呼び誘う舞(伝奇)
種別:即興
お題:危ない踊り
制限時間:15分+α(追記・修正あり)
詠水 真呼美は、流星のように現れた。
いつしか雑誌に載り、ネットメディアに映り、テレビへと入り込み、現実の舞台へと躍り出ていた。
なにがそんなに、人々の眼を惹いたものか。
老若男女、重ならない層が口をそろえる魅力は、その踊りだという。
世代、性別、嗜好、環境、メディア性。
十を満たす人間など存在しない。
なんらかのズレは個々にあり、一人の人間がそれを満たすことなど、不可能でしかない。
いるならばそれは、神に等しい力をふるっていることになる。
だがそれらの障壁を、真呼美の踊りは、軽く凌駕する。
まさしく神の舞のように、いかなる者をも惹きつけた。
自然、魅せられたフォロワー達もまた、自作だというその振り付けを真似しはじめる。
アーティストへの敬意として、同じ動きを模したいと願うのも、自然な結果だからだ。
舞だということも、世界を覆う容易さを提供した。
歌や声、文章や音楽ではない、生物の根源的な肉体を使う舞。
奇妙に誘われるその高揚感に、世界中が模倣することを熱望した。
熱心なファンのライブ応援。
真呼美に憧れる少女達。
カラオケルームでの同一感。
動画を容易に扱える時代は、魅惑の踊りを全世界へと伝播する。
高精密なVR画像、現場の臨場感さえ伝えるハイサウンドは、その場で真呼美のささやきを聞いているかのような現実感。
国も国境も歴史も越えて、真呼美の踊りは世界を救う。
はてには国の首相に他国の大統領、独裁国家の将軍まで話題にする。
真呼美の一挙一動、それはもう、一介の人の魅力ではない。
――世界は彼女が舞う踊りを、空気と同じように享受しつくしていた。
その様は、まるで太陽の加護を求める、暗闇の住人のようでもあった。
アメノウズメが、アマテラスを大岩から引きだす踊りをしたように。
真呼美もまた、世界の人々に隠されていた願いを、その踊りで引きだしたのだろう。
そして今日もまた、彼女はステージに舞い降りる。
何年経っても衰えることのない、逃れられない色香を放ちながら。
「ありがとう、みなさん」
今や真呼美の動きは、世界有数の関心事。
彼女が静まれといえば、赤子の泣き声も、哀しき自然災害も、大国間の緊張も、止まってしまうだろう。
なぜなら彼女の声には、言葉には、それらを従えてしまうだけの魔力がこめられているのだから。
「今日という日が来たことを、喜ばしく想います」
世界が、真呼美の声を待つ。
踊りを焦がれる。
そして、今日の彼女は、いつにない装いで世界同時放送を行う。
タイトルは……『世界の皆さんへ、感謝を』。
「――まったく、こんなにも危ない踊りを、この星ごと踊ってくださってねぇ?」
三日月のような笑みと、青い舌。
紫色の皮膚をさらして翼を生やした姿は、まるで、神話の悪魔によく似ている。
ただ、その姿に違和感を持つ者は、もういない。
世界は狂乱の踊りのなか、魔界の空気をその身に呼びこみ、その身を変えてしまった。
それは、人間だけではない。
魔界の瘴気を吸った森は変貌し、そこに住まう動物達は異形の姿に変形し、水も大気も魔物が住まうものへと適合した。
宇宙に取り残されたかつての人間は、今、紫色に変貌したこの星を愛しげに見ているだろう。
――人間は滅び、神話の中の悪魔が、今はもう世界の支配者だ。
「あぁ、心地よい。これこそ……悦楽と平和に染まった、あなた達の望んだ世界」
真呼美は、その誘いをしただけだ。
熱狂と興奮。
肉体を行使する儀式は、一部の知恵者を塗り潰すほど、大多数の凡夫をとらえてしまった。
それを手助けしたのは、皮肉なことに、人間達が造り上げたネットワークシステム。
希望の枯れつつある世界で、毒のような甘露を求めたのは……また、人間だった。
――闇の光を、人間は自ら、踊り狂うことで開いてしまったのだ。
「さぁ、踊り狂いましょう」
真呼美は、手をさしのべる。
まるで、救いの手を伸ばすように。
「決して来ない、朝陽のために」




