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これが俺らの再スタートライン

作者: 紅真

中学卒業して同じ高校に入学した。主人公マサルと友人のタケルの最初の夏の出来事である。

 白く輝く太陽が、一番長く頭上を照らす季節。


 蝉の合唱が教室を音楽室に変えている中で、タケルは窓から陸上部のリレー練習を見ていた。

 俺は先生に頼まれたプリント整理していた。


「すまん、タケル待たせちゃってな」

「本当だよ。早く終わらせてくれないかな。蝉の声で耳がおかしくなりそうだ。」


 皮肉を言うが、いつも先には帰らず待ってくれる。こういう優しさがタケルの良いところだ。

 けれど、これ以上待たせると流石に怒られそう。俺は、プリントを整理する手を速めた。


 机にプリントを立たせながら角を揃えた。その音に気づいたのか、タケルが窓からこちらに近づいてきた。


「マサル、終わったか? 早く帰ろうぜ」

「ああ、今終わったよ。先に昇降口に行っといてくれ」


 俺は、職員室へ先生にプリントを渡してからタケルのあとを追った。


 金属バットの響く音や、選手達の部活を盛り上げる声、グランドを走る音。昇降口を出ると教室よりリアルに聞こえる。どうやら、タケルはまた陸上部の練習を見ている様子だ。


「タケル、何回も言ってるけど……お前は部活をやれるんだぞ」

「マサル、俺も何回も言ってるけど、部活をやる気はねぇよ」


 俺とタケルは中学の頃、二人とも陸上部に所属していた。俺たちは友達であり、ライバルだった。

 タケルの横にはいつも俺が、俺の横にはいつもタケルがいた。タケルが下校時刻ギリギリまで練習をするなら、俺も一緒に練習した。俺が朝練に早く行けば、そこにはタケルいた。


 切磋琢磨して二人で高め合い、二人合わせてタケマサと他校にも知られるほどだった。そんな仲だからこそわかってしまう。コイツは走りたくてウズウズしていることに。


 しかし、俺たちは今陸上部に所属していない。


 俺は、中学の最後の試合で無理をして足を痛め、全力で走ることができなくなった。だから俺は陸上部には入れない。けれど、タケルはまだ走れるのだ。タケル本人は


「マサルがいない陸上部だと、なんだかやる気が出ない。お前と走らなくなってからタイムも悪くなるばかり、きっとあれが俺たちの限界だったんだよ」


 と言ってはいたが、タケルの陸上部を見る姿が目に入る度に、俺はまたフィールドに戻ってほしいと思ってしまうのだ。



 この辺りは田舎というと言い過ぎになってしまうが、木造の家や寺など多い。少し行けば林のような密林地帯が広がっている。


 だが、かなり暑い。これが今日習ったフェーン現象というやつか……。さらに太陽の熱とアスファルトの熱の二重攻撃。正午は既に回っているのに、なんて暑さなんだ。俺もタケルも、帰路の足取りが重くなる。


 家々に挟まれた路地でつい口に出してしまうのだった。


「暑っぢー。汗止まんねー」

「そんなこと言ってたら、監督に怒られるぞ」


 タケルは眉間にシワをよせ、指で目を細くさせてから、


「おい、マサル。部活中に弱気なこと言っとるんじゃないわ。昔は水すら自由に飲ませてくれんかったんだからの」


 と、監督の真似をして見せた。


「……全然似てねーよ。本物はもっと迫力があった」

「流石にあの貫禄は真似しきれないわ」

「確かにな」


 二人で微かに笑い合った。こう笑い合えるのも、厳しい練習も良き思い出として昇華したに違いない。そう、俺たちにとってはもう思い出なのだ。



 そのままダラダラ喋りながら、ダラダラ歩いた。途中で、いつも駄菓子屋さんに寄り道することにした。


 周りの建物よりも一段と年季の入った木造建築で、ドアはスライド式のガラス張りで、外から中の様子を見渡せる。ふくよかでパーマのおばあちゃん一人で経営していて、部活の帰りに、ここのスペシャルバニラを食べるのがいつものお約束だった。


