模倣の筋書き(ヒューマンドラマ)
種別:即興
お題:模倣の筋書き
制限時間:15分+α(追記・修正あり)
辛みのきいた熱と刺激が、俺の頬を伝わっていく。
「嘘でしょ、石割くん……」
ヒリヒリする頬を手でさすりながら眼をあげると、眼に涙をためた彼女の姿。
「……俺も、そう想いたかったよ」
次いで言葉を放ったのは、俺の頬へと拳をめり込ませた張本人。
俺が、この高校で出会った、親友とその幼なじみ。
「だってお前ら、まだるっこしいからさ」
あざ笑うように言いながら、二人へ視線を向ける。
あまりにも初心な関係に、ちょっとイタズラ心が起きたって感じで。
「だからって、瞳に誤解させていいはずがないだろう!」
「お前さんが先輩と良い仲に見えたのは、錯覚だったのかねぇ?」
「……やめてっ! そう仕組んだのも、石割くんじゃない」
「――そうだよ。だから先輩に背中を刺されないよう、注意しなきゃな」
ハハハ、と、罪悪感など一切ない人間のように笑ってやる。
仁王様のような形相で、親友だった男は俺へと言い放つ。
「金輪際、彼女に近寄るなっ!」
苦しそうな顔をする親友の顔は、まだ、俺が悪者じゃないって信じたがっている顔にも見える。
――いいねぇ。それでこそ、悪者になったかいがあるってものだ。
「面白かったよ、お前らの反応。まるで、疑いもしなくてさ」
嘲笑う俺の声に、親友の拳はより硬くなる。
血でも流れ出そうなほど、ふるえて、早く解いてやりたくなるほど。
「大切にしろよ、鈍い者同士でな」
「……っ!」
――最後に殴られた後、ちょっと意識が飛んで。
意識が戻ると同時、影が視界に差した。
「……煽る必要はなかったんじゃない」
ぼうっとしていると、皮肉気な声。
ハンカチを差し出してきたのは、眼鏡をかけた少女。
学園物語風に言うなれば、いかにも委員長と言った風情。
「とはいえこれくらいしないと、あの鈍い二人は進展しなかったぜ」
ハンカチを無視して、腰を上げる。
俺の言葉に不満があるのか、少女は何も言わない。
「たばこ」
代わりに出てきたのは、ポケットから取り出した紙タバコ。
「いいじゃないか。この世界観に浸っている時だけの特権さ」
不良がタバコを吸うなんてアナクロだが、一定の需要はあるだろう。
その意図がわからないわけじゃあるまいに、彼女は委員長らしく、不機嫌な表情。
ふぅ、と一息吐いて、本音を漏らす。
「進展しない二人に嫌われ、陰にその応援をする悪役ってのも、捻くれてていいんじゃないか?」
「……この脚本を書いた人間は、ちょっと歪んでいるわね」
「まぁな。理想的な悪役を演じるってのも、難しいもんだ」
――そう、ここはゲームの世界。
全てが現実と見まごうばかりに組み立てられたプログラムは、擬似的な人生を送れる代物として、娯楽から治療まで、幅広く使われている。
「被験者が必要な、リアルな体験型ゲームってのも考えものね」
ただし、造り上げられただけのデータや作り込みでは、どこか浸りきれないという声も多い。
かつて流行した、人の動きを取り入れるモーションキャプチャー。
それと同じように、本物の人間の反応や感情も、サンプリング対象とされるようになった。
――さっきまで喧嘩していた二人も、呆れ顔の彼女も、そして俺も。
どこかの現実からダイブしてきた、誰とも知らない、生きているサンプルなのだ。
「で。お前さんが俺の慰めをしてくれるのは、脚本通り?」
大筋の台本はもらっている。
彼女は、悪役を演じる俺に惹かれ、次第に両想いとなる役柄だ。
「それとも……」
硬いふりをする彼女に、吐息のかかる距離まで迫る。
「……どう想う?」
なのに、怯むこともなく、委員長風の顔を崩して彼女は笑い返す。
――台本はある。
ただしその過程と結末は、より没入感の高い展開へと、リアルタイムで更新されていく。
(少なくとも、この挑戦的な顔は、嫌いじゃないがね?)
……さて。
薄く微笑む彼女の役割は、悪役を陥れる、魔女だったりでもするのかね?




