「泣き虫が笑った」で始まり、「だから君がいい」で終わる物語(お題SS)
種別:診断メーカー『あなたに書いて欲しい物語』より
お題:「泣き虫が笑った」で始まり、「だから君がいい」で終わる物語
制限:7ツイート以内 (980文字)
「泣き虫が笑った。そう言ったアトは、まだあるかな?」
「……お久しぶりです、ジュリエルス様」
遠方から帰ってきた王子の姿に、私は平静を装うのに必死だった。
「ずいぶん懐かしい話ですね」
子供の頃、王子は身体が弱く、日々の訓練に悲鳴を上げていた。
幼い頃から身の回りの世話する私にとって、その姿は胸を痛めるものだった。
「忘れたことはないよ。普段は無表情なエリスに、あんな変顔ができるなんて」
「……お忘れください」
想い返しておられるのか、必死に笑い声をこらえる王子。
そこにもう、幼い頃のような弱さを感じることはできない。
(それだけ背も身体も、大きくなられましたものね)
王子の顔を見上げながら、私は話題を変える。
「みなも驚いているのではありませんか」
「まだだよ。エリスに会いたくて、忍び込んだんだ」
「……は?」
「――エリスのことを、忘れた日はなかったからね」
じっと、私の奥底を覗きこむような瞳に、眼をそらす。
「お戯れは、おやめください」
「何度も言っているだろう。戯れじゃないって」
「では、言い直しましょう。……王族らしく、私を、お戯れになさってください」
そう言うと王子は、顔をしかめ、私の心を苦しくさせる。
「僕の発する言葉が、偽りかどうか。……エリスなら、よく知っているだろう」
――知っているからこそ、その王子の真摯さに、私が応えられるはずはない。
王子と私の、時の砂。
こぼれおちた砂には、もう、二倍ほどの開きがあるのだから。
「私は別室で休みますので……」
そう言い、部屋を離れようとすると。
ぐっと、けれど優しく、逃げようとする身を止められる。
「……元服の儀を終え、戦からも帰還した。僕はもう、子供じゃない」
つながれた手の大きさは、知らぬ間に、記憶と重ならないものになっている。
「知っているよ。僕が見つめるように、君もまた、同じだということを」
(――だからこそ、私では、いけないのですよ?)
惹かれる心は、身の程をわきまえない庶民にあってはならないもの。
なのに……ただ惹かれた心は、立場や歳の差などわきまえず、甘い一時に酔わされる。
「だから君がいい」




