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代わりの犬になりなさい?(SS)

種別:即興

お題:犬の血痕

制限時間:15分+30分ほど




 犬とはぐれた、と、その女は言った。

「こんな場所で、いったいなにを」

 不審に想い、問いかける。

 すでに、人通りの少ない夜道。

 髪を結いあげて衣をまとう姿は、三日月の笑う夜にふさわしくない。

「どうしても、犬が必要なんです」

 すすり泣くように、切実に求める女。

 朴念仁の俺にとって、慣れない願いは、こそばゆくもある。

 ゆえに、夜があけてから探しては、と背中を向けようとする。

 だが女は、ある意味はしたなく、行燈を持つ俺の手をしっかりと握る。


 ……やわらかい、鼻腔をくすぐる、甘いにおいがした。


「どうか、お願いします」


 握られた手から伝わる、人肌の熱。

 夜気にも冷めぬ温もりは、彼女の熱意かと錯覚する。

 ゆえに、見捨てるわけにもいかず、やむをえず犬を見失ったという場所へ向かう。


「ここ。ここでございます」


 そこは、街よりも深い闇がある場所。

 添えつけられた明かりも、空から射す月の光も、圧倒的な暗闇につぶされる。


「ここ、だと?」


 だが俺は、その暗闇の中ですら、なにがあるのかを見分けられた。

 否、かぎわけた、というのが正解かもしれない。


(……血なまぐさい友人の手伝いなど、やはり、するものではないな)


 この世とあの世を往復しながら冷笑する、困った友人の顔が浮かぶ。

 幼い頃からの彼が身にまとうのは、常では嗅げないその匂い。

 今、俺の眼の前には、よどみがある。

 水より深く、ねばつくようで、地面にまとわりつくのは――おびただしい、紅い池。


「おい、これは」

「血痕ですよ、私の犬の」


 ふふっ、と、女は笑いながら答える。

 実に楽しそうに。


「なに……?」


 つながれた手に視線を送り、見下ろすように女を覗きこむ。

 視線の動きを察するように、俺の瞳を見返すように、女は重ねてささやいた。


「――言ったでしょう? 犬の血痕だって」


 するり、と、手首の冷たさが首元から全身に忍びこむ。

 次いで、首元を圧迫するような息苦しさ。


「でも、狂いきれなかったのよね。抵抗するから、骨も残らず、魔界に放り投げてしまったのだけれど」


 がちり、と、両耳に反響する金属音。

 その音の正体は、わかっている。

 女の両手にあるのは、眼に見えない、金属でもない、もっと恐ろしいナニカ。


 ――先ほどの温もりが嘘のような、首元の、女の手。

 ――十の指先が添えつけるのは、俺の魂を縛りつける、拘束の鎖だ。


「……っ、よ……うま、か」

「あら、ご存じなの?」


 ふふっ、と、かすかな笑い声をあげて身を引く女。

 ごはっ、と、咳き込むのに圧迫感は軽減されない。


 ――妖魔。この帝都の闇をさまよう、人でなき異世界の侵入者。


 ふりかえれば、貞淑な若妻のような雰囲気をした、着物の女はそこにいない。

 大きく肩を露出させ、淫らな両足を華人のように覗かせ、ざんばら髪を生き物のようにうねらせている。


「ああ。知、人に、くわしいやつが、いてね……」


 抵抗するように咳き込みながら、首元の拘束を解こうと、手をもがかせる。

 だが、そこにはなんの感触もない。


 『――お人よしだからなぁ、お前。きれいな女には、人でもついていくなよ?』


(――違いない)


 妖魔退治が趣味の友人の顔が浮かび、苦笑する。

 これなら、魔よけの一つでも習っておけばよかった。

 だが、すでに後の祭り。

 時間が経つほどに拘束は増し、逃れる術を見つけることもできない。

 捕えられたのが、首元でなく、もっと根源的ななにかゆえだろう。


「……お、前は、すぐ、討たれる」


 へぇ、と、感心するように微笑む女。

 その恫喝は、嘘ではない。

 知人は軍部に所属し、帝都に潜む妖魔を討っている。

 ゆえに、俺が異変を告げれば、即座にこの女を退治するだろう。


「そう。それはよかったわ」


 なのにこの女は、にこりと笑う。


「手頃な犬を、って選んだけれど、楽しい時間を過ごせそう」


 むしろ興奮した面持ちで、俺に告げたのだ。


「な、にを、いって」

「同胞を殺されると、哀しいでしょう? あっ、別に私達は、仲間なんてどうでもいいのだけれど」


 笑いながら、女が右手の拳を握りしめ、自分の首元へとひきよせる。

 瞬間。


「ごっ!?」


 俺の首元と、胸の奥が、まるでぞうきんをしぼるように強烈にねじ絞められる。

 酸欠か、と想うのに、苦しくなるのは意識だけ。

 ……まるで、俺の意識を、握りつぶすかのように。


「――妖魔が狩られるだけと想われるのは、えぇ、とてもつまらないことなのよねぇ?」


 女はいつの間にか近づいた耳元で、すりこむように、酩酊するような声で言葉を紡ぐ。

 その一言一言が、ちぎれそうな俺の心を、代わりに埋めていくかのように。


「苦しみながら友人を殺す、あなたの姿。悪魔にとって、これ以上に嬉しい催し、あるかしら?」


 呟くと同時、俺は、意識を断たれると同時に理解した。


 ――俺が告げるのは、知人への忠告ではなく、いつもの歓談。

 ――偽りの笑顔で知人を欺き、この悪魔へ捧げるための、人形にされることなのだと。

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