第97話 本人不在のバースデーパーテー
カインを元のサイズに戻しました。13歳はやっぱり13歳の肉体で書きたい。実際の歳は90歳だけどね
アミシとレネネは、女神ベリロスの力で帰国した。女神ベリロスもいずれ、砂漠へ帰る日がくるかもしれない。
今日は、国をあげての祭りの日。
クラウス王子の生誕祭だ。
本人不在のバースデーパーティーなんて、アイドルのファンがするものだと思っていたが、どこの世界にもあるらしい。
ラウネルの村でも、中心の大広間では松明がたかれ、村人たちが肉を焼いて騒いでいる。トレニアたちは庭で塊肉を焼いていた。
「ツリーを用意しないとね」
斧を担ぎ、リリーは「アキラ、着いてらっしゃい」と森に向かって歩き出した。ロープを渡される。
5メートルほどの木を選び、たくましく斧で木を切るリリー。
「うぉりぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
振り上げた斧が、斜めに幹に刺さる。気合を入れたのはその一回で、あとはカツンカツンと、斜めに斧を当てて行く。
「アキラもやってみる?」
「はい!」
同じ場所に当てるように指示され、力いっぱい斧を振り上げる。
半分ほど幹がえぐれたところで、リリーと交代した。
今度は逆から斧を当てる。ミシミシミシミシと音を立て、幹が斜めになる。リリーは、木の倒れる方向の逆に移動するように走った。
ドーン……、と木が倒れる。リリーはゴーレムを作り出し、木の幹にロープをつないで、引っ張らせた。
「女の子でも木って切れるんですね」
「田舎だからね。なんでも自分でやるようになるのよ」
村に木を持ち帰り、自宅の庭に立てる。周囲をキャンドルで飾り付けると、クリスマスみたいだ。
トレニアが庭で焼いていた塊肉を持ってきた。切り分けると、鮮やかな赤色のローストビーフだ。
「アキラ、芋の皮をむいて。スープ作りましょ」
野菜スープと、肉の付け合せを用意する。シャーロットが市場からアヒルの丸焼きを買ってきた。
「鯉あったぞ」
「この国は鯉食べるのか……」
日本でも食べるけど、僕は食べたことがない。
「油で揚げるの。おいしいわよ」
スープが煮えるまでトレニアとシャーロットが台所を見ていてくれる。パンも焼いてくれるようだ。鯉はトレニアがさばいて、油で揚げ焼きにしている。
その間、リリーは自分の部屋で、クラウスへのプレゼントを縫っている。
本人にいつ会えるかわからないのに。
「あの子を助けたら着せてあげるのよ」
白いロングコートで、首周りにはたくさんの白い羽根があしらわれている。
「彼は、自由になりたいと夢見てた」
「……」
「私が自由にしてあげなくては……」
彼女の一途な愛に胸がしめつけられる。
……重い……。
袖口に刺繍を始めた彼女は「下で待ってなさい」と背を向けた。
彼女の心はクラウスでいっぱいで。
祭りで浮かれる村を横切り、ロッドを振った。ガーネットに変わる。
「……ああ、さみしいったらないわ!」
黒いドレスに、銀色のツインテール。川面に映る私は、今日も可愛い。
「……へえ。本当に魔女なんだな」
後ろから小さな声が聞こえた。
「カイン様」
「どんな魔法が使えるんだ?」
「お見せしましょう。丁度いいわ」
絵を描いて物質化する能力と説明し、10センチ程度の彼を、そのまま描く。
「描かれし者よ、我に従え」
「……うわっ」
カインが元の大きさになった。
「……生きている……?」
目をパチクリとさせ、私を見上げた。
「生き返らせたわけではありません。私が描いた姿を物質化しただけのこと。いずれは」
「いやっ、構わん!! 大したものだ! ……暗い瞳の魔女、なぜもっと誇らない?」
「……」
黒いドレスの、暗い瞳の魔女。
「……リリー様が求めてくれるのは、私の魔力だけ」
「構わんではないか。役に立てば心は変わる」
ツリーを立て、ご馳走を作り、プレゼントの用意まで。
「リリー様の心は彼のものです」
「まあ聞け。私の友も、同じように祝ってくれた。他国の友で、アイファアという」
「お友達……ですか」
「この体は、お前の魔力がつきたらなくなってしまうのだな? それは構わない。私もいずれ天に帰る。そのときには、彼に、きっと会える」
一度死んで、魂だけ水晶玉に閉じこめられていた王子は、いつかくる本当の死を待ち望んでいる。
友達に会いたいからって……。
「そんなに会いたいものですか」
「……」
傷ついた子供の、緑色の瞳が柔らかく揺れた。
「羽つき帽子をくれた。アイフィアは、たった一人の……。友達だった」
カインは羽つき帽子をそっと両手で持ち、羽飾りに触れた。
「誕生日に、羽つき帽子をくれるのは意味がある。相手の、心のままに生きられるように、幸せを、自由を願うもの」
アイフィアとは、一緒にいられなかったのだと、カインは両目を閉じた。
「負けるな」
「カイン様」
「この羽根帽子は友からもらった。宝物だ。ともに過ごすことは叶わなかったが、後悔したことはない。リリーを諦めたくないのだろう?」
「……はい」
「やりたいことをやれ。それがお前の能力をもっと引き出してくれる」
薄々気づいているだろうが、と前置きし、
「私もリリーも、お前を利用しようとしている。だが、お前が、縛られる必要はない」
「カイン様」
「心のままに生きろ」
こんなところにいたのと、リリーが迎えに来た。
「あなたにプレゼントがあるのよ。ドレスを作ったわ」
「……!」
「ガーネット、あなたのドレスよ。アキラの分もあるわ。……って、カイン、あなた、どうしてその身長に? 小人みたいだったのに」
「ガーネットに描いてもらった。この姿は魔法で作った仮のものだ」
「ふーん……。でも、いいじゃない。帰りましょう」
王様には、小屋みたいな家かもしれないけどと笑いつつ、玄関を開ける。
「アキラ、あなたの分よ」
男性用のひざ丈ほどの皮製のズボンだ。
「レーダーホーゼンっていうのよ」
鹿皮で作られているらしい。太めのサンペンダーに刺繍が施されている。上はロングジャケットで、白いシャツもセットだ。
ロングジャケットは、クラウスのものと同じデザイン。
「もうすぐ新年だからね、この国の正装よ。伝統衣装っていうのかな」
「ありがとうございます、リリー様」
リリーが膝をかがめ、帽子を被せた。
「帽子に羽根はないんですか。自由の象徴だとカイン様から聞きました」
「あらあら、私から自由になりたいの?」
「そういうわけじゃ……!」
リリーは二階へ戻り、帽子に羽根を付けて戻ってきた。
「素敵になったわ」
同じデザインの色違い。でも、僕の帽子には、羽根はついていなかった。
相手の、心のままに生きられるように、幸せを、自由を願うものだと、先程知った。彼女は、僕を自由にさせる気はないらしい。
王国の衣装をまとった僕は、彼の代わりにはなりませんか?
……リリーは、心のままに生きている。
負けるものか。