「タケ君、マサ君、久しぶりやね。高校生になって男前になったわね」


 急に誉められて、髪の毛を触りながらタケルはニヤける。


「ばぁちゃん、いつも二つで」

「はい、ありがとね」


 おばあちゃんは準備をしに、奥に消えていった。


 その間、店内を探索する。狭い店内を有効利用するために、上から下まで駄菓子で多い尽くされ、数多くの種類が陳列されている。

 初めて来た人は、どこに何があるのか迷子になるが、俺たちはもう熟知している。


 これよく食べたな、と十円ガムを拾い上げた。数ヶ月来ないだけで、何かこみ上げてくるような懐かしさを感じる。俺はこのガムを買うことにした。もちろんタケルの分も。


「お待ちどうさま。スペシャルバニラね」


 カウンターの前で、おばあちゃんが俺たちを呼んだ。


「ありがとう。おばあちゃん」


 俺がアイスを受けとる前に、タケルが俺にちょっと待てと、手で前を塞いだ。


「確か、今日奢るのはマサルだよな?」

「……覚えてたか……」


 よくここには、記録を計測した帰りに寄っていた。


 そんなある日、財布を忘れたタケルが記録が俺より良かったという理由で、アイスを奢ってくれとお願いしてきた。

 自分だけ食べるのもなんか気まずい、その日は奢ってやった。それからというもの、負けた方が奢るというルールができ、最後の計測は俺の負けだった。


 数ヶ月も前なのに、ちゃんと覚えていたとは……。


 渋々財布から二人分のアイスとガムの代金を払おばあちゃんに手渡した。このガムは、タケルにあげるのは止めよう。俺は、軽く頷いた。


 代金を渡すと同時に、タケルはアイスクリームスタンドの上に差し置かれてるアイスを、俺の分まで持って駄菓子屋の外に出た。


「俺の分まで持っていくなよ」

「心配すんなって、食いやしないさ」

「そういう問題じゃねー」

「じゃあ、どういう問題なんだよ」


 俺たちの言い合いを聞いていたおばあちゃんが、小さく声だして笑う。


「二人とも変わらんねー、変わったのは外見だけかい?」

「本当にタケルの奴がすみません」

「そういえば、今日は来るのが早いわね。部活はお休み?」

「それは……」


 部活はやっていない。ただ事実を言えば良いだけなのに、なぜか俺は言葉が喉に詰まった。


 その時、横から俺にぶつかりながらタケルが話に割り込んだ。


「他の子達は部活やってるよ。俺たち二人は休息中なんだよね」

「それって、ただのサボりじゃねーかよ」


 正確に言えばこれはサボりではない。しっかり帰宅部として活動している。だが、自分の口で言うと恥ずかしくもあり罪悪感もあった。


「あらあら、部活サボってきたのね」


 他の人から直接言われると、さらに胸が痛むよ…。横目でタケルを見るとなぜか笑ってる。俺は、心の奥が少しイラッとした。


「でも、休むことも大事よね。人間、全力で走り続けることはできないもの。それは、私より二人の方がよく知ってると思う。休むことも練習だってことをしっかり学びんさい」


「流石ばぁちゃん、わかってる。ほら休息しに行くぞマサル」


 タケルはアイスを持っている右手を、おばあちゃんに突き向けながら言った。そしてそのまま右手を俺に向け、アイスを手渡した。


「また来てちょうだいね」

「おう。また来る」


 タケルと俺は、おばあちゃんにあいさつをして駄菓子屋の外に出た。


 太陽が先ほどより沈んだせいか、それともアイスを食べているせいなのか、最初のような嫌な暑さは今は感じない。だが、どこから吹き付ける生ぬるい風と、蝉の生きざまは良く感じる。


 駄菓子屋を出て右に生き、行き当たりのT字路を左に曲がった坂を歩いていた。坂といっても普通の坂じゃない。角度十三度もある急な坂だ。


「いやー。いつ来てもこの坂は辛いな」


 既にアイスを食べ終わったタケルは、ぶつぶつ文句を言っていた。タケルの家はさっきのT字路を右に行った所にある。

 左に曲がったということは、俺の家に来るらしい。俺の家はこの坂の上にあるのだ。


「辛いけど、俺は慣れたな」

「なるほど。マサルの足が早いのは、この坂のおかげだったんだな」

「毎日登れば、足が鍛えられても不思議ではないかもね」

「こうやって一人で内緒に鍛えてたのか……卑怯ものめ」

「卑怯って!! 別に内緒にしようともしてないし、帰り道なだけだし」


 タケルは一歩一歩踏みしめながら、足元を見つめ歩いている様だった。それは、練習中に見せるどこか遠くを見つめる目。続けて俺は言い返そうとしたが、途中で言葉をつぐんだ。



