第89話 案件
「……ほんとかい、リリー」
「ええ。こっちの踊り子のアミシが持ってる。でもね、体の中に埋め込んであるんですって。取り出すには殺すしかないみたい。どうする?」
「……」
「レネネは義理の娘なんですって」
「リリー様、食事時にする話では……」
食後では駄目だったのかなと、僕は話を止めようとしたが彼女は聞かなかった。
「アゼナおばさんに聞いてるのよ。私は、トレニアに目を覚ましてほしい。でも、他人を殺して目覚めさせたって、トレニアは喜ばないと思う。それでもなお、気持ちは変わらない。おばさんはどう」
「……すぐには決められないわ、リリー」
「すぐに決めてもらわないと困るわ。逃げられるかもしれない」
まるっきり殺害予告じゃないですか。
どうにかするとシャーロットに約束したのに、まさかのノープランなのだろうか。
最初から殺すつもりで騙して連れてきたということなら、計画通りとも言えるが……。もしゃもしゃとパンを咀嚼しながら、僕はレネネが怪しい動きをしないか、横目で確認する。
彼女は顔面蒼白になっているが、アミシは落ち着いている。
「そうそう、テル・アルマナのお土産があるのよ。アキラ」
「あっ、はい」
持ち込んだ箱から、テル・アルマナのお菓子や酒を取り出す。
「食べたこと無い味がするわよ」
「ふざけないでッ!」
立ち上がったレネネが、テーブルの上のお菓子を手で払った。
「ふざけてないわ。最後の晩餐にしてやろうと思って」
「連れて帰ればいいって、言ってじゃない。騙したのね」
ナツメヤシのジャムが入ったクッキーを、バリバリとリリーは噛み砕いた。
酒瓶の栓を歯で引き抜いて呷る。
「……私、魔女なの。隣国に恋人の王子様を奪われた可哀想な魔女なの。親友は、古代の女王のエメラルドを持ってこないと死ぬまで眠ったまま。私だって真剣なのよ」
「そっちの都合じゃない、どうして私達が殺されないといけないのよ」
「アミシがもっと早く、ベリロスと会ってエメラルドを返していればこんなことにはならなかった。何百年も生きてたんでしょ、チャンスはあったはずよ」
仮にそうだったとしたら、アゼナとトレニア、女神ベリロスはもっと違う出会い方をしていたかもしれない。
たれらばを語ったらキリがないが、リリーの一方的な主張に、レネネは言い返せず俯いた。
「過去は変えられない、でも、今を変えることはできるわ。レネネ、義理の母親を助ける勇気が、あなたにはあるのかしら? こっちは命を懸けてんだ、あなたはどうする」




