第94話 拳で語ろう
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「リリー・スワンは私のことを好きらしいのよ」
「はあ?」
「ラウネル城で私を見つけたんですって。スカウトされたわ。断ったけど」
夕食が終わってからまた話しましょう、と一度切り上げる。
全員を呼び、トレニアの家での夕食が始まった。アミシとレネネも一緒だ。
今までの旅の話をして、なごやかに夕食を終え、食器を片付ける。
トレニアに、外で話しましょうと、連れ出された。
「リリー・スワンにはダイアモンドナイトがついてる。黒百合のお姉さんの。私だけでは倒せない」
「やっぱり殺すつもりなのね」
夜の村を歩き回りながら、川べりにたどり着く。枝を拾い集めて、焚き火をする。
「クラウスを取り戻すためよ」
「そのために、他国の子供を……自分の欲望のために魔女にしたっていうの!?」
「そうよ。何が悪いのよ」
「あの子、アキラの目を見ればわかるわ、リリーのこと好きなのよ!? それをよく平気で」
トレニアは察しがよくて困る。そりゃ、村人Aだった私のことを『リリー様』と呼び、主人として扱ってくれるアキラの態度を見て気づかないわけがないのだけど。
「知ってるわ私を好きなことくらい。でもどうしようもないのよ! 私が愛しているのはあの子じゃない、クラウスよ」
「変わっちゃったのねリリー」
「……変わってない、変わってないわ!」
黒百合の女神の力を得ても、未だクラウスを助けられていない。
「シャルルロアでは、もう手詰まりだったのよ。アキラが助けてくれなければ、私は今でもへなちょこリリーのままよ」
いろんな国を周り、協力者は増えた。それでもまだ目的は果たされていない。
「他人を利用するような女になってほしくなかった」
「どう思われても構わない。私は好きな人と結ばれたい。私は少しも変わってないわ」
「……なんでよ。人殺しなんて止めてよ!!」
トレニアの強力な拳が、頬に打ち込まれる。
まさかの拳骨……だと……?
「……やったわね!」
すかさず、トレニアの頬を張り倒す。バチーン! と景気のいい音が響き、トレニアは吹っ飛んだ。
「私がクラウスを助けないで、誰がやるのよ!」
「だからって、よその子を巻き込まなくてってよかったんじゃないのって話よ!!」
「済んだことは今更変えようがないわよッ」
お互いの拳が何度も命中する。
口の中が切れたようだ、血の味がする。
「ひとつ変わったことがあるわ。まわりに助けてと言えるようになったことよ」
「……」
「トレニア。助けて欲しい。私だけではあの子を救えない」
「……どっちのことよ」
「ふたりともよ」
「あのアキラって子がいるじゃない」
「親友はあなただけよトレニア」
次の一撃で終わりだ。
同時に突き出した拳が、お互いの頬にめり込んだ。
「ぐぅっ……!」
「……ぐっ、ふ……!」
草むらの上に寝転ぶ。
降り注ぐ星の光は、子供の頃と何も変わっていない。
「いたたた……。口切った」
「やるじゃないリリー。私に勝てるとでも思った?」
「勝てるわけないじゃない、私はか弱いのよ」
「あざとくなったね。イヤなカンジ」
「でもウソは言ってないわ」
嘘をついたところで、トレニアには通用しない。
そして私がもう戻れないんだと、彼女はさすぐに悟ってくれるだろう。まだ旅の途中。この村にはいられない。
それが、黒百合の女神の友になった私の宿命なのだから。
「私と来てほしい」
「……ふん……」
答えず、トレニアは帰ってしまった。
川べりで寝そべっていると、アキラが迎えに来た。
「リリー様」
「見てたの」
「ええ。ボッコボコじゃないですか」
「ふん、トレニアの方がケンカ強いのよ……いててて」
殴られたところが腫れている。寝っ転がったまま答える。
「帰って冷やしましょう。トレニアさんの顔も腫れてるんじゃないですか」
「シャーロットがちゃんと手当をするわ」
「……トレニアさん、来てくれるでしょうか」
「まっ、来るでしょ」
「あんまり落ち込んでませんね」
「この村は退屈よ。私達はずっと退屈してた」
学校と畑、薪拾い。繰り返しの日々に飽き飽きしていた。
「りんご齧って、野いちごを摘んで、裏の畑の野菜でスープを作る。そのうち気づいたわ、王子様は外に探しに行かなきゃいないんだって」
「……」
「そんな顔しないでよ。大変だけと、私は君との旅を楽しんでいるのよ」
それは本当。君の愛に甘えているけれど。
やるべきことがあるの。
「トレニアは私が困っていれば、必ず助けてくれたわ。少し待ちましょう」
アキラは私の手を取って起こしてくれた。
「冷やして、薬塗りましょうね。美人が台無しです」
親友同士の激突といえば、最後は拳で勝負。




