変り変らぬ想いを背負い(ヒューマンドラマ)
種別:即興
お題:疲れた天才
制限時間:15分+α(追記・修正あり)
「君に銃を向けられる日が、来るとはね」
「――お久しぶりです。博士」
銃口を向けながら、青年は近寄る。
隠れ潜んだ屋敷を発見し、仕掛けられた警備を抜け、ようやくたどり着いた老人の部屋。
「君だけか」
不思議でもなんでもないように問いかける老人。
かつて、青年をからかうように、話しかけていた時と変わらない。
「自殺でもされたら、ことですからね」
「自殺。なるほど、確かにこの世界でその権利を残されたのは、僕だけだからね」
「ええ。だからこそ……あなたが隠している研究成果を、教えてほしいのです」
「はて、なんのことかな」
とぼけるそぶりの老人は、自分の研究を奪い、暴走した人類が許せないのだろう。
なのに――研究を止めていないだろう性格を、誰よりも共にした青年は、よくわかっている。
「不死の解体。今のあなたが、そうであるように」
「少し違うな。解体ではなく、保護したのだよ」
老人の眼は、衰えていない。
かつて、青年の心もまだ若かりし時代、彼と共に研究に明け暮れていた。
変わらないと答えたのは、自分の意思を保ち続ける、その瞳があったからだ。
「研究は成功した。ただ、これほどの結果になるとは、想いもよらなかったがね」
青年は老人の言葉を聞き、瞳を下げる。
「……僕の成功を、口にするべきではなかったのでしょう」
激変する世界を生き延びるために、人間の細胞そのものを変質させる。
どんな環境でも修復し、元の姿に戻ろうとする、不死の身体を維持し続ける生命体。
天才である彼は、その変質を可能にした。
そして、その細胞適合の第一被験者が――青年だった。
「ただの結果論だよ。遅かれ早かれ、誰かが導いたものだろうさ」
「……もう一度、道を開いてもらえませんか」
銃口を向ける青年の声は、硬い。
「未来ある若者より、老いて疲れた天才にすがるほど、嫌なことはありませんが」
老人の理論は、複製をすることは出来ても、改良と復元をすることは出来なかった。
――結果、世界は変わることのない者達により、膿んだ戦争が繰り返されている。
「争いや哀しみをなくそうとしたのに、戦だけが娯楽になるとはな」
「死なないことは恐ろしい。その身になって、歳を重ね、ようやく実感できたということです」
「君はそれでも、被験者になってくれたのだな。――その結末を、知っていたであろうに」
「……あの頃の僕達は、夢にあふれていた」
「夢はあるだろう、今も。誰も死なず、行き場のない、悪夢というものだが」
老人と青年の警鐘は、あらゆる国家や人々から無視された。
安易な取り扱いは世界を巻きこみ、誰も死なぬ世界は、あらゆるものを枯れつくした。
「……ここの施設は、あの当時より、少しだけ進んでいる」
「買い被りだ。まぁ、毒を創らば解毒も知りたいのは、性というものかね」
老人はそう言いながら、タブレットをスライドさせる。
浮き上がる映像やデータ通信の表示は、なんらかの情報を転送しているのか。
「感謝します」
「あくまで理論だけだ。孤独な老人に、話し相手はいなかったからな」
自分の組み上げた理論がこの災厄を造りだしたことを、よく知っている。
「だからこそあなたは、老人のまま朽ちることを選んだ」
「理論上では可能だったが、死ぬ可能性も多かった。それに、細胞適合前でないと、シールドはできない」
不死になることも、それを遮ることも、危険だと老人は語る。
ならば――自分達の描いた夢そのものこそが、誤りだったのではないか。
青年は、罪悪感と共に、そんな感傷を抱く。
(だが、かつての夢は、もう夢ではない)
叶えられた夢が現実となり、変異していく。
青年の眼には、もう、老人のようなかつての瞳をすることはできない。
「……死ぬ可能性が愛しいなど、好ましくはないですね」
「不死に怖れを抱いた、君でもか?」
「ええ。ですから、ここに来たのですよ」
青年は、手元の銃を床に投げ捨てる。
「……君は変わらないな」
「変わりましたよ。少なくとも、この手は浸かるほど、血で真っ赤だ」
誰も殺していないのに、血と硝煙の匂いが満ちる世界。
――変わらない身体と周囲の表情は、なぜか、歪になる心をよく教えてくれた。
青年の意がわかるのか、老人は、その手を見つめながら口を開く。
「顔を出さなかった理由、わかってくれるだろう?」
「……ええ。夢の実現と、その怖れ。あなたが逃げ出した理由は、僕が一番、わかっていますよ」
――そんなにも弱く、不安定な心だからこそ、青年は自らを捧げることができた。
かつての燻りは、青年を見つめるその瞳により、幻でなかったと想い出せる。
「あなたも変わりませんよ。僕が愛しんだ瞳は、今もまだ、輝いている」
近づく青年に、老人は眼を苦しめる。
だが、老人もまた、わかっているのだ。
……二人の心が、あの頃から、変わらないということも。
「互いの罪を背負い、拭いましょう。僕は、あなたのためにいるのですから」
青年の覚悟は、その身を不死へと変えた時と同じ、第一人者としての決断。
不死の解体がつながるのは、老化か死か、それとも違うナニカか。
かつての知識と、老人の葛藤から、青年はそれを類推することが出来る。
「だからあなたも、別れた時間を背負ってください。この胸を苦しめた、責任を」
歪んだ世界の倫理を戻すため、不死の解放を、青年は願う。
だが、老人は眼を細め、まるですがるように言葉を漏らす。
「……君が地獄に生き続けるのも、解体されて死へと向かうのも、見たくはないのにな」
「……造るのなら、永遠の時間を閉じ込める発明が、よかったのかもしれませんね」
ゆっくり、青年は指先を重ねる。
解体の理論をまとめる、愛しき老人の指先へ。
若き頃に重ねた、変わらぬ熱を伝えるように。
「さぁ。止まってしまった時間を、動かしましょう」