 額にできた汗が頬を勢いよく流れ、そして落ちる。スポーツした時とは違う嫌な汗だ。


 坂を登り切る前に、俺はタケルに質問した。


「タケル。なんでおばあちゃんに休息中って言ったんだ?」

「ん? 違うのか?」

「違うも何も、俺たち部活やってないぜ」

「そうだな。今はやってないな」

「だから、休息中だとなんかおかしくないか」

「おかしくないだろ、部活をやってきて今はやってない。これは休息だろ」

「ふん……その考え方お前らしいよ」


 なんだか違うような気がするが、別にいいか。俺は、そのまま言葉を濁した。


「そんなことより、早くマサルの家に入ろうぜ。暑くて耐えられん」

「ああ。わかった」


 残りの坂を、素早く登り俺たちは我が家に入った。


 入ってそうそう、俺はタケルを自分の部屋に招き入れ、クーラーと扇風機をオンにした。もちろんフルパワーで。


「ふぅー、生き返るわ。クーラー最高」


 タケルはそう言うと、シャツのボタンを全開にした。


「飲み物持ってくるわ。待っといて」

「悪いな、マサル」


 俺は飲み物を取りにキッチンに向かった。汗もかいたし、ここは水じゃなくてスポーツドリンクの方がいいか。


 棚にストックされているスポーツドリンクから、自分の好きなものを二本取りだし、自分の部屋に戻った。


 部屋に戻ると、タケルは勝手押し入れを開けていて、ゲームのカセットを漁っていた。


「昆虫ハンターじゃん。マサルこんなの持ってたのか、やろうぜ」

「別にいいけど」


 昆虫ハンターとは、科学物質の影響により巨大化した昆虫を様々な武器を使って、殲滅していくゲームだ。倒した昆虫の素材を使って、自らを強化していく、やりこみ要素のある内容だ。


 もちろん、部活ばっかりやってきた俺たちは当然やりこんでおらず、結果はボロボロである。


「タケル行き過ぎだって、戻れよ」

「ヤバい、殺られる」

「だから、戻れって言ってるだろが」


 巨大カマキリの鎌で殺られる直前に、俺は回復弾をタケルに打ち込む。攻撃を受けるものの耐え抜いた。


「回復弾はもうないから、タケルは遠くから援護。後は俺に任せろ」

「チッ、わかったよ」


 タケルは低く唸るような声ような音を出す。なんだか、不機嫌そうだ。


 俺はタケルにカッコつけるも、すぐに殺られ二人ともカマキリの餌食となった。


「タケル、このゲームは止めよう。俺たちには難し過ぎる。オリンピックのゲームがあるからそっちをやろうぜ」

「……そうだな」


 オリンピックのゲームは、リモコンを身体全体で大きく扱い、オリンピックで行われた競技を楽しむ内容だ。


 リモコンを振ったり、静止させたり、簡単操作で遊べるため、俺たちでも大いに楽しめた。


「男には負けられない戦いがある。マサルよ、俺は負けんぜ」

「このゲーム歴三年の俺には勝てんよ。タケル」


 合図と共に、俺たちはリモコンを勢いよく回す。雄叫びをあげながら。そしてタイミングよくボタンを押す。リモコンと連動して、画面ではハンマーが回りだす。そしてハンマーは宙を押し上げながら飛んだ。記録は俺が八十㍍、タケルが七十七㍍で俺の勝ちだった。


