼します!」


 謁見の間に残されたのは王と宰相、そしてシゲルの婦女暴行事件の調査報告にきた役人の三人である。


「宰相よ。あの時の男が新たな勇者になった、ということで間違いないのだろうな?」


「はい……、そういうことで間違いないかと……。魔王討伐の手柄を無かったことにして婚約も破棄、その後は親元からも絶縁されたと聞いております。あの時、シゲル様やメイア様達を優先したのが完全に裏目に出ましたな……」


 宰相の歯切れの悪い返答を聞いたカイゼルは暗澹たる気分で口元を覆った。

 シゲルの起こした婦女暴行事件だけでも大事件だというのに、それ以上の大問題が起こったのである。


「……戦ってくれると思うか? 魔王と」


「頼むしかないでしょうな。……それこそ、どんな要求でも飲みきる覚悟で交渉に臨まねばなりますまい」


「魔王と戦うどころか、もしかすると手を組んでしまうかもしれんな……」


 新たな勇者イグル。

 魔王に対抗する戦力として指名された男。

 彼が決して人々の純粋な希望とならないであろうことは、この時点で既に明白だった。

 

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― 新着の感想 ―
[一言] おっ魅了ゴミか流石の障害者(誤字ではない)やな
[一言] 今更、読みました。紹介と感想読んでから来たら、何と婚約者とか屑でなくて魅了かあ、でも滅亡なんでしょ、これ、はああ。
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