君にこんな顔、させたくないのに (恋愛)
種別:即興
お題:高い妻
制限時間:15分+α(追記・修正あり)
「だから、血を吸わせればよかったのさ」
「散々やったじゃないか。貧血になるだけで、体質が合わないって」
わかってるさ、と、彼女はいつものように悪態をつく。
出会った頃からその不敵なまなざしは、まるで変わっていない。
「心配だね。君がまた、布きれ一枚で街をさまようようになるんじゃないかって」
診察帰りに出会った、ほぼ全裸の女。
衰弱しながらも、その研ぎ澄まされた眼だけは、まるで怯んでなかったな。
「お前と出会った、最初の一回きりだろう。あの時は、下賤な輩がしつこくてな」
「……そしてすぐに人の首元にかみつくなんて、通報ものだったよ」
ぐっ、と顔を歪める彼女にも、想うところはあるのだろう。
――今でもその時の傷は、暖かく、うずく時がある。
「しかたないだろう。あんなに、波長のあう血は初めてだったのだから」
「じゃあ、血のおかげで僕は見初められたんだなぁ」
ははは、と、ベッドに横たわりながら笑う。
「……違う」
「……わかってるさ」
いつもどおりに軽く答えたのが、どうにも、彼女は気に入らないようだ。
「そうやってお前は、いつも笑う。血の臭いのなかも、餓えのなかも、灼熱のなかも。……私の横で、いつも笑っていた」
確かに。
彼女と出会ってから、医師の知識を用いて、夜を徘徊する魔物達の治療もずいぶんやった。
そんな危険な日々でも、いつも笑顔を浮かべていた理由は。
「君がいつも、しかめっつらばかりしているからさ」
そう言って、僕は笑顔を作る。
胸のつかえが気になるが、楽しいことには笑うべきだ。
人生は一度きりで、しかも、有限だ。
なにより、彼女が夜に来てくれるのなら、そうしたいと願うから。
「少し、痩せたんじゃないか」
黙ってこちらを睨みつけてくる彼女に、そう呟く。
青白い顔は生来のものだが、食事が足りない傾向だとわかる。
「元気にならなければ、痩せるに決まっているだろう」
不機嫌そうにそう答える彼女。
元気にならなければ、が指すのは、彼女のことじゃない。
……一日中寝てばかりで、食事も進まない、へこたれている僕のことだろう。
「僕の回復まかせかい。君達のためのライフラインは、もう、作ってあるだろう」
医師として、若き頃より奮闘し、彼女達の居場所を作ってきた。
おおやけには公開できないが、今後も夜の世界であれば、平穏に生きていける程度には。
人造人間、魔女、ワーウルフ。
彼女も、その一種だ。
「――ただ生きて、さまようだけなんて、意味がないだろう」
だが、彼女は唇をかみ、僕を刺すような視線でにらみつけてくる。
まるで、瞳の杭を打ち込むように。
……あぁ。
腕が動くのなら、抱きしめて、一緒の熱を交わすのに。
「――誇り高い妻の、こんな顔。確かに、他人には見せられないよな」
「……うぬぼれるなよ、人間が」
歯ぎしりでこぼれる血は、自分で吸うためじゃなく。
眼から輝く涙の粒は、まるで、泡のように透明で。
紅く艶やかな指先が、その胸を抱いて、心中を吐露する。
「残酷な杭を、心に打ち込みやがって」
――年老いた僕は、後、何度。
彼女に、言葉を投げかけてあげられるのだろうか。




