第73話 こじらせた病の治し方~心の風邪にも換気が大事
風邪もこじらせると苦しいですからね、換気・手洗いで改善。
女王がお呼びですと、三人のもとに女王の侍女が馬を連れてきた。
「アキラ様。貴方様おひとりでおいでください」
「僕だけ?」
案内しますと馬に乗せられ城に向かう。死を前にした病人に、他国の僕が会っていいんだろうか。
女王の寝室は、2階の一番奥の小さな部屋だった。
これが女王の寝室なのかと疑いたいなるレベルの質素さだ。
畳敷きの上に薄い布団、閉め切って臭う暗い部屋は、机と箪笥以外何もない。
乾ききった皮膚の手を軽く布団の上に重ねている。
「あなたがアキラですか」
しわがれた声に、おそらくは黒髪だったらしい、長い白髪をゆるく紐でまとめている。
銅色の瞳が白く濁っている。
「はい、アキラと申します。女王陛下」
「カルコス様が直々に石を与えたというので女性かと思っていましたが、男の子なのですね」
「僕は魔女なんです」
変身してみせると、彼女はわずかに眉を上げた。
「性別まで自由に変えられる者がいるとは」
「私は女神カルコスの妹から、このガーネットをもらって、この力を手に入れました」
「女神の力を……。そうですか……。いえ、アカネとレッカと親しくしてくれていると聞きました。感謝します」
「乗りかかった船ですから。もったいないお言葉です」
コホコホと軽い咳をずっとしている。
「すみませんね、熱と咳が続いているのですよ。息をするのも、苦しくて、夜もあまり眠れない」
食事もあまりとれなくなってしまったと彼女は、細い手をこすった。
なるほど、もう長くないと民が思っても仕方ない。
でもこれ、風邪が長引いているだけのような気がする。
あったかい部屋で、うどんとか食べたら治りそうなもんだけどな。
ヒューヒューとか細い苦しそうな息づかいだが、どこかひどく痛いとかそういうわけではなさそうだ。
「……私になんの御用だったんでしょうか」
「私はこの通り、もう長くない。アカネに友ができて、良かった。あの子はマレビトだから。あの子とこれからも仲良くして欲しい」
もし彼女が元気になったら、アカネは病も癒やす巫女として、女王としての地位はゆるぎないものになるだろう。
もし僕に何か変えられる力があるのなら。
「私もマレビトです」
「なんですって」
「アカネと同じ国、日本から来ました。女王陛下、ひとつ提案があるのですが聞いていただけますか」
「申してみよ」
コホコホと咳をする真似をして、部屋を移りませんかと提案した。
「私とアカネの国では、病人は窓がある風通しのいい部屋で過ごしていただきます。少しでも楽になるように、部屋を変えさせていただきたい」
「どうせもうすぐ死ぬ身です」
「アカネとレッカの結婚式を見たくありませんか」
「……」
「いずれは子供も生まれましょう。二人が作る国の行く末を、見たいとは思いませんか」
女王の瞳が揺れたのを確かめて、退出した。
玉座の間でアカネとレッカが待っていた。
「二人ともこれから話すことをよく聞いて、今日中に手配して」
今宿泊している宿の一番良い部屋を、女王の病室にすること、毎日温泉で入浴させて、換気と清掃を徹底的にする。
「そんなんで治るのかよ」
「治すのよ。国中にお触れを出して、喉や胸、咳に詳しい医者を集めて、薬を作らせる。私たちにわからなくても、医者がたくさん集まれば、彼らが判断をしてくれるでしょう。金を惜しまないで」
「アキラ、どういうこと」
「あれは風邪をこじらせただけよ。アカネ、日本にいた時に、病院に連れて行ってもらったことはあったでしょう。毎日、温泉に入れて、シーツを替えて、侍女を一日中交代二付き添わせる。こんな暗い部屋においていちゃ駄目。咳を直せば体力が回復する。死ぬような病じゃない。まだ女王は死ななくてもいい」
