写る仮初めを切り取って(現代もの)
種別:掌編
――『私』を殺して。あなたのカメラで。
一眼レフの絞りを調節し、焦点を合わせる。
液晶の中には、なんの変哲もない、学校の一部屋が写る。
使い慣らしたステンレスの机と、古ぼけて色の薄まったロッカー、それにマニュアルなどが収められた本棚が並んでいる。
「良い部屋よね。人が立ち入らなくなって、少し経ったから、より良いわ」
そう呟くのは、隻州院 眞子 [せきしゅういん まこ]という少女。
この学園一と噂される美貌を持ち、品行方正、学業優秀、まさに見た目に合わせた振る舞いをこなしている。
「いつもの君には、そぐわないけどね」
そんな彼女の隠された趣味を、僕だけが知っている。
「……いいから。早く、撮影して」
イスから立ち上がった彼女は、部屋の一隅へ移動する。
そこは、古ぼけた学校の部室とは、明らかに異質な空間。
精緻な作り込みながらも欠けている陶器や、古びて色の変色したアクセサリー。崩れた城や教会のミニチュアが並べられ、暗幕が覆う部屋の光景は、安っぽくも退廃的で、人目を引く。
そこに彼女は、真っ白な化粧と純白の衣装で、入り込む。
元がよいから、恐ろしく映える。その生命観の薄い姿に、演技とは言え、よどんで死んだかのような瞳が入り込めば。
それは――まるで、死体のよう。
「……まだ、生きている感じがします」
僕の指摘に、彼女は微細に、表情や息づかいを変える。わずかな肌の張りと、死んでいるのに意志があるかのような瞳。
カメラのファインダーを覗き、ただの人の形となった彼女に、焦点を合わせる。
「いいですね。そのままで……」
彼女の息づかいを感じることは、僕にはもう出来ない。
飾り付けられた人形となり、写真を撮られる。
僕に依頼されたのは、手にした一眼レフで、隻州院 眞子でない人形を切り取ること。
「……どうして、僕だったんです」
彼女は感情の見えない顔で、僕を見る。
「僕じゃなくても、良かったんじゃないですか」
幼なじみではあるけれど、僕に秀でたところは、なにもなかった。今では、親しい友人以外に記憶されてもいないだろう。
だから、ずっと不思議だったけれど、聞けなかった。
「去年の、文化祭での写真」
「あの、部室の展示のものですか」
「そこで、人形を綺麗に写していたでしょう。だから、よ」
彼女の答えに、想い出す。
家にあった、球体関節人形。確かにそれを収めた写真を、去年の文化祭に展示したことがあった。
――『私』を、この世界から殺してほしい。
彼女が僕に依頼してきたのは、そんな不思議な内容だった。
理由は聞かなかったが、『私』と言った彼女と、僕に撮られたがっている彼女は、どうも違うモノらしかった。
それから彼女は、誰にも気づかれないように、この写真部で人形になる。
そして、隻州院 眞子ではない、僕のカメラに写し出される人形となり、一時の死を味わう。
「矛盾、しているね」
「そうかしら」
「本当に、消えたいのなら……」
言ってから後悔したが、遅かった。
「根元を絶つ方が、望ましい」
彼女の言葉は、生きている響きを発しながら、その意味は真逆。
「でも、今のあなたなら、できるのかな」
すっと、彼女は眼を細める。
宙に浮かぶ、僕に向かって。
「魂を抜きとる、なんて言うけれど。残った身体は、抜きとられた魂のように、永遠になるのかしら」
「……悲観的だね。綺麗すぎるから、余計だ」
「ふふっ。幽霊になったら、そんなお世辞も言えるようになったの?」
僕の言葉を笑いながら、頬を少し染めた彼女は、もう人形から戻っている。
……使えるのが、いつでも確認できるデジタルカメラで良かったと想う。アナログカメラの現像なんて、もう、できないのだろうし。
「死者の国なら、こんな演技も不要なのかしら」
「どうかな。ただ、生きている時に使ってたカメラも、そのままだから。たぶん、あちらの世界は、こっちとよく似ているんだよ」
「あら、そうなの」
「そうかもしれないよ」
なんの保証もない、僕の答え。
死者の国なんて、この部室を離れることも出来ない僕に、知り得るはずもない。
「じゃあ、いつでも、連れて行ってくれる?」
「……そう、遠くはないかもね」
カメラのメモリー残量は、撮影する度に減っている。
僕の身体が軽くなり、透明化が進むのと同じタイミングで。
事故で中断した、残りの枚数を数えるように。
「ねぇ。『私』があなたの写真に切り取られるまで、あと何枚?」
「……君が望むのなら、お早めに」
人形から死者を望む彼女を、僕は早く、切り写さなければいけないのだろう。
――僕と彼女にとって、それが、この時間の終わりを意味するとしても。
「早く、逝きたいな」
「じゃあ、いこうか」
新たな一枚を収め、僕はまた、身体が軽くなるのを感じていた。