第90話 女王と母と夜の川
「アミシ……と言ったわね。私と少し話さないかい」
「……ええ、いいわ」
まだ話は終わってないとレネネが引き止めたが、アゼナはそっと彼女の手を掴んだ。
「私たちは似たような境遇のようだよ。レネネ、あなたはお菓子を食べて待っていてくれないかい」
アゼナはアミシを外へ連れ出した。
「アキラ」
リリーが外に視線を向けた。頷いて、僕は台所の勝手口から抜け出した。
村の中心部には噴水があったが、あちこちレンガが壊れている。
そこを通り過ぎ、村外れの川まで二人は歩いた。川面に冷たい風が吹いて、木の陰に隠れる。
アゼナは枯れ木を拾い、火を付けた。
「私の娘はね、小さい時に川に落ちて死にかけた」
「……」
「あなたは、砂漠の国の踊り子さんなのね。大きな娘がいるのね、若く見えるのに」
「私は……。女神のエメラルドのおかげで、数百年、生きている。生きてる時は女王だった」
「あらあら、まあまあ……、本当なのね」
「民の反乱で、大河に投げ込まれ、エメラルドのおかげで生き残った。……夫は死んでしまった」
川に投げ込まれた女王は、自暴自棄になって国を滅亡させたのだと話した。
「今まで守ってやってたのに、民は夫と私をワニがいる川に投げ込んだ。腹が立ったから、大河を氾濫させて国を川底に沈めたの。それから女神は力を貸してくれなくなった。当然なんだけど」
「死ねなくなった私は、各地をさすらったけど、結局ふるさとに戻ってきた。孤児を拾って踊りを教えたわ」
「あのレネネって娘は」
「拾った子よ。長いこと生きたけど、子供は出来なかった。大勢殺した罰ね」
ぱきぱきと枯れ木が燃えて灰になっていく。二人で枯れ木や枯れ葉を拾っては火にくべる。
川面に火の影が反射しては流れて行く。時を止めることはできない、アミシは呟いた。
「私の夫は死んでしまった。お前の娘はまだ生きているのだろう。エメラルドと引き換えに起こしてもらえばいい」
「……そんな辛い思いをしたのに、私の娘のために、他人を殺すなんてできない」
森の影の隙間から星空がのぞいている。
元女王と、女神の友達は隣り合って座っていた。
「……私が、ベリロスと初めて会ったときの話を聞いてくれるかい」
出会いは、なんてことない雨の日だった。
旅商人が長雨に困り果てて、教会に世話になっていた。
「エメラルドに見えるが、こんなでかいのはガラスだろう。ネックレスにでもしたらいい」
安く買えた素敵なガラスのパーツ。エメラルドだなんて思わなかった。
使ってないチェーンを通し、汚れた表面を拭くと、突然、
「新しい持ち主よ、願いを叶えてやろう」
と女神が現れた。
「当時、恋人が病気でねえ。薬草の調合を教えてもらったの。たちまち回復してね、そのまま結婚したわ。それでトレニアが生まれた」
女神ベリロスはぶっきらぼうだけど、村人も知らない薬草の使い方、育ちの悪い畑の手入れ、なんでも教えてくれた。
「ベリロスがいればなんでも叶う気がした、誰より優しかった」
「……わかるわ」
「私は、魔法がそんなにうまく使えなかった。子供が生まれた時に、もっと練習をしておけばよかったのに、ベリロスがそばにいてくれるならいいと……何もしなかった。トレニアが死んだ時、友達なんだから助けてと無理を言った。それでも彼女は、助けてくれた」
それなのに私達ときたら。
「女神の力を当然のもののように思ってた。友達なんだから助けてくれて当たり前だと」
アミシに謝らないといけない。
助けてもらう時だけ友達面をして、努力を怠った。
「良い友人である努力をしなかった。友情にあぐらをかいて」
違う、そうじゃない。
「……違うんじゃないですか」
木の陰から僕は思わず飛び出した。
「わかってません、二人とも」
「……アキラ? あなたいつから」
「そんなことはどうでもいいんです、まず謝るべきは、彼女の……信頼を裏切ったこと、ではありません」
アゼナおばさんのずっと書きたかったシーン。
脇役で出したキャラのストーリーって、なかなか書けなくてモニョモニョしますよね




