第87話 少年王と踊り子
ニネ王は13歳です。死亡時で15歳。
おねショタを書かずにはいられないッ
すぐ寝るのかと思ったら、リリーは市場で布を買い込んで部屋へ戻った。
「友達の女神に久しぶりに会うのに、踊り子の服ってこともないでしょ」
「そのためにわざわざ? 頼まれてもないのに」
「そうね。死ぬかもしれないのよ。死装束ぐらい作ってあげてもバチは当たらないでしょ」
「……」
アミシからエメラルドを返してもらうということは、そのまま死を意味する。
「みんなが幸せになれる方法はないんでしょうか」
「……うーーーーーん。彼女に生きる意欲がないなら、無理でしょうね」
「生きる意欲……ですか」
「ええ。ニネ王に会わせるのは後にするつもりよ。だって、会ってしまったら、『もう死んでもいいや』ってなっちゃうじゃない」
もう十分に生きたとアミシは言っていた。
エメラルドを女神ベリロスに返すことで、人としての寿命が尽きれば、もう、テル・アルマナの土を踏むことはないだろう。
「……トレニアはね、私の友達なんだけど……。本当は3歳で死んでたの。彼女のお母さんが、女神ベリロスの友達で、無理矢理頼んで、命を分けてもらったの」
「……」
「トレニアだけ、命を引き伸ばしてもらって、友達じゃないアミシは死んでいいなんて、理屈が通らないわよね。何か、どうにかできないかと考えてるんだけどね……」
リリーは、なんとか女神の優しさにすがろうとしている。自分の都合のために、死ぬかも知れないアミシのために、必死で考えている。
「ベリロスはなぜ、放置していたエメラルドを回収しようとしたのかしら。別になくても、困らないのに。黒百合の女神のお姉さんなんだけど、あんまり人間に興味がないみたいだったのに」
「それは……うーん。女神ベリロスは……。彼女もアミシに会いたかったんじゃないでしょうか」
「え?」
「純粋に古い友だちを思い出したからでは? リリー様、あなたがトレニアさんや、元カレの話をするように」
「古い友だち……」
針をドレスから引き抜いたリリーが、財布を投げてよこした。
「この国のお菓子と酒を、ありったけ買ってきて、箱に詰めさせなさい。今すぐに。シャーロットも連れて」
「どうするんです」
「女の話は長いの。トレニアの命がかかってる。女子供が好きそうなものを買うのよ。さあ行きなさい」
リリーに言われた通り、テル・アルマナのお菓子やワイン、各種酒を買い込んで、箱に詰めさせた。
「夜中までご苦労。さあ寝ましょう」
シャワーを浴びて、すぐにベッドに寝かされる。リリーの睡眠の呪文で一瞬で眠りに落ちた。
翌朝、アミシとレネネが訪ねてきた。朝食もそこそこに、「これ着て」とドレスを渡す。
「私のために……?」
「まず、王様に会いましょう。私のいうことを信じてくれるならだけど」
「……信じるわ」
博物館の、小さな展示の前で、黒百合の女神を呼び出す。
ニネ王の像の前で、彼の魂に呼びかける。
光りだした像の前に、少年の王の姿が浮かび上がった。
「……ニネ……様……?」
「アミシ、君なのか……」
膝から崩れ落ちた彼女を前に、少年王はそっと手を彼女の頭に置いた。どれほど会いたかったか、と静かに語りかける彼は、夫としての落ち着きに溢れていた。
「守ってあげられなくて済まなかった」
「私こそ、あなたの国を滅ぼした」
「過ぎたことだ。君は、彼女を助けてあげなくてはならない。女神にエメラルドをお返しする時が来たんだ」
ニネ王は、ゆっくりとリリーに頭を下げた。
「この通りだ。女神に彼女を許してくれるように取りなして欲しい。女神から民を奪ったのだから。我々夫婦の責任だ」
「……ニネ王」
死してなお、妻のために他人に頭を下げるのか。
「女神ハトホルは、国に繁栄をもたらす神であった。信頼を失い、神は国を離れられた。信頼を失ったは我らのせい」
ニネ王は少年らしい素直さに、王らしい穏やかな微笑みを浮かべ、僕たちに何度も頭を下げた。
「どのような経緯であれ、女神に再び会えるならば、謝らなければならない。友情を示さなくては」
「……友情……」
「大丈夫。女神は、ずっと気にかけてくれていたのだから。だからエメラルドを持ってこいと……、リリーを使者として遣わしたのだろう」
うんうんとリリーは頷いた。
「アキラ、昨日の夜、君が言っていたことよ。きっと彼女も会いたいと思ってる」
ずっと泣いていたアミシは立ち上がり、「王よ、あなたの命に従う」と微笑んだ。
「妻よ、いつまでも待っている。ひとりじゃない」
永遠を今度こそ。
光が降り注ぎ、ニネ王は姿を消した。
「さあ、ラウネルへ向かうわよ」




