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2.5次元の距離感(SF)

種別:即興

お題:私が愛した喜び

制限時間:15分+45分ほど




『――今日も変わらず、君は、美しい』

「五十四回目の若返り、もう肌は偽造だらけよ?」

 ふふっ、と微笑ながら、エリカは手元のホログラフ画像に見入る。

 ことり、と、手元のジェイソンをゆらす。

『この手で君の肌に触れられないのが、惜しく感じる』

 遊ばれる感覚に戸惑うのか、ジェイソンは眉をしかめる。

 そんな心を遊ぶのすら、エリカにとっては心地よい。

「あんまりリアルなの、嫌いなのよ。知ってるでしょう?」

 技術が進歩した時代、人工知能や人型アンドロイドの類は、街にあふれかえっている。

 今では「判断力検定」なるものにより、人間としての判断力を増さなければいけない、という風潮まであるくらいだ。

 だからこそエリカは――眼の前のジェイソンに、そんな気遣いをしなくてすむ、ありがたさを感じる。

「私はね、手のひらサイズがいいの。これなら誰が主人か、わかりやすいでしょう?」

『恐ろしい人だ、君は』

 苦笑しながら答えるジェイソンに、エリカは再び手をふれる。

 だがその手は、ジェイソンというホログラフに届くことはない。

 感じるのは、小枝のように細い指先にある、硬い外装。


 ――手乗りサイズの、男性ホログラフ投影機。

 ――持ち主の好みで姿を変える、2.5次元の人工知能。


 エリカの好みに形作られたそれは、大きさ以外、生身の人のように受け答える。

「こわいのよ。私、おくびょうだからね」

 自嘲する響きは、ジェイソンだから言えること。

 亡くなった親にも、今はもう去った友人にも、吐露したことはない。

『美しさを求めることに、なんの問題があるのか』

「……七十代で若い姿へ整形し続けることは、時をね、捨てているように見えるんだって」

 それが、最後まで友人でいてくれた彼女の、最後の心配。

「だから私は、あなたがよかったの。過剰に気をつかわなくていいからね」

 他人と干渉しない仕事を選び、変わらない自分の姿へ金を投資し、必要最小限のつきあいに精神を摩耗する。

「『ドール』は、疲れたからね」

 唯一の慰めに、かつて、高性能な『ドール』を購入したこともある。

 人によく似て、かつ人を超える知能と判断力を持つ、人が神に近づいた証左。

 人型の、決して逆らうことのない、アンドロイド。


『君は、『ドール』を拒絶したと聞いた。君にだけ尽くし、甘やかし、支えることのできる存在を』

「……そんな価値、私にはないもの」


 つんっ、と、ホログラフを支える台座をつつく。

 高精度な会話を返す人工知能は、『ドール』と比べれば随分と簡素で安価だが、およそ生身より遠い。


(『ドール』は、人に似すぎていて。だから、信じられなかった)


 だからこそエリカは、ジェイソンの作り物らしさこそを、気にいっている。


『価値は、自分で決めつけるものではないよ』

「……ねぇ。あなたは私が死んだら、ちゃんと私を忘れてくれる?」

『全てのデータを廃棄する手続きは、整えている』

「そう、ありがとう」


 生老病死の順守と、延命治療の発展。

 そこに、永続的な電子記録が混じる時代。

 エリカは、自分が造りあげた電子のパペットへ、寂しげに笑いかける。


「――私が愛した喜びは、私だけのもの。あなたでも、それを残してほしくないわ」

『"――かしこまりました"』

 ジェイソンではなく、基準となるマスター音声で返答される。

 それがエリカの絶対的な命令であり、ジェイソンに向けたものではないと、人工知能が判断したため。


 ――いつか逝く時、跡も遺さず、記録も消して、旅立つ準備はできている。

 エリカがそう準備し終えていることも、すでに、人工知能の基幹プログラムには入力済みだ。


「ええ。だから……このままの日々で、いいのよ。あなたとだけの、変わらぬ日々を」

 苦笑して、少しだけ、エリカは優しく微笑む。

「傲慢でひどい女かな、私?」

『そう問われることが、その証でもありましょう』

「……そうね。だから、この時だけ、一緒にいてくれる?」


 荷物は嫌いだ。

 だが、孤独も同じように嫌いだ。

 矛盾した自分にとって、エリカは、彼が最高のパートナーだと感じている。


 ――手乗りサイズの温もりに、不釣り合いな力関係の、甘えをのせて。

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