第78話 桜の木の下で
セティスとガーネットのある一日。
町を囲む山々が薄紅色の花々で覆われた、よく晴れた朝。
私は式典に参列し、その様子を見届けた。
自分が作った女神像が、新しく造営された神社の御神体として収められた。
(こんなことがあるんだな……)
列をなした民衆が、花と線香を捧げ、祈りを捧げ戻っていく。
私は、その列の中に、アキラもガーネットも、リリーもいないことに気づいていた。
にぎやかな出店の列を抜けて、町から離れた裏山へ登る。
ピンク色の花が、風に乗ってはらはらと待ち落ちてくる。
その先に、見覚えのあるミニスカートを見つけた。銀色のツインテールが風に揺れている。
「ガーネット。式典に来ていなかったね」
「セティス。……呼ばれてたんだけどね。肩こりそうだから、断ったの」
「どうして裏山に? ひとり?」
「アキラの国では、春にお花見をするのよ。この木は桜っていって、お弁当を持ってきたりして、お酒を飲むの。仲のいい人たちとね」
「そうなんだね。今日は、一人? 誘ってくれたら良かったのに」
「勘違いしないでよね。アキラが好きなのはあなたじゃない。早く国に帰った方が身のためよ」
「可愛い顔して冷たいよねガーネット。忠告ありがと」
彼女の心の中の、根っこにあるもの。それはきっとアキラと同じものだ。壁を作って牽制して、傷つかないようにしている。
喉から手が出るほど愛情に飢えているくせに。
「ねえ。アキラを守っているつもりなのかい」
「そうよ。彼は私を創ってくれた。リリーと幸せになるべきなの。邪魔をしないで」
ハッピーエンドだけを望む彼と彼女は痛いほど純粋だ。
「私を求めてきたのは彼の方だよ」
誰かの思いの死体の影にハッピーエンドがあるんだよ。
全員の幸せな結末なんてあり得ない。
ぐっと睨みつけてきた彼女のアメジストの瞳が、怒りの色を浮かべる。
「今朝起きるのがとっても辛かったの。アカネとレッカが幸せになるのはいい。女神カルコスの力を借りるための石も手に入れた。頑張れば頑張るほど、クラウス王子を助けられる確率は上がる。アキラとリリーは、このままでは結ばれない。彼が悲しんでいたから、外に連れ出したの。泣きたい時は私が代わりに泣いてあげる」
「……」
「アキラは、私に今をくれた。だから幸せにしてあげたいの」
淡いピンクの花びらが風に散っていく。
温かい陽の光と、吹き抜ける風が、彼女を少しお喋りにしているのかもしれない。
「でも辛い。見通しが見えない。エメラルドがどこにあるのか、未だに連絡はないし」
もともとネガティブな性格なのか、しんどいとガーネットは繰り返した。
「……君、面白いね」
「面白い!? 人が真面目に話してんのに」
「見通しが見えない? 人生ってそんなにもんだろ、楽しめばいいじゃないか。これから砂漠の国に渡って、宝石を探すんだろう。神々を味方につけて。なかなかできるじゃない」
女王になった姉の元、繁栄と戦を続けるシャルルロアで、姉を救う手立てもわからず、立ち尽くしていた。
「私は、アキラと出会って、希望が持てたんだ。ひょっとしたら、姉を、女神から取り返せるかもってね。ガーネット、君に嫌われてても平気だよ。
だから、君も私を嫌ってていい。強く美しい魔女、君がアキラを守ってくれるなら安心だ。でも忘れないで、アキラを心配しているのは私も同じだ」
「誤解しないでよね、アンタのためじゃない」
「ははっ、それでいい。ねえガーネット、今が一番楽しいよ。アキラと君に出会えた」
「……」
「笑ってよ。暗い顔したってなんにもならない」
狂ったように花びらを広げた桜が、彼女を包み込むようだ。
風になびくツインテールの銀髪がきらきらと輝き、リボンがふわりと浮いた。
「……ふふっ……。あなた、本当、鬱陶しい……」
「別にいいよ。君は笑ってる方が可愛いよ」
風光る季節に、好きな子と花を眺めている。本当はアキラがいいけれど、普通、好きな子が変身した姿と話すなんてことはない。そもそも普通の人は変身できない。
アキラとの出会いは、諦めかけていた毎日に光が差したようだった。君を手に入れたいと願っても、難しいかもしれないけれど、何も諦めたくない、そう思えたのはこの出会いのおかげだ。
またか、彼には伝えよう。この気持ちは押さえきれないから。
「ガーネット、こんなところにいたのね。探したわ」
桜の合間から、黒いワンピースのリリーが舞い降りてきた。
箒で飛べるって便利だなあ。
「リリー様」
「エメラルドの場所がわかった。すぐに発つわよ」
頷くと、ガーネットは、地面に手を付き、ゴーレムを作って飛び乗った。
「セティス、あなたはどうする」
「私はシャルルロアに戻るよ」
君たちに付いて行きたいけれど、そういうわけにもいかないだろう?
「仕事があるからね。リリー、ガーネット、また会える日を楽しみにしている」




