表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
93/155

第91話 女神の願い

2020/10/12 タイトルを修正しました。

91


「そうよ」

「リリー様」

 いつの間にか、リリーが僕の隣に立っていた。

「さっきから聞いていたら、本当にアゼナおばさんは……。いや、アミシも。ベリロスが悲しんでいるのがどうしてわからないの」

「……」

「彼女のいうことを聞かなかったんでしょう。魔法の練習もしなかったし、戦争もやめなかった。きっと彼女は何度も助けてくれた、いえ、助けようとしてくれたはずよ。それを、突っぱねた」

 アゼナとアミシは、そうねと俯いた。

「一度は戦争を止めてくれたわ。そして、負けた国を属国にして従わせた。それでまた民は調子づいた。その繰り返しだったの」

「ええ、そうでしょうとも。でも、戦争を止めなかったのはあなたの責任。助けようとした相手を、神を否定した。許してもらおうとするなら、彼女の優しさをつっぱねたことを、傷つけたことを謝るべきなの。誰だって自分を受け入れてくれなかったと思えば、嫌になる。人間関係が壊れる時ってそうじゃない?」


「どうして、国を失って夫を失って、トレニアを失いかけて、それでも自分たちの間違いを謝ろうとしないのよ」


 いつにない激しい口調で二人を問い詰める。焚き火が煌々と彼女の頬を照らした。

「トレニアは、私を否定したことはなかった、いつでも優しかったわ。喧嘩をしたこともあったけど、トレニアは私に謝るチャンスをくれた。ベリロスが彼女を生かしてくれたのも、アミシ、あなたを生かしてくれたのも、自分から謝って欲しかったんだと思うのよ」

 友の人生を否定されないよう、きっと女神は何度も力を貸してくれたはずだ。

 それなのに、彼女たちは、女神を、助けを拒否した。

 リリーが、魔法で水をかけ、灰を足で踏んで火が完全に消えたのを確かめる。

「アゼナおばさん。トレニアしか友達がいなかった私をいつも面倒みてくれた。母親みたいに。私はもう親孝行できないけど、その恩を、返したい。ベリロスとちゃんと向き合って」


 トレニアの家へ戻り、ベリロスを呼び出した。

 リリー、よくやったと、彼女は笑顔だった。

 すみれの鉢植えからテーブルの上に降りる、お人形サイズの女神は、相変わらず体よりも大きい斧を持っていた。

「アミシを連れてきたわ、エメラルドは彼女が持っている。トレニアを目覚めさせてほしいの」

「約束は守ったのだな。少し話がしたい」

 

 15センチ程度の女神は、斧を鉢に立てかけて、片手を振った。

「友よ。会いたかったぞ」

「……ええ、私もよ。ベリロス、会いたかったわ本当に」

 アミシは膝を床について、頭を下げた。

「私のエメラルドを返せ。お前は長く生きすぎた」

 ……まずい。殺される。リリーを見ると、彼女は僕の前に手を出して首を振った。


「アミシ。よくも私の民を奪ってくれたな。彼らにも家族がいた、その悲しみに女王であるお前は思い至らなかった。

私が悲しむとは思わなかったのか」

「ええ。許されることではないわ。あなたに会う勇気もなかった」

 女神ベリロスは、もう一度、右手を振り、今度はアゼナを呼んだ。


「一度は助けてやったトレニアを、二度も失った。私とて友の娘を二度失いかけたのだ。なぜ私の悲しみには思い至らなかった? なぜ魔法を使おうと努力しなかった。

お前たちは自分たちだけよければいいと、態度で示した、友だと言いながらな」

 アミシとアゼナの口元が、動いては閉じ、なかなか言葉が出てこない。


 女神ベリロスは人間に失望し、関わらない道を選んだのだろう。

 また裏切られると、彼女が辛いから。

 リリーは約束を守って、エメラルドを持ってきた。女神がくれたチャンスを、掴み取らなければ。

「女神ベリロス、よろしいですか」

「異国から来た子供よ。私は女達と話している」

「聞いてください。本気を出したら、あなたはエメラルドごと、アミシさんの命を取り上げることができたのでは。それをしなかったのは、

ひとりぼっちだった奴隷娘を哀れんだからでは。リリー様から聞きました。一度、いえ、二度までも、トレニアさんを助けてくれたと。あなたは一度友だと決めたものにはどうしたって優しくしてしまうのではありませんか」

「……」

「母は、愛情を示すのが下手な人でした。いつも寂しがっていた。それでも僕は生んでくれたことを感謝しています。生まれてきたから、リリー様と出会えた。ベリロス、あなたが、トレニアさんを助けてくれたから、僕はリリー様と出会えたんです」

