双子山【中編】
そう、そのまま動いてくれればいいの。
私は、咲かせたいだけだから。
従者って、私が言えば動いてくれるもんね。
この山、険しすぎるでしょ…不死の山より登りにくいわ…。
霊力を使ったら弾かれる結界なので、霊力を利用した飛翔は不可能。よって私はずっと歩かなければいけない破目になった。
今何合目…?え、まだ5……はぁ…。もう一刻も歩いているのにまだ5合目ってデカすぎるでしょ…。
私が山を登れば登るほど濃くなる妖気。霊力を扱う者としては少し肌寒く感じる。なんというのだろうか。これが「悪寒」というものだろうか。
そう思った刹那、私の耳が何者かが駆けていく音を捉えた。私は警戒心を露わにし、音の後を追って走っていく。草木をかき分け、荒い山肌を駆けていく黒い影。流石妖。人間を遥かに上回る身体能力だ。だが私は端くれとはいえど「神」だ。人間とは一緒にしないで頂きたい。さぁ、正体を露わにしてもらおうか…雑魚妖怪さんよぉ!!
「展開:睡蓮ノ誓イ」
辺り一面に咲き誇る睡蓮。美しい花を咲かせた瞬間、弾けて数多の刃となる。刃は妖の姿を捉えると、迷いなく追尾していく。「ちっ…」と妖が舌打ちをする。それと同時にほんの少しだけ妖気が緩んだ。その隙を私は逃さない。一目散に山を駆け上り、妖の頭を掴む。
「お前、何者だ。邪鬼よりも強いのは分かったが。」
「……ッ…貴様に教える筋合いなどない…!!」
私が何度問い詰めても一向に自分のことをしゃべらない妖。しかし、妖が何も喋らなくても、私は正体を見破ることができた。私の推測が間違っていなければ、此奴は「妖」ではなく「式」だ。それも、この山の支配者の、だ。
式の姿は金色の髪と耳、腰から生えている三つの尻尾、縦に長い瞳孔に赤色の瞳。恐らく、『天狐』と呼ばれる妖の式神であろう。
「お前、式だろう。その姿からして天狐の主を持つだろう。」
「……ッ…なんで…知って…」
「お前、式と普通の妖が使う妖力の違い分かってないだろ。だから妖力の波動の違いを感じ取れる奴には正体を見破られてしまうんだよ。」
「………。」
普通の妖と、式と呼ばれる小間使いが使う力は、大きく分ければ『妖力』だ。しかし、式が使う妖力は、普通の妖が使う妖力とは違い、わずかにだが、『不純物』が混じっている。この『不純物』というものは、霊力であったり、魔力であったり、神力であったりする。その場合、探知を使うと過敏に反応する為、式だということが分かるのだ。
俯く式。余程自尊心が削られていたとみられる。だが、そんなこと、今は関係ない。私はこの式を倒して山の頂上にいる天狐の尻尾を調達しなければならない。悪いが、さっさと片付けさせてもらう。
「悪いけど、私に慈悲の心は無いのでね。少しの間、式を壊させていただくよ。」
そう式に言い、渾身の霊撃波を喰らわせた…はずだった。
「………消えた…?」
私の独り言と同時に、山頂付近から聞こえる狐の鳴き声。どうやら、私の予想は当たりだったようだ。逃がしてはいけない。その使命感が、私を突き動かした。
寒い。恐ろしく寒い。体の芯まで凍り付いてしまいそうだ。私の本体は刀なので、少女の姿になっても、暑さや寒さは感じにくい。山の上の寒さも、例外ではない。だが、何故寒いのだろうか。答えは一つだ。山頂に漂う莫大な妖気が、私の霊力とは相性が良くないからだ。力というのは、相性が良くなければないほど、肌寒く感じる。
チリン、と鈴の音がする。溶けて消えてしまいそうなくらい、儚い音。だが、鈴の音と同時に私の背中を這う悪寒。勢いよく振り返ると、そこには金の毛並みをした狐が宙に浮いていた。ただの狐であれば驚きはしなかっただろう。だが、狐の尻尾は九つ。天狐の中で最も強いとされる狐。そう、あの狐は
『九尾狐』だ。
咄嗟に刀を構える。だが、九尾は微動だにしない。隙を突かれたらお終いだ。私は目で九尾を威嚇する。九尾は私を気にもせず、くるりと一回転し、人型になった。
私は、息をすることも出来ず、九尾の姿を見た。
忘れもしない、『現世』に居た頃の、私の天敵。私の大切な『ナニカ』を奪い去った人物。
「あらあら…我に見とれて声も出せぬというのか…日本刀サンや。」
紅月の吸血令嬢、『ステラ・ヴィルクレッド』。
またの名を、『現世』旧櫻音の永遠の従者、『櫻音陽葵』