「はぁ……はぁ……これで次はお前の奢りな」

「……しょうがないな」


 この勝利で、次の無料アイスの権限を勝ち取った。


「次だ。早く次の競技をやろう」


 そうして、タケルが選んだ競技はリレーだった。


 次はリレーか……。熱くなっていた心が、瞬時に冷める感覚に襲われる。中学最後の大会で走ったのがリレーだった。


 リレーではタケルと同じチームになるので、勝負形式にはならない。だが、タケルを見るとやる気満々なのである。順番はタケル、次に俺がアンカーいうことになった。


 順番まで、あの時と同じか。俺がやっぱり止めようという前に、スタートの合図が鳴った。


 最初の二人はCPU。勝手に走ってくれるがとてつもなく遅い、あっという間に他のレーンと差ができる。そしてタケルにバトンが渡り、タケルはその場で走る真似をした。


 特殊なセンサーとリモコンにより、その場で走ることで選手を動かす仕様だ。タケルは全力で足を動かす。しかし次の瞬間、選手は転んでしまった。

 早く動かし過ぎると、選手は転んでしまうのだ。せっかく抜いた他の選手たちに、抜かし返さる。タケルは急いで選手を立たせ、走りを再開する。


 最悪だ。どんどんあの時の状況と同じになっていく。タケルからのバトン。予想だもしない順位。先を行く多くの選手たち。脳内でフラッシュバックのように、記憶が呼び起こされる。


 これはゲームだ、しかも短距離だ。こう自分に言い聞かせてバトンを受けとる。


「すまん。ミスった」


 タケルのセリフまで同じか。俺も、あの時と同じセリフを吐いた。


「よくやった。後は俺に任せろ」


 俺は最高の走りをしたが、ゲームではあまり意味がなかった。どんなに頑張っても、ゲームには速さの上限があるのだ。


 結果は六チーム中四位。順位まで同じとは……。


 本気で走っていないのに、痛めた足に違和感を感じる。


「うわー、四位か。すまん俺が転けちまったからだ」

「ああ、そうだな。また四位だな。しょうがないさ、俺が転けること教えてなかったしな」


 さっきまで冗談ぽく、笑い声ながら謝っていたが、俺の顔を見るなり真剣な表情で謝ってきた。ダメだダメだ、どうやら顔に感情が出てるらしい。


「次の競技やろうぜ」


 と笑って返し、雰囲気を直そうとするも、母からドタバタうるさい叱られた。負けた試合の後のような重く切り詰めた空気が、部屋を満たしいく。


「今日はもう帰るわ」


 タケルが帰る支度を始めた。


「こんなに引き留めちゃって悪いな」

「俺がゲームしようって言ったんだ。気にしてない」


 こうタケルは言うと、荷物を持って玄関に向かう。


「じゃあな。また明日な」

「おう。また明日」


 玄関まで見送って挨拶を交わしたら、タケルは沈みかけの夕日に向かって、走って坂を下っていった。坂に映るタケルの影を、見えなくなるまで追いかけた。そして、玄関のドアを優しく閉めた。



 ギラギラに照れつける太陽は、窓ガラスを越して俺たちに光を押し付けてくる。依然として、蝉は鳴き散らかしタケルは窓際から外を眺めている。


 俺とタケルはクラスが違う。だから、会うときはいつも放課後と決まっていた。


「マサル、早く帰ろうぜ」

「先生に頼まれたプリントの整理が終わったらな」


 この夏が終わったら、体育祭と文化祭がある。


 そのため、クラスでやる企画をまとめたり、その予算をまとめたりと、夏の初めから多忙になる。俺が連日プリントの整理をしているのはこれが理由だ。


「やっぱり教室にいた。マサル君にお願いがあるんだけど」


 教室に俺を見つけるなり、すぐに声をかけてきたのは委員長ちゃんだった。


「どうしたの? 委員長ちゃん」


「あのね。今日、文化祭で何をやりたいのか、皆に書いてもらったじゃない。あれを帰りまでに集計して、生徒会に出さないといけないないの。でも、私部活があって……マサル君にお願いできないかなって?」