 リリーの過去はいつも断片的で、ところどころしか知ることはできない。それでも、いじめられっこだったリリーと一緒に過ごしたトレニアの優しさを、僕はリリーの話を通して知っている。


「トレニアさんの伸ばした寿命を、元に戻すことはできないと思います。せめて、アミシさんを殺さないでいただけませんか。リリー様はあなたとの約束を守りました」

「なぜ肩入れする」

「リリー様は死にかけた僕を拾ってくれました。命の恩人です。女神ベリロス、あなたは命を大切にしてほしかったんですよね、アミシさんにもアゼナさんにも。過去は変えられません。僕には、アミシさんを殺さないでとお願いすることしかできません」

「……」

「女神ベリロス、あなたにも、もう一度人間を信じてほしいんです」


 その時、レネネが膝をついて両手を組んだ。

「お姉さまは、私を拾って育ててくれました。たくさんの孤児を家族にしてくれました。もしあなたがお姉さまの罪を許さないということであれば、私を代わりに」


 人の姿になったシャーロットが、

「トレニアは、母猫からはぐれて、カラスに食われそうになったオレを助けてくれた。頼む。トレニアの笑顔をもう一度見たい」

 と床に手をつき、助けてくれと繰り返した。


「お前達、もういい」


「女神ベリロス、あなたの力を好きに使った挙げ句、国を滅ぼした私が、そもそも許されるはずがないのだ。

私の愚かさであなたの民を奪った。あなたを傷つけて逃げたこと、過ちを認めなかったことを、どうか許してほしい。私は死んでもいい、代わりに、この者の娘を救ってほしい」 とアミシが頭を下げた。

「ベリロス、私のわがままをいつも聞いてくれたね。それなのに、あなたに頼って、子供を守れなかった。私の命をあげるから、アミシを生かしておいてくれないかい。このひとにも娘がいる。……本当にごめんなさい、あなたを傷つけていたのに、リリーに言われるまで謝ろうともしなかった」

 とアゼナ。

 

 ずっと黙っていたリリーが、前に進み出た。

「トレニアは誰より優しかった、いじめられていた私を助けて友達になってくれた。彼女が強く優しかったのは、ベリロス、あなたの命をいただいていたからだと思うのよ。

アゼナおばさんと、アミシがあなたを傷つけたことは私が謝る。だから、仲直りしてほしいの。友達と仲違いしたままは辛いわ。人間の分際と思うかもしれないけど、あなたが悲しんだことをなかったことにしたくない。私とアキラは、ベリロス、あなたに人間をもう一度信じて欲しい。笑って、欲しい」

「お前……。いや、リリー。私を気遣ってくれるというのか」

「あなたは、親友の母の、友達よ。それなら私達は友達でしょう」


 それぞれの言葉を遮ることなく、黒百合の女神は耳を傾けていたが、突然笑い出した。

「お姉様。もういいじゃない。一度は人間を見限った、それでもリリーは、もう一度信用しろという。他人のために頭を下げて。ここは神の寛大さを見せつけるべき時よ」

「……そうね、妹よ」

 忘れかけていたが、黒百合の女神は、ベリロスの妹だった。あとでお礼を言わなくては。

「リリー。私のことを友と呼んでくれたな。お前と……。アキラ、に免じて、今回だけは許してやろう」

「感謝するわ、ベリロス」

 ベリロスのお人好しで、判定がガバガバなところは、気にしないことにする。


「アミシ。石を取り出すが……。本来の人の時の流れに戻してやろう」

「……どういうこと」

「せいぜい100年程度しか生きられないものだからな。老いは免れないが、せめて、レレネといったか、その娘と仲良く余生を過ごすことだ」


 ベリロスが手にした斧で、アミシの太ももを切り払った。

「ちょっ、いきなり!? 可哀想でしょ!!」

 切り払ったといってもベリロスは15センチ程度の身長で、斧の刃は3センチ程度だ。

切り裂かれた肉の間から、血に塗れたエメラルドが姿を表した。リリーが指を突っ込んで、宝玉を取り出した。アミシは痛みに耐えている。すぐにアゼナが水を汲んできて、傷口を洗った。シャーロットが箪笥からハンカチを取り出し、適当な紐で縛って血止めをした。

「エメラルドは私の手に戻った。約束通り、トレニアを起こしてやろう」



ごちゃごちゃしたシーンになりました。でもここは書きたかったイメージをそのまま書くことに意味があるので、一気に読んで欲しいです

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