第75話 それぞれの魔法
長いキスの後に「ごめんね、恋するのは初めてだから」とセティスは笑って、僕を抱きしめた。
「アキラ、お願いがあるんだ。僕を、カルコスに連れて行ってくれないか?」
「……なぜ?」
「君のために女神像を作るよ。仕上げをしたいが、現地で話を聴いてイメージを固めたい。なんせ、行ったこともない国の女神像を作るんだからね」
「……会わせてあげてもいいよ。今の僕なら、女神に会える」
「他国の、神に会えるだって?」
「うん。怖い?」
「まさか! 夢のようだよ」
セティスはスーツケースに着替えと、人形作りの道具を詰め込んで、店の扉に鍵を掛けた。
黒百合の女神は、文句も言わずずっと外で待っていてくれた。
「あらアキラ、その子を連れていく気?」
「うん」
「リリーが怒らなきゃいいけどね。まっ、行きましょうか」
一瞬で、僕たちは、シャルルロアから、カルコスの城へ移動した。
「……もう着いたの……かい?」
「うん」
「移動魔法か、本で呼んだことはあったが、実在するなんて」
宿に帰ると、リリーは温泉から戻ったところで、畳の上でぐでんと浴衣からたわわな胸がはみ出しそうな格好でくつろいでいた。
「あら……。アキラ、シャルルロアに戻って、男連れてきたの。誰だっけ」
「リリー・スワンの弟です。セティス」
「……あの時の。リリー・スワンは元気?」
セティスはリリーには答えず、僕の腕を引っ張った。
「さすがに同じお宿に泊まるわけにはいかないよ。私は別のところを探そう」
「それがいいわ。寝首をかかれたらたまったもんじゃないし。アキラ、私が殺されたらどうするつもりだったの」
「夜襲に驚く性格でもないでしょう。じゃあ、セティスを送ってきます」
カルコスの夜は、酒場が少し開いているぐらいで、あまり人々は出歩かない。
別の宿に部屋を取り、温泉に浸かった。
打たせ湯や壺湯など、シャルルロアにはない入浴システムに、セティスは驚いて、おっかなびっくり広い湯船に体を沈めた。
たぬきの口からお湯がでる、たぬき風呂なんてものもある。
「……」
肩から背中にかけて、刀傷のように薄い傷跡が残っている。
「どうしたのアキラ」
「セティス、その傷……」
「ああ、子供の頃に死にかけたんだ。ひどいものだろう」
「よく、死ななかったね」
かなりの長さで、ざっくりと斬られているのがわかる。あきらかに殺すつもりで斬られたに違いない。
「生きてさえいればなんとでもなるさ。ところでアキラ、女神像をどうするつもりなんだい」
「あ、ああ……。社を作って、民が誰でも祈れる場所を作るんだ。女神に民の声が直接届くように。そのために魂のこもった、心のよりどころとなるような、そんな像が必要で。……だから、君に頼んだ」
「光栄だよ、そんな大事なことに、私を思い出してくれて嬉しいな」
社を作って、女神のマラカイトを手に入れて、いざという時のために女神と繋がっておきたい。
僕一人ではダイアモンドナイトを倒す手段がない。そのためにセティスを連れてきたんだ。
風が吹き抜ける露天風呂は、いつまでも浸かっていたいけど、のぼせてもいけない。
「温泉、久しぶりだな。昔、家族で湯治にいったことがある」
「……」
「君たちには敵国の女王かもしれないけど、私にとってはたった一人の姉なんだ。そのことを忘れないで欲しい」
リリーの望みには関係ないことだ。それでも、頷いて露天風呂から出る。
「泊まっていかないの」
「リリーが待ってるから」
明日、迎えに来ると言い残して、宿に戻った。
女神カルコスへの面会は簡単に許された。そもそも、彼女から見れば人間など驚異でもなんでもないから、怖がる必要もないのだろう。珍しく早起きをしたリリーが一緒についてきた。
レッカが、地下神殿の玉座に祈りを捧げると、女神カルコスが現れた。
褐色の肌を、緑色のマラカイトが覆っている、そのあきらかに人とは異なる姿に、セティスは息を飲んだ。
「何用か」
「……私はセティスと申します、女神よ。お会いできて光栄です。私はあなた様の像を作るよう頼まれて参りました。その姿を写す許可をいただきたい」
「別に許可など必要ない、お前たちの好きにするがいい」
「ありがとうございます。民が誰でも祈れる場所を作るのだと聞きました。……誰の祈りでも聞いていだたけるのですか」
「言ってみるがいい。聞いてやらないこともない」
セティスは一歩進み出ると、
「私の両親は殺されました。姉を女王にするために、家族は不要だと、女神の意向で」
その話は初めて聞いた。確かに両親は早く死んだとは言っていたが。リリーとレッカも、驚いたようで目をぱちくりさせている。
「私は姉を女神の手から取り戻したい。問いたい、神よ、ダイアモンドナイトが国を去ったとして、姉は生きていられるものだろうか」
カルコスは微動だにせず
「死ぬことはあるまい、力を貸し与えているだけのこと」
と即答した。
「だが、女王が力を手放すのを拒めば、死ぬのはお前の方かもしれん」
「……生きていればそれでいい。私の命など惜しくない」
ダイアモンドナイトの力を持っているのは、リリー・スワンだけではないのだろうか。
以前、シャルルロアの城から脱出する時に、セティスは、同じダイアモンドナイトのゴーレムを使っていた。
女神たちの力を集めて、ダイアモンドナイトを返品できたとして、力を失った女王を、民衆が生かしておくものだろうか。
セティスが、リリー・スワンと同等の魔力を持っているとしたら、姉を廃して弟を王にするかもしれない。
「セティス、今は、そうならない方法を考えよう。ね?」
絶望からは遠ざけないと、協力してくれる気が失せてしまったら困る。ダメかもしれないなんて、思わせるのは無駄というものだ。
「後のことは後で考えればいい。予想外のことはいくら考えたって防ぎようがない」
「そうだねアキラ。最善の策を考えよう。女神、あなたにお会いできてよかった」
じゃあ女神像の仕上げをすると、僕たちは城に戻った。
部屋の一室を貸してもらい、セティスは、どこからともなく、1メートルほどの木製の女神像を取り出した。
一体、どこに仕舞っていた?
