第70話 プランB
真っ白の、雪原に、ガーネットが立っていた。
白い指には紅いガーネットのついたロッド、細い手首には、緑の石のブレスレット。ご丁寧にティアラまで輝いている。
ねえ。
そんなところで何をしているの。
自分自身に問いかけると、彼女はロッドを僕に向けた。
『あなた自身が神になるのよ。さあ石を集めて』
「……宝石を集めただけじゃ、願いはかなわない」
『あなたが考えたくせに。大丈夫よ、あなたには私がいる』
「……君は、僕だ」
『そうよ。あなたが悲しいときは私が泣いてあげる。だから、自分には嘘をつかないで』
目を覚ますと、頬は涙で濡れて冷たかった。涙の跡で痒くなった顔を手の甲でこする。
隣でリリーはすうすうと寝息を立てている。
ふすまの向こうでは、シャーロットと黒百合が寝ている。
まだ夜明けには早い。
夢の中の雪原はあまりにも白く眩しくて、夜明け前の真っ暗な空の方が嘘のように感じる。
夜が明けたら、女神カルコスに会う。僕の気持ちをぶつけてみよう。頭をよぎる別のプランを実行しなくて済むように。
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「待ってたぜ、アキラ」
銅の女神カルコスに会うために城を訪れると、レッカが門の前ですでに待っていた。
「連れの美人は」
「リリー様はまだ寝てます。朝が弱いんだ」
「ふーん……。ま、お前だけでいいってんなら構わないぜ」
女神の神殿は堀を進んだ城の裏にある。
レッカが船を漕ぎ、銅の女神の神殿へ降りていく。彼が女神に呼びかけると、銅の女神カルコスが現れた。
結婚の報告をし、レッカは、女神の力を自分にも分け与えて欲しいと申し出た。
「今までは、女神の力を使えるのは、代々女王だけだった。アカネの負担を軽くしてあげたい」
「お前たちがそうしたいなら、そうすればいい」
全身を石の鎧で覆われているカルコスは、自分の肩から、バギっと石を取り外した。
彼女の一部を受け取り、レッカは「これをどうしたらいいんだ」と僕を見た。
「指輪に加工してあげる。おそらくは、今まで自分で魔力を使うよりずっと強い力が操れるようになる」
指輪を2つ作っても余るほどの大きさだ、残りは御神体にしよう。
「さて異国から来た客人よ。何か言いたそうだな」
「お願いがあって参りました」
「そのために、我が国の神官と巫女に、力の使い方を吹き込んだのか」
「レッカがゴーレムをたくさん操れるようになれば、大きな工事を民を使わずに早くできるようになります」
「アキラと言ったな。可愛い顔をして、なぜ戦の準備を進める。民の代わりにではなく、兵の代わりとして考えているのであろう」
人を投入するのは、最終手段だ。
「……そんなつもりはありません。アカネとレッカのために僕は」
「違うな。お前は自分のために動いている」
「……」
「目的を申してみよ。聞くだけ聞いてやろう」
もともと住んでいた街より、この世界のほうがずっといい。
誰もが僕の話に耳を傾けてくれる。僕が必死になっているのは、この世界にいたいからかもしれない、リリーのそばにいれば、この世界に留まれる。
助けてといえば、誰かが手を差し伸べてくれる。
僕が、あの街で喉から手が出るほど欲しかったもの。
誰かの、となり。
「……協力してほしいんです。ラウネル王国は王子を、シャルルロアにさらわれました。取り返すために、僕らは旅をしています。しかし相手の兵は強力で、手詰まりなんです」
「なぜ我らを巻き込む」
「あなたが、ダイアモンドナイトの姉だからです」
黒百合の女神とも、すみれの女神ベリロスとも違う姿を、カルコスはしている。
ダイアモンドナイトはどんな姿をしているのだろう。
「……ダイアモンドナイトを倒せるとは思っていません。あなたがたの母のもとに返品したい」
「返品とな」
「シャルルロアがどうなろうと、僕は知ったことではない。王子を取り返せればそれでいい。それがリリーの望みだから」
「嫌だと言ったら」
「僕ができる方法を、探すとかありません。城を焼き払うぐらいしか思いつきませんけど」
「頭に浮かんだことは、実行に移せるということだ。本心を聞かせてみろ、異界から来たマレビトよ」
聞いてくれるの? 僕の、私のこの気持ちを。
気づけば、またガーネットの姿になっていた。
いつでも変身できる。僕は、魔女だ。
「シャルルロアを焼き払って、女王も女神も、ラウネル王国の王子も、すべて灰にするの。私はリリーと森の中の小さな村でずっと暮らすの。りんごでジャムを作って、毎朝パンを焼いて。でもわかってるの、リリーはそんなこと望んでないの」
「他国の神を返品か。神をモノ呼ばわりし、国を焼き払うと顔色一つ変えずに話お前は、この世界を燃やしかねぬな。すべてを滅ぼす以外の結末もあろう」
「みんなが幸せになれる結末があるとは、私には思えない。むしろ、日に日に殺さなくちゃって焦ってる、殺意が押さえられない」
殺さずに済むならそうしたい。
「なにもしないで何も言わないで後悔だけはしたくない」
何かを考えていないと、行動しないと、心が泣き出してしまう。
心が泣き出したら、ガーネットが顔を出す。
自分が消えてしまいそうになる。
「助けて、ください」
横で黙って聞いていたレッカが肩を抱いてくれた。
「……オレからも、お願いします。なんとか力を貸してあげてください。オレには、こいつが悪い魔女には思えない。オレの命を救ってくれた」
レッカの言葉にカルコスは指を顎に当て、思案していたが、玉座から立ち上がった。
「我らの母は、人間を守ってやるために、我ら姉妹を地上に遣わした。異界から来た子供よ、お前ごときが燃やし尽くせるほど世界は小さくはないぞ」
カルコスはもう一度、石の鎧の肩を取り外した。
巨大な塊を素手で砕くと、こぶし大ほどの深緑のマラカイトになった。
「しかし妹が迷惑をかけているのは事実。力を貸してやろう。お前のためではなく、他者のためにその力を使え」
受け取るが良いと手渡された石は、孔雀の羽根のような縞が入っている。
「別の結末を探せ。その涙に偽りがないのならば、石はお前を助ける」
「……ありがとうございます!」
新しい石を入手、のろのろ更新すみません!