「いいよ。俺に任せといて。帰りまでに出せばいいんだね?」

「うん、ありがとう。それじゃあ宜しくね。本当にありがとう」

「いいえ。部活頑張ってね」


 委員長ちゃんは要件を済ませると、走っていってしまった。委員長ちゃんが消えたと同時に、タケルが俺の前の席に腰を掛けた。


「マサル、なんでもかんでも自分で引き受けて、自分でやり遂げようとするの、お前のダメな癖だぞ」


 俺の目をにらみつけながら、タケルは俺に言った。


「帰るのが遅くなるからって、そんなに怒るなよ」

「そんなことで、怒ってんじゃねーよ」

「じゃあなんだってんだよ」


 暑さのせいか、蝉がうるさいせいか、俺も虫の居所が悪かった。


「他人のために自分を犠牲することに怒ってんの」

「別に俺が犠牲になっても、お前には関係ないだろ」


「関係あるだろう。そのお前の優しさに甘えて、お前の足を故障させたのは……俺なんだから」



 中学生、陸上部最後の大会。俺たちはこの地区の優勝候補だった。


 俺は、練習のし過ぎで右膝を痛めていたが、皆がいつも通り力を発揮すれば優勝は間違いなかった。しかし一番手、二番手と、思うような結果は出なかった。


 それを見ていた三番手タケルは、いつもよりペースを上げて走ってしまった。最初の方は快調に走れていたという。だが、後半徐々に後退していき気づけば七位だった。


「すまん。ミスった」


 タケルは泣きそうな表情だった。それをぐっと堪えて拳を握りしめ、その涙を汗に換えていた。俺には、タケルの気持ち痛い程わかった。


 優勝しなければならないプレッシャー。俺もお前立場なら、同じことをしでかしたと思った。だから、俺はタケルに言ってやったんだ。


「よくやった。後は俺に任せろ」

「任せたぞ。マサル」

「おう」


 あの後の俺は、無我夢中に走った。皆思いを、タケルの思いを、一番最初にゴールテープに届けるために。


 それに相反して、俺の右膝は悲鳴をあげた。あの時程、自分の足を恨んだことはない。結果は第四位、三位にも届かない残念な結果となった。そして俺は右膝を故障した。オーバーユースによるものだった。



「あの時俺は、自分の失敗が恥ずかしかった。情けなかった。でも、お前に任せればもしかしたら、なんとかなるじゃないかって思ったんだ。お前が右膝を痛めてるって知ってるいのに、それなのに、お前に責任を託したんだ」


 タケルはもう、俺と目を合わせていない。それどころか顔さえこっち向けず、足元のある一点を凝視していた。


 俺はタケルがこんな思いで今まで一緒にいたなんて、知らなかった。知ろうとしなかった。


「じゃあやっぱりお前には関係ねぇわ」

「は? だから俺は……」

「勝ちたかったんだ」

「…………」


「お前に任されようが、託されようが関係なしに、俺はきっと全力で優勝を目指して走った。もちろん。皆のために、お前のために全力を出そうと思った。けど、タケル、俺は自分のために、ただ勝ちたかったんだ」

俺は窓から外の部活の練習に目をやる。見てはいない。目線をどこかに固定したかった。


「どうしても、勝ちたかったんだ」

自然と拳に力が入る


「……そうなのか」

「そうだよ」


 タケルはもう一度俺と目を合わせた。眉間にシワを寄せ、泣きそうなのか、怒っているのかわかんねーや。


 胸奥がじんじんする。いったい俺の顔はタケル見えているのか……。


「さらにいうと、他人のためにプリントを整理してるじゃない。陸上の代わりに何かやってないと、なぜか不安になるんだ。だからこれも自分のため」


 俺がこう話すと、タケルは黙りこんだ。うるさい蝉の声と、懐かしいピストル音が教室をこだまする。


 ちょうど今、外では陸上部が記録を計測しているのだろうか。


「マサル、一つ質問いいか?」

「なんだ?」

「お前はもう走らないのか? 陸上のことは忘れて生きていくのか?」


「最初はそうしようとしたよ。でも、無理だった。帰る際に聞こえる部活音、応援してくれた人たちのエール、いつも練習していた坂、至るところに今まで頑張ってきた思い出が散らばってる。この町にいる限り、俺は陸上を止められない」


 それに、先頭で走っているときに当たる風が、凄く気持ちいいのだが、これは言わないでおこう。


「右膝の状態が良くなったら再開するつもりだ。でも、お前は俺を待たなくてもいいんだ。今すぐ陸上に戻ればいい」


「いや、お前を待つ。俺はもうお前だけに責を負わせない。これはお前のためじゃない、俺のために、お前を待つ。お前の話しをきいてそう決めた。それに俺らは二人でタケマサだろ」


「そうだな、俺らはタケマサだもんな」


 タケルは皮肉を言うが、いつも俺のこと待っていてくれる。でも、俺の後ろにいるわけでもない。いつも、俺の隣で俺のライバルでいてくれるのだ。


「お前やっぱり、あの坂で練習してたんじゃねか」

「してないとは、言ってないし」


 俺はプリント整理のを再開した。今度はタケルに頼んで、二人で一緒に。

 その時また、ピストルの弾ける音が教室に響きわたった。ここが俺たちの再スタートラインだ。



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