第69話 初めての蟹フルコース~焼き蟹・蟹すき・蟹刺しほか
あけましておめでとうございます。
新年なので、蟹などどうぞ!
宿に戻ると、リリーは部屋でゴロゴロしながら待っていた。
「おかえり。アカネたちといたの?」
「はい」
「……どうして、ガーネットになっているの? 泥だらけだし。さっとお風呂に入ってきなさい待っててあげるから」
変身を解いて、大浴場へ向かう。
体を洗いながらふと鏡を見る。14年付き合っている自分の顔は、相変わらずつまらなそうで、笑ってしまった。
他人を神にするだって、よくそんなことを言えたものだ。
ガーネットに変身すると、黒百合の女神からもらった宝石の力なのか、無限に力が湧いてくる……ような気がする。
頭が冴えて、勇気が出る。
しかしそれは、本当に僕なのかって話になる。僕は僕のはずなのに、ガーネットの感情に押しつぶされそうになる瞬間があった。
自分が自分でなくなるような、演じているはずが、魔女そのものになってしまったような。
石鹸で顔を洗って、頬を叩いた。
僕は、アキラだ。
部屋に戻ると、リリーが機嫌よく酒を飲んでいた。
「アキラ早く早く! カニよ!!」
「蟹?」
「さっきお城から届いたのよ、アカネが用意してくれたみたい。すっごく美味しいわねコレ」
仲居さんが焼いた蟹を、リリーは楽しそうにほじくり返しては頬張っている。
「最初はなんてモノ食べさせられるのかと思ったけど、これは美味いわ」
「そうですね、じゃあ僕もいただきます」
蟹の天ぷら、氷の上に載った蟹刺し、蟹すきと、じゃんじゃん皿が並べられていく。
グツグツと湯気を立てる蟹すきの鍋を、リリーは物珍しそうに見つめている。
蟹のフルコースなんて、食べたことないな。カニカマぐらいしか。
シャーロットは器用に蟹を剥きながら、リリーに食べさせていた。彼はお造りの盛り合わせを楽しんでいるようだ。
猫だもんな。
どうぞと、熱々の焼きガニを勧められた。
殻をハサミで切ってくれるのを見ながら、出された身を頬張る。
「……甘い……。ほくほくしてる」
「焼きガニは、旨味が閉じこめられるから美味しいんですよ」
「これ、生で食べて大丈夫なの」
ぺろんと蟹刺しを持ち上げて、リリーは心配そうにぷらぷらさせた。
「大丈夫ですよ、そのお醤油を少しだけつけてお召し上がりください」
「アキラ、先に食べて」
「はい。……あっ、トロトロですね……!!」
生の蟹は飲み物だ、感動してもう一本、食べた。
僕がパクパク食べているのを見て、リリーも蟹刺しを口にした。
お気に召したようだ。
天ぷらもほくほくして、身がふわっとしていて、一瞬でなくなってしまう。
実家では、天ぷらなんて、いつもスーパーで買った冷めたものしか出てこなかった。
蟹が、白菜やきのことともに蟹足がお椀に盛られる。
熱い熱いと言いながら、リリーも自分で殻を剥き始めた。
「野菜もおいしいわね。蟹の味がして。この国の料理は優しい味がするわ」
「僕もそう思います。アカネにお礼を言わないと」
ごゆっくりと、仲居さんが部屋を出て、しばらくは無言で蟹を楽しんだ。
「……さて。アキラ。今日はずっとお城にいたの?」
「山にも行きました」
「なにしてたの」
「レッカとゴーレムを作る練習をしてました。土木工事にも使えるかなって」
「なんのため?」
「あの二人をこの国を照らす神にするためです」
「……なんて?」
蟹足をほじくっていたリリーが手を止めた。
「アカネは次期女王で、銅の女神の力を受け継ぐでしょう。アカネが僕たちに協力してくれるなら、黒百合の女神、銅の女神の力を借りられることになります。
トレニアさんを目覚めさせることができたら、すみれの女神の力を借りられるかもしれません。さすがに三女神の力があれば、ダイアモンドナイトを封印できるかもしれません」
リリーだけでは、ダイアモンドナイトを倒せないかもしれない。
でも、3対1なら可能性がないわけじゃない。
「神にするってどういうことよ」
「神の力を使えるなら、それはもうほとんど神じゃないですか。レッカは、もとから魔法を使えるようですし、二人の力を借りたいと思っています。すでにレッカは協力してくれると言ってくれています」
「……」
「万が一、封印が難しい場合、母なる女神のところに返品をお願いしようと思っています。シャルルロアから女神がいなくなれば……。人間だけを相手に戦をするのであれば、あるいは、国を滅ぼせるかもしれません。
僕と、レッカのゴーレムなら、人間を倒すことはできるでしょう」
「アキラ、黒百合の女神の、姉妹全員を味方につけるつもりなのね」
「はい。味方が増えれば、あなたが死ぬ可能性は減るでしょう? クラウス王子を助ける前に死なれては困りますから」
嘘はついてない。
あなたが誰を愛してるか、僕はちゃんと解ってる。
「他国の政治に口を出して、どういうつもりかと思っていたけど、」
「リリー様のために決まっています。ねえ、黒百合?」
「そうね」
私の分の蟹の茶碗蒸し食べていいからと、リリーがそっと目頭を押さえた。
「一緒に頑張りましょう、トレニアさんも、クラウス王子も、助けましょう」
嘘はついてない。
本心の言葉、僕はちゃんと解ってる。
このあとのプランをまだ話していないだけ。
「銅の女神からの協力を得られるように、僕が話してみます。明日にでも」
嘘はついてない。
言いたいことを全部話していないだけ。
僕が僕の望む結末を決めなくてはならない。
「頼んだわよアキラ。明日は私も一緒に行こうか?」
「いいえ、僕一人で大丈夫です。アカネたちは僕を傷つけたりしません。そろそろシメの雑炊にしましょう」
仲居を呼んで雑炊を作ってもらう。
残った鍋に醤油とお湯を足し、洗ったご飯を入れる。
溶き卵を流し入れ、蓋をする。卵が半熟になったら、ネギときざみ海苔を入れて完成だ。
「……おいしいわね……」
「はい。蟹のダシが出てて」
「こりゃ永遠に食べてられるわ」
僕との永遠なんてないのに。
……いや、諦めたりしない。
「また蟹食べましょうね」




