第65話 銅の女神カルコス
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「……彼が死ぬのを黙って見てて、いいんですか?」
昨夜、楽しそうに焼鳥を食べていたアカネからは、想像できないほど憔悴している。
あのひとときが思い出になるはずだったのに、僕が迷子になってしまったせいで邪魔をしてしまった。
「彼がいなくなるのは寂しい。もう決まっていることなの」
「だいたい、これから死んでいくのに、おつきなんて必要ないでしょう」
「死んでからも、世話する人は必要なのよ。みんな、そう思っているから」
「みんなって誰です」
「国民よ」
「……人の他には、何を埋めるんですか」
埋葬品は武器、食料、召使い、移動用の馬を捧げるのだと、ぼそぼそとアカネは話してくれた。
死人についていくために死ぬなんで、意味がない。
「……殉死を止めるためにはどうすればいいんですか」
「考えたこともない。民が納得しない」
「なら、民が納得すればいいんですね」
「どうやって。しきたりだから、みんな続けてきた、私の時だけ止めるわけには」
そもそも僕たちは、この国の女神に会うために来たんだ。
殉死を止めるために、民を納得させる必要がある。
「死後の世界に従者はいらないでしょう」
「守りが必要よ」
「死後の世界に争いがあるんですか」
「私達に死んだの後の世界なんてわかるわけないじゃない。死んで、この世界に来たんだから」
「なるほど。神に聞いてみましょう。巫女なんでしょう」
しきたりだから、なんて馬鹿らしい。
もし女神の許可が降りて、殉死を止められれば、アカネとレッカは僕たちに力を貸してくれるだろう。
「あなたは女神と話せるから、巫女になったんでしょう。それなら聞いてみようじゃありませんか。
この世界の魂がどこにいくのか。死後の世界なんてものがあるのか。その二つだけ聞いてみてください」
「……ええ?」
「もし、この国の女神が『殉死なんか必要ない』と仰せになれば、彼は救われます。これから先の民も」
「……」
「どうせ死ぬなら、その前に打てる手を打ちましょう。やれることを全部してから諦めたらいい。違いますか」
「……そうね。無駄だと思うけど……」
「無駄なら無駄で仕方ない。でも、やってみないとわからないじゃないですか。僕をこの国の女神に会わせてください」
わかった、とアカネが立ち上がり、「着いてきて」と手をひらひらさせた。
僕とリリーが後ろから着いてく。
「ねえ、アキラ。なんでこんなことに首をつっこむのよ」
「一宿一飯の恩を返す時です。昨日仲良くなった人が、殺されるんですよ、放っておけません」
「……まあいいわ。何か策はあるんでしょうね」
「はい。僕に任せてください」
アカネについて、堀に降りる階段に着いた。
小舟に乗るように促される。堀を進み、城の背後に出た。
驚いたことに、小さな島があり、洞窟が見えてきた。
洞窟といっても、通路は整備されており、足音がかつんかつんと響く。地下に続く階段を降りきると、突然、目の前が、鮮やかな緑色になった。
広大な地下空間が現れた。
縞の入った緑色の石が貼り付けられた柱と誰もいない玉座。
アカネがひざまづき、「神よお出ましください」と祈りを捧げる。
光が空間に満ち、一瞬何もかも見えなくなった。
顔を上げると、玉座に褐色の肌をした、女性が座っている。
「面を上げよ」
黒百合の女神によく似た声が頭上から響いた。
「何用か巫女よ」
「尋ねたいことがあって参りました」
「申してみよ」
全身を緑色の石が覆っている。材質は石のようだが、縞の着物のようにも見える。
褐色の肌は、金属の輝きを放っている。
アカネが声を振り絞って尋ねた。
「女神カルコス様、死んだら魂はどこに行くのですか」
「空へ帰る」
「その後は」
「また地上へ戻る。最初からそう決まっている。決してどこかで消え去るわけではない」
「もうひとつ、死後の世界というものはあるのですか」
「そんなものはない。魂はめぐり続ける」
よし。聞きたい答えは聞けた、それだけでいい。
アカネの肩をとんとんと叩き、耳打ちする。
「アカネ。それなら、死後の世界には争いはないことになるね。空に帰るんだから」
「……そうだけど……」
「それなら、女王の葬儀に従者はいらない。死後、女王は自由になり、また魂はめぐる。レッカが殉死する必要はない」
「……あっ……」
アカネの横にたち、膝をついた。
「女神よ、僕はアキラといいます。この国のものではありません。質問させていただいてもよろしいですか」
「その前に。久しぶりに会ったというのに、挨拶もなしか妹よ」
黒百合の女神は、やれやれと頭を掻きながら前に進み出た。
「お姉さま、お久しぶりでございます。この者は私の友達。話を聞いてやってくれますか」
面倒なコトはこの子がやりますからと、僕の頭をぐいっと下げさせた。
「女神よ、お尋ねします。女王が死んだ際に、殉死は必要でしょうか。あなた様が命じたことですか」
「別に、殉死させると命じたことなどない。人間たちが勝手に始めた。彼らがやりたいのだろうと思って止めなかった」
「それなら、たった今から殉死の風習を廃止してよろしいですか」
「構わぬ。私には人間の魂など必要ない」
予想通りの答えだ。
黒百合の女神、そしてすみれの女神ベリロスの姉なら、そこまで人間たちに興味はない。
「ありがとうございます、代わりに生贄を差し出せなどと言わないでしょうね」
「必要ない。人間たちの国だ、私は彼らが好きに暮らしてくれたら構わない」
思ったとおり、人間たちの暮らしに、彼女は口を挟まないだろう。
だが、それでいい。
女神の許可を、取り付けたのだから。
「アカネ、今すぐ民に知らせるんだ。殉死は廃止されたと。レッカは死ななくていい」
「……」
「大切なひと一人守れず、女王なんてできない。さあ城へ戻りましょう」
女神に礼を言い、僕たちは地下宮殿を出た。
「民を納得させる別の方法を考えよう。僕に考えがあります」
アキラがどんどん魔女として変化していきます。
ちなみにカルコスは3番めの女神です。




