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第92話 おはよう

トレニアがやっと目を覚まします!!

この機会に1部も読んでいただけると嬉しいです


92


「ありがとうございます」

 僕は黒百合の女神に頭を下げた。

「なにがよ」

「お姉さんに口添えしてくれましたよね」

 なんでもないことよと、彼女は僕の頭を撫でた。

「リリーは、姉様に謝ってくれた。姉様の『うまくいかなかった』を、認めてくれた」

「ベリロスの?」

「しくじりを自分で認めるのは辛いことよ。姉様も同じ。姉様はあの人間たちを愛していたし、本当は仲良くやりたかったはずなのよ。心を閉ざして放り出したのは姉様も同じ」

 責任は姉にもあると笑う。

「そのことにリリーが気づいていないとは思えないからね。それでも、リリーは、姉のために謝ってくれた。姉のことを責めなかったわ。……あいつは、いい奴よ」

「ええ……。僕もそう思います」

「お前も、人間を信じてほしいと言ったわね。姉の気持ちをくんでくれて、ありがとう」


 どこかお人好しの女神たち。

 彼女たちを友と呼ぶリリーは、やっぱりお人好しだ。

 そんな彼女は、今、トレニアのベッドの横に立っている。

「葉一枚分の命、エメラルドは確かに返してもらった。リリー、約束を果たそう」

 狭いトレニアの部屋にはアゼナとリリー、女神ベリロスで、いっぱいになり、僕と黒百合の女神は廊下で待っていた。


「起きなさい」

 額に手をかざして、ポワっ……と緑色の光が輝いて、トレニアの額に吸い込まれた。

 ゆっくりと、トレニアのまぶたが開いていく。

「……あ……?」

「トレニア。おはよう」

「……リリー?」

 

 焦点が合わないトレニアの手を握りしめて、リリーが私よと繰り返す。

「会いたかった、話したかったわ……! このまま死ぬまで寝たきりかと……うっ……」


 号泣するリリーを初めて見た気がするな……。

 状況が掴めないらしいトレニアは、リリーの髪を撫でた。

「……派手になったね? 髪ピンクじゃん」

 寝ていた本人は2年も過ぎている自覚がないだろう。

 泣き止まないリリーの手を握り返し、肩を抱いた。

「うんうん、淋しくさせてごめんねリリー。大好きよ」


 彼女はなにも悪くないのに、淋しくさせてごめんと謝る……。優しい人だ。頭の回転が早いんだろう。

 トレニアは戸口に目を向け、僕と視線がぶつかった。

「はじめまして。リリー様はなにも変わってません、夜中にハンカチに刺繍するような方です」

「なんて? 『リリー様』? あなたは?」

「彼女の店の店員です」

「店、出したの? ……あなた、クラウス……? いや違うわね。年下好きだとは思ってたけど……。いやいいわ、今までリリーの面倒みてくれてありがとう」


 シャーロットが膝を屈めて口づけた。


「おはよう、2年寝てたんだぜ」

「まじかー。腹減った」

「腹減ってるだろ。何を食べたい?」

「そうねえ……。牛乳……」

「お腹に優しいものを持ってくるね」

 と、アゼナは涙を拭いて台所へ去った。

「知らない人がたくさんいる……」

 首をこきっと鳴らしたトレニアは、リリーから腕を離して、額にキスした。

「リリー、ごめん、シャーロットだけにしてくれる」


 積もる話もあるだろう。僕たちは一度家に戻り、アミシとレネネはトレニアの家に泊まることになった。

 暗い夜道をリリーと手を繋いで歩く。ブンブンと、手を振り、彼女はご機嫌だ。

「話したいことがたくさんあるの」

「良かったですね」

「アキラのおかげよ」

 トレニアさんが一緒に来てくれたら、クラウス王子の救出も、きっと捗るだろう。

 僕がしたことは間違ってない……。

 彼女のためになるのだから。

 それなら、どうしてこんなに心が沈むのか。

「ありがとうございます」

 いい方に考えよう。僕だけでは解決できない、しかし、ベリロスの力を持った彼女なら、僕のことを解ってくれるはずだ。

 寂しさをベリロスは知っている。

 家に戻り、井戸で顔を洗う。今日はもう寝ようと、リリーが毛布をかけてくれた。 

 柔らかい腕に包まれて目を閉じる。



 誰か時を止めてよ。





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