第7話 疑雲猜霧
「リリー、ここにいたの」
メイドを連れたアルベルタがふわりと現れた。
「ごきげんようアルベルタ。そのドレス似合ってるじゃない、どこの?」
「リリーのとこで作ったものよ。覚えてるくせに」
ケロっと笑顔になって、二人は談笑を始めた。
ここはアルベルタの屋敷なのか。
「あのねリリー、出入りの業者と問題起こさないで」
「偽物を売ろうとする方が悪いのよ」
「そうかもしれないけど、伝説のエメラルドを探すなんて無謀よ。あんなやり方は恨まれるわ」
「……そうね。まったくその通りね」
アルベルタはいつも正しいわね、と、山盛りの料理とケーキに囲まれているのに、僕の主人は偽物の笑顔で時間をつぶしていた。
「アルベルタ、目的のカレは来てる?」
「ええ。少しお話できたわ」
よかったわね、と二人は乾杯している。好きな人がいるって聞いてたもんな。
「……ねえ、アキラ。ちょっと外でようか」
誘われて、アルベルタとテラスに出た。
夜のシャルルロアの街は、家々の灯りと街灯で星空が地上に降りてきたようだった。
その景色に僕は息をのんだ。
城壁の向こうは、どこまでも闇色の森が続いている。
「シャルルロアは綺麗な街でしょ。あの黒い森の向こうはラウネル」
リリーの地元か。
「今夜は楽しんでる?」
「ええ。ちょっと商人さんとモメてましたけど」
眉をひそめて、アルベルタは「言わないでよ」と口に指を当てた。
「リリーはね、言葉を使うのが、上手いんだか下手なんだか……。良くも悪くも、相手に強い印象を与えてしまうの」
「わかります、ちょっと盛りますよね」
「そうなの。本人はわかってないけど、思わせぶりなのよ。魔法使いなんじゃないかしらって思う時がある」
「……」
同感だ。家でポリポリとクッキーを食べている姿からは考えられない、冷徹な瞳と言動。
あの商人が本当に殺されるのではないかと、内心僕は慌てた。
「仕立屋としては本物なのよ。リリーのドレスには不思議な魔力があるの。それに、リリーに可愛い可愛いって言われ続けると、本当に可愛くなるのよ」
そういえば、彼女に美少年ねって言われて、そんな気分になった。
「ただ……、強い力が、いつも良いことに働くとは限らない」
夜風が、アルベルタの髪を揺らした。
「心配なのよ」
「リリーにはね、たぶん親友がいたの。……私も、リリーと友達になりたいのだけど」
「え、仲良くないんですか」
「……彼女から見たら、私は金づるだから」
「そんなこと……! リリー様はそんな人じゃありません」
僕を拾ってくれた時に、友達になってと言ってくれるような優しい女性だ。
「……それなら、君はきっと、合格なのね」
リリーは何も話してくれない。
友達のような笑顔で、接してくれる。けれど、自宅のパーティーに呼んで、お互いの家を行き来して、ただの客と金づるの関係なんて、寂しい。
アルベルタはそう繰り返した。
「……少しずつ仲良くなったらいいじゃないですか」
「あの子の距離感がわからないの」
「リリー様も同じなんだと思います。今度、お店が休みの日に、お宅に伺うよう話してみます」
パーティーの賑やかな音楽と笑い声が聞こえてくる。
部屋の端でハムを食べているリリーは、また別の男と笑っている。
本当は楽しくないのかな。
他の子をキレイにする手伝いをしているのに、自分の美しさを偽物と笑ったり、僕なんかを美少年とほめてくれたり。華やかな場で中心にいたと思ったら、隅っこでハムを食べて、まったく踊らなかったり。
「彼女は何を探してるんでしょう」
「本人に聞いたらいいわ。エメラルドと、人を探していること以外には……私には、話してくれないから」
一体誰を探しているのだろう。
友達になってとリリーは僕に言ってくれた。
アルベルタは駄目なんだろうか。いや、そんなことはないはずだ。
「お姉様、ここにいらしたの!」
ヒールの音と、よく響く声。
夜の風が吹き抜けるテラスに、太陽が追突したようだった。
「……マルギット……」
「その子はお友達? 紹介して!」
ああ。コレか。
どちゃくそ可愛い、アルベルタの、妹。
その場だけ昼間になったかのような、暖かさを感じる。
金色の巻き毛が踊るように風に揺れる。
鮮やかなピンクのドレスに、赤い靴とリボン。
名前と同じ、真珠のイヤリングとネックレス。
これは、心がぐらつく。心臓が激しく高鳴って、ここだけ地震が起きてるみたいだ。
「リリーのところの店員よ。名前はアキラ。マルギット、広間に戻りなさい」
「はーい。アキラさんよろしくね。一緒に行きましょう」
「……」
なんのためらいもなく、右手を掴まれて、僕は大広間に連れ去られた。
アルベルタが溜息をついて、後ろをついてくるのが見える。
これは確かに、嫌だろうな。誰もが、妹の方に気を取られてしまう。
大広間で、すぐにマルギットは別の貴族と話し始めた。
……なんだったんだろう。
壁にもたれて、踊る男女を眺めていると、退屈そうにしていた客が「君もこっちにおいで」と手招きをした。
「初めて見る顔だね」
「この街に初めてきたので」
「そうなんだ。それなら早めに引き上げた方がいい。この街には暁の魔女が出るって噂があってね」
「……魔女なんて、いるんですか?」
「その美しさに囚われると、無事ではすまないらしい。……噂だけどね」
夜明け前に消えてしまう。
誰も彼女の正体は知らないらしい。
暁の魔女。
リリーの顔が浮かんだのはどうしてだろう。
彼女が恐ろしい魔女なのだろうか。
「……どうして僕にそんな話を?」
「君が退屈そうに見えたから。私はセティス。君は?」
「アキラといいます」
セティスと名乗った彼は、酒を飲み干すと「送るよ」と言い出した。
「主人がまだいるので、結構です」
「そう。じゃあまたねアキラ。またどこかのパーティーで」
姉・アルベルタは『高貴な光』という意味。日本だったらひかりちゃん、とかヒカルちゃん。
妹・マルギットは『真珠』。たまちゃん、とかたま美ちゃんとか、そんなイメージ。
セティスはセティス級哨戒艦から。詳しくはググッて。
2025/06/15 修正しました。