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音の雨を共に(現代もの)

種別:掌編




 彼と私が出会ったのは、雨の日だった。

 ざあざあと降り続く音は、室内にも陰を落とす。

 初夏であったこともあって、湿度も高い。私の調子は、そんな日は特に悪い。身体のチューニングがズレやすくなるのだ。

 だけれど、そんな私のなにが気に入ったのか。

 彼は一目見た私へ、熱心に語りかけてきたのだ。

 そして私の身体ごと、そのまま雨の降り続く外へと連れ出し、自分のステージへと引きこんだ。

 ――彼は、ミュージシャンの卵だった。

 そこで私は、その日、彼の横の特等席で。

 惹きこまれる音色の洪水を浴び、巻きこまれ、魅了されたのだ。

 ……彼の造る世界へ、参加したい。それぐらい、彼が奏でるステージは、魅力的なものだった。

 その想いが彼に通じたのか、それともそれが目的だったのか、私はすぐに彼とのステージに立つことになった。

 彼が奏でる美しいメロディーと、私が造りだした音の波。

 客席が歓声に揺れるたびに、私達の出番も増えていった。


「お前と出会ってから、うまくいっているよ」


 彼の作品に協力するミュージシャンは、多かった。私と同じように、誘われたものも、紹介されたものも、たくさんいたけれど。

 そのなかでも私は、少しだけレトロな雰囲気だったから、気後れしたりもしたのだけれど。

 彼は私を大切に扱い、私も彼の呼びかけに精一杯答えた。

 ――そうしてしばらくは、彼と私の蜜月が続いた。


「……これ、本当なのかな?」


 恥ずかしそうに、私へささやく彼。

 薄暗がりの中、酒を横にして、私と音色を奏でる彼。

 その視線は、ディスプレイのメールボックスを眺めている。


「デビューのための、話がしたいと。できすぎ、だよなぁ」


 疑るように言いながら、彼はまた鍵盤へと指を走らせる。

 けれど私は、その手つきや弾むような音から、気づいていた。

 心が躍れば、鳴らす音も同じように、躍動する。

 私は、嬉しかった。

 彼の音色が、世間に認められたことを。


 ――それがどんな意味を持っているのか、あの時の不器用な私には、わからなかった。


 デビューが決まり、バックアップがついて、いろいろなメディアで彼が取り上げられるようになった頃のことだった。

 次第に私は、ステージへと誘われなくなっていった。

 彼には、サポートしてくれるミュージシャンが、たくさんいた。

 飽くなき彼の音造りが、そのなかで、新しい出会いを選んでも不思議じゃない。

 つまり……私から出来る曲は、彼のなかで、もう終わったのだろう。


 けれど私は、ずっと彼の側にいた。

 一緒に作り上げた曲とは違う、新しい道を歩き始めた彼の、側へ。

 でもそれは、なにもできないことと一緒だった。彼の新しい世界に、私は、邪魔でもあった。


 語りかける子が変わっても、出会う人が違っても、より大きな会場へと場所を移しても。

 私は、一つの音も出さず。

 ただ、他の子達と彼が奏でる、音の雨を浴びることしかできなかった。


 ――それから、どれだけの時が経ったのだろう。


 彼はもう大御所であり、若い時に存在した、悩みや苦しみから楽になっているように見えた。

 新曲は作っていたけれども、世間からの評判は『懐古趣味』と呼ばれることも多くなった。

 私は、どうだったか。

 嬉しかった。昔の彼が、戻ってきたようで。

 ――今日もまた、彼が私へと手をかける。


「お前としか、できない曲もあるからな」


 彼はそう言いながら、何十年も前の機材である私と、老体のパソコンをつなぐ。


「覚えてるか。今日は、懐かしの場所だ」


 忘れるはずもない。彼の音を、私が初めて聴いた場所。

 私達が最もよく共演した、小さなライブハウス。


「まだあるのが、嬉しいねぇ」


 彼は懐かしむような声で、私の身体をなでる。

 ケースに包まれ、キャリーカートに固定された私。

 彼のイメージを音へと変える、鍵盤と回路で造られた、楽器の身体を。


「懐かしのハコだ。だったら、お前と奏でたいだろ?」


 信頼の言葉に、私は、動かない身を震わせる。


「……使わずにいて、悪かったな。だけど、また、付き合ってくれよ」


 耐久年数も、部品の保証も、すでに過ぎた身だ。

 あと何度、長時間の演奏に耐えられるかもわからない。


 ――だからこそ、音の雨を、ステージから会場へ降らせよう。


 電気の通う私の身体と、熱のこもる彼の指。

 二つの想いは、過去へと戻り、今にその時間を再生する。

 私と彼は、あの日の音を想いだし、音を紡ぐ。

 心に降る曲の奔流を、雨のように、会場へ向けて。

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