第68話 楽しい政策・富国強兵
城に戻ると、玉座の間に大勢の神官や武官たちが詰めかけていた。
誰もが、殉死を突然廃止したことを責め立てているが、中心にいるアカネは平然としている。
「女神の決定に逆らうなら、あなたたちが代わりになればいい。希望者は全員埋葬してあげる。それでいいわね」
「……」
死にたいのでしょうとアカネは笑い、他に意見があるかと周囲を見渡した。
「まだレッカの死を望む者がいるなら名乗り出よ」
「……」
「……それは……」
意見があっても、言えない状況に、神官たちは少しずつ帰っていった。武官たちは「それならお前が死ね」と指を刺されるのを恐れてか、アカネと目を合わせない。
僕とレッカは「何かあった?」と割り込んでいった。
「みんなは、私が勝手に殉死を取りやめたと思ってるみたい。だから、代わりに誰か死ぬって。それでいいわよね」
「それでいいと思います。アカネ、次の女王の命に従わない奴は、消えてもらえばいいですよ」
周囲の武官たちが、化け物でも見るような顔をしていた。
ああ。僕は魔女になってしまったんだな。
「やめろ二人とも。奥で話をしよう」
レッカの部屋に通される。畳の感触にほっとして、僕は窮屈な女物の靴を脱いだ。
「腹減っただろ」
「ええ。でもいいわ、宿に帰らないと」
召使いに食事の用意をさせるのを丁寧に断った。宿でリリーが待っているだろう。
お茶とせんべいをもらい、いくつかの提案があると切り出した。
「銅の女神の神殿は地下で、民は会えないようになっていたよね。代わりに誰でも入れる社を整備したらいいと思うの。女王の墓の周りを公園にして、誰でもいつでも祈りを捧げられるように」
「それで、何の意味がある」
「次の女王が死んだあとにも、同じように社を作らせる」
「それで……?」
「アカネ、レッカ。君たちは人から神になるの。銅の女神は言っていたわ、魂はめぐり続けると。帰ってくる社があれば、あなたたちは永遠に一緒にいられる。この地にとどまることが幸せならそれが一番いい」
「……」
「……」
「永遠に離れられない縁を結ぶの。素敵じゃない」
ほかにもいくつかの案を提示する。
公園の整備および王墓の建設を手伝った者は税金を免除する。
王墓の周囲には埴輪を置いて、埴輪作りに協力した民も同じく免除する。
民は目先の利益に飛びつく、レッカの殉死を廃止したことなんて、彼らは一瞬で忘れるだろう。
「河川や山林の整備をして、作物の生産を増やす。そして他国への輸出を増やして利益を上げる。
民を富ませる見通しを最初に示して、「次の女王は大丈夫」と思わせる。飢えさせない女王だと信じさせる。そうすれば、民は君に従う」
「そんなにうまくいくか……?」
「うまくいくまでやるのよ。あとは温泉」
「温泉!? なんで!?」
「温泉はいいわよ、民がいつでも入れるように保養地を作ってあげるの。農作業は疲れるからね。温泉地の近くに、女神を祀る神殿を各地に作る。守られているんだと民が解るように」
レッカにゴーレムの作り方を教えた。
でもあれは兵士の代わりにはなるが、女神の代わりにはならないだろう。
たとえば仏像のような、信仰の対象となるようなものを作れたらいいんだけど。
美しい女神像。信仰の対象と成り得る、品格のあるもの。
「……」
セティスの力を借りられないだろうか。
まあいい、後で考えよう。
「女神を祀る神殿を作るのはわかる、でも、そんな一気にはできないわ」
「そのためにゴーレムを利用するの。アカネにも作り方を教えてあげる」
僕は、リリーから以前聞いた、アメジストの話を思い出していた。
リリーは、元カレのノア、その弟のカインから一つずつアメジストをもらっている。それはもともとひとつの石だったようだ。
女神から与えられた石であれば、複数持っていても問題ないようだ。まあ持ち主と女神の間に信頼関係があることが前提ではあるが。
僕は、黒百合の女神から、アメジストはもらっていない、よって彼女の力を使うことはできない。
しかし、アカネとレッカであれば、銅の女神カルコスから、女神の力を使うための石をもらえるのではないか。
3番めの娘の力を扱えれば、ダイアモンドナイトに対抗できるはずだ。
「アカネ、女王が代々受け継ぐ、王冠とか剣とか鏡とか、そういったものはあるのかしら」
「ええ、女王が死んだら次の女王には勾玉が」
そんなところまで日本に似てるんだな。
勾玉は、女王だけに与えられるものなら、レッカには行き渡らない。
新しい石を手に入れなくては。しかも2個。
「結婚指輪がいいわね」
「え」
「生き神様と女王が結婚したら、誰も逆らわないでしょう。決まりね」
考える間を与えない、一気に話をまとめる。
僕が迷いを見せたら、ダメだ。
「女神の力も、国を治める責任も、二人で分け合えば怖くない。そうでしょ?」
その時、にゅっと白い腕が僕の背後から現れた。
アカネがキャッと悲鳴をあげた。
「帰りましょうか。リリーが待っているから迎えに来たのよ」
「……黒百合、まだ彼女たちに話が」
「あなたの主人は誰? 主に一人で食事をさせる気なの?」
振りほどけないほどの力で、手を握られ、僕は「明日ね」とだけ言い、部屋から連れ出された。
「まだ話が済んでなかった、どうして邪魔したの」
「リリーが晩ごはんを待っているわ」
「帰らないとは言ってない、黒百合」
放してとどれだけ訴えても彼女は手から力を抜かなかった。
「他国の政に口を出してどういうつもり」
「友達を助けたいだけよ。アカネとレッカは友達だ」
「それで? 友達に兵の作り方を教えて、民に媚びへつらう政策を吹き込んで、アキラ、目的はなに」
女神の目を欺くことはできないか。
別に構わない、最終的にリリーの目的を達成することができればそれでいい。
「……富国強兵」
「へえ」
「国を富ませて、兵を強くする。もしシャルルロアと戦になっても、人間の兵士を使うことはない。どちらかに協力してもらえればそれでいい」
「そんなに、うまくいくかしらねえ」
「それがなに? 成功させるまでやるの。リリーのために」
僕を選んでくれなくても構わない。
……本当は、イヤ。
私を選んで欲しい。
「魔女になった以上、リリーの役に立ちたいの」
「……それが本音ならいいけど? 自分に嘘をつき始めたら、苦しくなるのはアンタよ」
黒百合は結局、宿に着くまで手を放してくれなかった。




