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漂白の誘い(ファンタジー)

種別:即興

お題:臆病なセリフ

制限時間:15分+60分ほど




「弱いな、お前」


 見下ろすように、白髪の女が男を見下ろす。

 うねるような白髪とともに、雪のような白い肌と、血の気のない唇。


(まさしく、異形の姿だ)


 黒髪、浅黒い肌をした男には、その漂白したような肌は異常に見える。

 それは、遠い故郷にも響いていた、異国の神。

 人心を惑わす存在を討つために、男は長い旅路の果て、天をも覆う樹林へと足を踏み入れた。


「秘境の神に、我が剣、通じぬか」

「なにか勘違いしているようだが」


 手に持つ棒状の武器を縮ませ、女は男の言葉を訂正する。


「私は、神に仕える巫女にすぎない。ただ、お力の一部をふるっているだけだ」


 男は言葉を失う。

 故郷の人々、もしくは旅路の果てに触れあった人間達、それらの期待を背負ってきたというのに。


「みなの期待を背負って、巫女一人、討てぬとは」

「まったく、騒がしいことだ。我らは、ただ森の奥に潜み、静かに暮らしているだけなのに」

「迷いこむ人間を、喰らってか」

「ではお前たちは、異形の生命を喰わぬのか?」


 さらりと答え返す女の言葉に、血の気の薄い男の背も、ぶるりと震える。


「それに、勘違いしているな。――神域に迷いこむ者は、どのみち、白く喰われるだけだ」


 女の言葉は、的をえないもの。

 だが男にとっては、それだけでも、異形たる根拠を感じるものでもあった。


(人に似た姿。やつらは、しかし、我らを食す)


 今まで、何人の人間達が喰われたのか。

 森に踏み込み、女の潜む社までに出会った、数多くの白い異形達。


 ――流れ出る血まで白く染め抜かれているのは、こちらを映し出すようで、気味が悪い。


 怒りに歯をくいしばる男へ、女は興味深そうな眼を向け、口を開く。


「ふっ。お前が怖いのは、本当に私なのか?」


 嘲笑うように問う女に、男は咳き込みながら、言いかえす。


「無論だ。民の皆が、旅路の人々が、友が、家族が、そう言っている」

「そう言われたから、お前が来たと?」

「そうだ。故郷で最も強く、頼られ、戦場を駆け抜けてきた俺が」


 自分の自信、その拠り所を誇るように、血を吐きながらそう言いかえした。

 なにかを、振り払うかのように。

 そして、そんな俺に対し、女はなでるように言葉を流し込む。


「――お前が怖いのは、そうできなかった、情けないお前じゃないのか」


 なに、と小さく、男が声を発する。

 ばかな、としぼりだすように、男は言葉を投げつける。


「お前の言葉に出るのは、みんな、他人のことばかり。そうして他人の血と言葉を背負い、お前の中には、なにが残っている?」


 耳元で囁くような、女の言葉。

 心地よい夏の風のような感覚が、身体と地面をつなぐ。

 血が、紅い血が、倒れ伏した地面へと流れだしていた。


 ――今まで男が切り捨てた、異形の白い血と、交わるように。


「私を倒して、お前はどうしたいのだ」

「お前を倒せば、みなが落ち着く」

「そしてまた新たな敵を見つける。広がるために、つながるために、紅い血をつなぐために」


 言葉に詰まり、しかし男の胸は突然、言葉に出来ない空虚さに覆われた。


「……あぁ、そうだろう。そうして俺は、今の俺を手に入れたんだ」

「そうしなければ、お前自身が、紅い血を流していたからだろう?」


 切り返すような問いかけに、男は、隠されていた不安を暴かれた気がした。

 勇者と持ち上げられながら、その実、その期待を裏切った時の恐怖を。


「……俺は、嫌われるのが怖くて、ここまでお前という敵を討ちに来た」


 一度だけ、勇者の期待に応えられず、敵を逃がしてしまったことがある。

 その時はまるで、自分を敵と見ているのではないかと想うほど、人々の変貌は激しかった。


「俺の価値は、勇者であること、それだけしかないのだ」


 なまじ力を持ってしまったばかりに、放っておかれず、また親しくされることもない。

 男の生真面目な性格も、それら全てを捨てられるほど、冷酷にもなれない。

 隠されていた胸の奥のよどみが、水脈を嗅ぎ当てたかのように、あふれでて止まらない。

 じっくりと、かすかに血の通う瞳に見つめられると、口元がどんどんゆるんでくる。


「――もう、あんな蔑まれるような視線は、いやだ」


 まるで、胸の奥にある秘密を、掘り返され。

 何重の色で塗りつぶしていた想いを、まっ白に、塗り替えられてしまったかのよう。


「臆病なセリフだな。だが認められるお前は、だからこそ、変わることもできるだろう」


 しっとりと、女は男の顔へと手をふれる。

 人肌のように温く、やわらかく、まるで人間の女の手のようだと男には想えた。


「白く、迷いなく、神に浸る身。――どうしてそれが心地よくないと、お前達は否定するのだ?」


 視界を掌でさえぎられながら、男は、奇妙な心地よさに身をゆだねる。

 ……確かに、なぜ、否定していたのだろう?


「剣をふるった償いを、お前はすべきだ」


 女の手にふれられていると、まるで、清涼の様な心地が続く。

 ――全身が白く、染め抜かれていくかのように。


 ぱちり、と、女は指を鳴らす。

 同時に指先から弾け飛ぶ、白い霧。

 それらが、男や死体が横たわる周囲を、けだるげに覆っていく。


「信じるなら、我が神にするがよい」


 くるりと女はふりむき、自らの神へとうやうやしく首をたれる。


「親愛なる、永遠の白き神よ。我らに恵みを、お与えください」


 女が声をかけると同時、ざりっと、地面をかきむしる音がする。

 倒れ伏した白い異形達が、ゆっくりと立ち上がったためだった。

 みな同じように、虚ろな眼をし、奇妙な眼合わせをしながら。


「安心しろ。誰一人とて、異論が混じりて困らせることなど、ないからな」


 女が声をかける先には、地に伏したはずの男の姿があった。

 髪と肌を白く変貌させ、信奉する神をも変えられた、白い傀儡が。


「――支えを欲するお前にとって、白も紅も、たいした違いはなかろうよ?」


 女は笑い、森の奥に潜む生活へと戻っていく。

 白き人形達を増やし、自らの神と神域を保つ、異形の王国へと。

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