第85話 ニネ王の記憶
ニネ王は15歳くらいを想定しています
ショタ者なもので……。
85 ニネ王の記憶
ハトホルの住居を訪れる前に、博物館で、アキラはニネ王の像に気づいた。なんとか本人と話したいと黒百合の女神を呼び出した。
「別にいいけど……。古い魂よ、どの程度話せるものかわからないわよ」
「構いません」
黒百合の女神が手をかざすと、ニネ王の像が光だし、目の前に少年が現れた。
像よりもはるかに若い。こんなに若い王だったのか。
「私を呼ぶ者は誰か」
その姿は半透明だが、王の装束をまとい、縞柄の頭巾を被っている。宝石で飾られたプレート状の首飾りのきらめきが、彼が特別な者なのだとひと目でわからせた。
腰布にさえ、金属のプレートや宝石が縫い付けてある。
「私は、女神ベリロスの使い。リリー・ロック」
リリーはうやうやしく頭を下げて挨拶をする。
「何用か」
「失われたエメラルドを持ってこいと女神に言われているの。現在はあなたの妻・アミシが持っている」
「馬鹿な。我らが生きていたのは遠い昔の話」
「まだ生きてる。私は女神ベリロスに石を返さないといけない。でも、彼女から石を取り上げればおそらく死んでしまうでしょう。私とともに、女神ベリロスに合うように説得して欲しい」
「そのようなことを信じられるか」
「連れてくるわよ!」
むっとしたリリーがそう叫んだが、ニネ王は不思議そうな、困ったような顔で曖昧に微笑んだ。
それはそうだろう。眠っていたところに、突然、あんたの妻を連れてくると言われても、信じない方が普通だ。
「……王よ、お伺いしたいことがあります」
ニネ王は答えず、目線だけをこちらに向けた。
「……彼女は、女王というより、奴隷娘のような印象を受けました。あなたの細君は、奴隷出身の踊り子ではありませんでしたか」
「……その通りだ」
「その方と出会った時のことを思い出していただけませんか」
王様というよりに、彼からあまり威圧感は感じない。
素直に首をかしげて、思い出そうとしてくれている。
「出会ったのは、そうだ、神々に捧げる儀式の場だった」
大理石で作られた舞台。夕闇の中で松明が煌々と舞台を照らす。
音もなく現れた、花々を飾った踊り子に目を奪われた。
「……大勢の踊り子の中で、彼女だけが輝いて見えた」
輝く白い恋の始まり。
踊り子の中のひとり、彼女をその場で娶った。
「名前はアミシでしたか?」
「そうだ。美しい女だった、アミシなど、いくらでもいる名だったから、名無しみたいなものだと笑っていた。宮殿を作らせようとしたが、部屋がひとつあればかまわないと……何事にも、気にしない女だった」
本来ならば、他国の姫や高官の娘を妻にするべきだったのだろうが、アミシは召使いのように働き、次第に宮殿のすべてを把握していった。
そんな時だった、隣国が攻めてきたのは。
気づけば、国境を突破され、大河の向こうに敵軍の旗が霞のようにはためいていた。
「追い返すだけでいいですか? 皆殺しにすればよろしいですか?」
砂漠と大河を背に、踊り子の衣装で立つ彼女は、あまりにも戦場に不似合いだった。
「アミシ、何故ここにいる」
「王のお役に立つためです。あなたの希望通りに」
追い返すだけでいいと命じると、彼女は川岸で踊り始めた。敵軍はその美しさに様子を見ていたが、症の一人が号令を出し、一斉に対岸から矢を射掛けられる。
「女神の名において……」
突如沸き起こった風が、矢を対岸に押し返し、砂と矢を巻き込んだ嵐は、対岸を血に染めた。
「……なんと……不思議な力だ……」
「女神の力です。あなただけのために使うのですよ」
恐れをなした敵軍は、川を渡ることもなく退却していった。
一人の兵も死なさず勝利をもたらしたアミシのために、盛大な宴が開かれた。そして女神に仕える者として、女王の位が与えられた。ニネ王は統治者として、アミシは神官として、王家も国民も誰もが二人を祝福した。
しかし、その幸せは長くは続かなかった。
城壁を築き、大河の整備をし、それでも周辺諸国は、女神の力を使うアミシを恐れ、何度も侵略を試みた。あるいは暗殺しようという国も現れた。その度、軍を出し、二度と侵略しないようにと反撃をする。
砂漠の国テル・アルマナは、侵略と反撃を繰り返し、周辺を国々を飲み込み、急速に拡大していった。
領土と流れ込んでくる食料、黄金や宝石。そして武器。
他国の武器と、女神ベリロスの尽きることのない魔力で、連戦連勝だった。
戦い勝てば勝つだけ、それだけ富が流れ込んでくる。
軍部の言うままに民の望むままに、若い王と女王は戦い続けた。
終わりが見えない、繰り返される戦に、先に怒りを爆発させたのは、民だった。
ある日、暴徒と化した民は、宮殿に火を放ち、王と女王の馬に矢を打ち込んだ。無数の矢と、棍棒で殴られて肉塊に変わっていく妻を救い出し走った。大河に追い詰められ、石を投げつけられる。
「生き残れ」
川に投げ込まれた直前に、血と涙に濡れた彼女の顔が、怒りと悲しみに歪んで見えた。
「王よ、私……は……」
手を離して、流れに身を任せる。どの道、ハリネズミのように矢が刺さった体では、どうしようもなかった。
「私が覚えているのは、ここまでだ」
彼女が最後に伝えたかったことは、なんだったのか。
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