「本当……?」
「本当にするのよ。医者に薬を何種類か作らせて、効くものを探すのよ。深刻な病気なら無理かもしれないけど、女王はどこか痛がっている様子はなかった。ああ、ちゃんと毒味はつけてね。殺そうとする者がいないとは限らないから」
納得した二人は、すぐに命令書を全国に手配し、全国から医者が集まった。彼らのために、周辺の宿も協力を始めた。
女王は、国一番の宿の、一番広い部屋に移らせた。病を治した者には富と名誉が約束される。この文書の効果はてきめんで、薬草や食料を提供する者が列を作った。
その様子を、リリーは宿の窓から眺めていた。
「あなたには王の素質があるのかもね」
「そんなものあってどうします」
「……」
「女王になるのは、あなたであって僕ではありません」
城からエメラルドの場所の連絡を待っている。
リリーとシャーロットは連日、市場で魚料理を食べたり、温泉に入ったりしている。アカネたちのおかげで金には困らない。
「いまやアキラは、次期女王の友達なのよ。恐ろしい子」
「リリー様のためですから」
その時、アカネが部屋を訪ねてきた。
「アキラ、ちょっといい……?」
海岸を二人で散歩する。
女王の具合や、新しい墓の建設具合、他の町の温泉の発掘と僕が提案した全てを、アカネとレッカは同時に進めている。
それだけでも、相当の能力で、人はここまで働けるのかと感心する。シャルルロアにいた時のリリーの忙しさも異常だった、
世間の人は随分と働くものなんだと驚いたものだ。僕は久しぶりに自分がそのへんの中学生だったことを思い出した。
「ねえアキラ、リリーと旅を続けるの」
「ええ。僕は彼女の従僕ですから」
「いつか旅が終わったらでいいんだけど……。またこの国に来て、ここで暮らさない?」
「どうしてです? レッカがいるでしょう」
「私ね。お母さんが再婚して、次の父親に、殴られてたんだ」
「……それは……」
「最初のうちは、お母さんも助けてくれてたんだけど、だんだん、一緒に叩くようになって。ご飯もくれなくなって最後は車で轢かれた。気がついたらこの国に」
「そんな親から、離れられて良かったよね。どうして、話してくれたの」
アカネは、まっすぐに切りそろえられた前髪から、目を上げた。
「日本の病院のことを思い出したの。医者にどれだけ話しても、助けてくれなかった。どうして生まれてきたんだろうって思いながら轢かれながら思ったわ。足に車が乗った。でも、ここで、レッカと、アキラ、あなたと出会えた」
虐待された挙げ句に殺されたのだと、淡々と過去を話す彼女の心は、痛みや悲しみをこじらせて、それをひた隠しにして巫女をやっていたんだろう。あるいは、異世界の環境に、心を麻痺させていたのか。
こびりついた痛みを、切り離してあげることは、僕にはできない。
それはレッカの役目。
でも心の換気ぐらいはしてあげられたのだろう。
「……アカネは、そんな親にならなきゃいい。日本や、両親のことは忘れよう。女王を親と思ってお仕えしたらいい」
「レッカが殉死するって決まったときも、どうしてって思ったわ。でも助かった。あなたのおかげで」
「……先に、僕の話を聞いてくれたのは、アカネ、君だよ。僕はアドバイスをしただけ」
「お礼を言いたかったの。……ありがとう」
僕は君たちを利用しただけ。
それでも、こんな僕に君は、礼を言ってくれるのか。
「日本人のよしみじゃないか。さあ、レッカと結婚式を挙げようね」
もうアカネは大丈夫。
「これが最後の恋になるように、素敵な式にしてあげようね。君は、一人じゃない。僕がここで暮らすことはできないけど、僕たちは友達だ」
相手が欲しいものを与える、リリーと暮らして学んだテクニック。
それでも、笑顔を作れるなら、それは、魔法だ。