「すごい、カルコス様そっくり」
城で待っていたアカネが、歓声を上げた。
「アキラが事前に絵を送ってくれたんだ。あなたが、次期女王? すぐに仕上げをするから、少しだけ部屋の外に出てもらえるかな」
僕だけを残して、セティスは手を女神像の上に置くと、彫刻刀やノミを使わずに、一瞬で姿を変えた。
例えるなら、道端の石のお地蔵様が、国宝級の仏像になったかのように、細部まで女神の姿を浮かび上がらせた。
「……え……、なにしたの今」
「形を変えただけだよ」
リリーと同じような力を使えるんだな。
彼女はただの布を一瞬でドレスに変える。単純に形を変えただけと言うが、みんなできるのか……?
「カルコスの神殿はマラカイトで飾られていたね。美しい縞模様の石を纏っていた。こんな感じでいいかな」
「どうしたのそれ」
手に握られた緑色の小石をぽち、と女神の額に置くと、一瞬でコーディングされた。
木製の像が、マラカイトで作られたかのように、艶のあるグリーンの縞模様が孔雀の羽根を思わせた。
時間にしたら、5分もかかっていない。
「これなら、社におさめてお祈りするのにふさわしいと思うよ」
「うん……。とても素敵……。聞いてもいい? 例えばだけど、どんな物でも、形を変えられる?」
「ああ。今、見せただろう」
「例えば……。生きてる人間とか」
木で彫った1メートルほどの女神像を、一瞬で元の大きさに戻し、石でコーディングする。
セティスがもし、姉リリー・スワンと同じ力を持っているとしたら。
「……」
「アキラ。試してみる?」
僕の手首を掴み、手の甲にキスをする。
「僕をどうするつもり?」
「お人形にして、持って帰ろうか。君は私の店で、大切にしてあげる。ドールハウスのお城に閉じ込めて」
「……」
「解っているはずだよ、私の気持ちは」
「男なんだけど僕」
「関係ない。初めて会った時からずっと」
握られた手首がじんじんと痛む。ありがたいことに、彼は、僕を本気で好きになってくれたようだ。
リリーがクラウス王子を助け出したら、僕は用無し。使いみちのない僕でも、愛してくれると聞いてしまいたい。彼は優しい、もし二人だけになってもきっと大切にしてくれるのだろう。それでも僕はリリーと暮らした日々を、忘れるなんてできない。
「セティス、僕は」
「わかってる、彼女のことを愛してるんだろう。でも状況や心は変わるものだ。返事は急がないから」
その時、ガーネットのロッドが突然光りだして、僕は変身していた。
「……セティス。アキラを口説くのは止めてもらえる? 心が揺れてしまうから。愛情に飢えてるの、アキラはコロッと騙されちゃうわ」
「……ガーネット」
「私とアキラが欲しいのはリリーの心。惑わせないで。リリー・スワンも」
思ってもいない言葉が口からこぼれ出る。愛情に飢えてるなんて、ばらさないで。
「ぐっ……」
「このまま首の骨折ってあげましょうか?」
自分の力とは思えない、ガーネットの、小さくて真っ白な指が、セティスの首を締め上げて、壁に叩きつけた。
「私もあなたも、ただの道具よ。アキラを口説き落とせるなんて思わないで。手を出したら許さない」
わかったよとテセィスが手を上げて降参した。
「じゃあ、あとはよろしくね」
すっと視界が戻り、僕は元の姿に戻っていた。
「ごめん、セティス大丈夫?」
「……なんてことないよ。君はガーネットじゃない。そうだろ?」
更新遅れてますが、書いてます! 次回もお付き合いください!
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