夢も現も、心のなかに(現代もの)
種別:即興
お題:過去の映画館
制限時間:15分+α(微修正あり)
ふと、足が止まった。
見上げても全貌が見えないほどの、巨大な高層ビル。
(当時は、最新の映画館だったんだけどねぇ)
止まったエスカレーターを横目に、地震でひび割れた階段を登っていく。
すぐに見えるのは、三番館と四番館。
今はもう扉も閉ざされ、人の気配もまるでない。
より奥の通路を進むと、まだ稼働しているシアターが眼に入ってくる。
手書きの紙が貼られた古い券売機から、よく知らない映画のタイトルを押す。
選択の余地はない。公開されているのは、その一本だけなのだから。
受付の老人に切符を渡し、席に着く。
――上映され始めたのは、自分が幼い頃によく通った、古い映画館を題材にしたもの。
ワンスクリーンで少ない作品を回す、どこかゆったりとした時間。
現れる登場人物達は、それらの映画館を何度も巡り、感動し、不満を漏らし、けれどまたやってくる。
(……こんな時も、あったような気がするな)
いつしかテレビと、ビデオと、楽な方に流れ。
遂には、観ることすらもほとんどしなくなり。
でも――忘れていた。
こんなにも、暗闇の喧噪が、心地よいものだったことを。
「……お客様、最終回が終わりましたよ」
優しく温もりのある声で起こされ、席から立つ。
声をかけてきたのは、受付にいた老人だ。
知らず、眠ってしまっていたようだった。
照明は異空間を払って、すすけたシートとスクリーンを照らしだしている。
「……ところで」
「はい、なんでしょう?」
「――今日観た映画は、夢だったのか。それとも、過去の映画館を題材にした、ノスタルジー?」
老人は微笑みながら、「ご想像にお任せします」と言って受付へと戻っていった。
ただ一言、帰り際に、ぽつりと言ったのだ。
「どちらにしろ、良い夢は観れたでしょう?」
家に帰った私は、その後、すっかり見た映画のタイトルを想い出せないことに気づいた。
だから……その映画が、本当のことであったのか、どうなのか。
映画館に寄れば、すぐにわかることだろう。ネットで検索しても、わかることかもしれない。
ただ私は、そのどちらも選ばず、あの時に残された映画館の時間を詮索するのはやめにした。
かき乱す必要は、ない。
あの老人が、言っていたように……良い夢であったのは、確かなのだから。