第64話 前葬と次期女王
今回は字数少なめでサクっと読めます!
茶碗に盛られた白く輝くご飯、豆腐の味噌汁、卵焼きに梅干し。
久しぶりの和食に感動して、泣きながら白米をかきこむ。
「うっうっ、ご飯おいしい……。梅干しすっぱい……」
「アキラ、お腹空いてたの……?」
「違います、僕の故郷の食事に似ていて美味しくて……」
「そうね、良かったわね。なんなのこの赤いの」
リリーはつんつんと梅干しを箸でつついた。
「ぐにゃっとしてる、コレ腐ってない?」
「腐ってません、酸っぱいですから僕が代わりに食べますね」
僕の食べっぷりに、仲居さんが、白米のおかわりと、卵焼きを余分に出してくれた。
まだ町に出るには時間があるので、リリーは朝風呂に行った。
その間に「今日も町の広場で祭りがあるので、よろしかったらどうぞ」と仲居が、小さな花束と線香を渡してきた。
「ほら、お通りになりますよ。レッカ様です」
昨夜の赤い髪の子だ。
輿に載せられたレッカは、花の首飾りと、花輪を頭に乗せて運ばれている。
「生き神様ですよ」
「生き神?」
「力のある人は神になります。レッカ様はこれから本当の神になられるのですよ」
これからとはどういう意味だろう。
今現在、生き神なら、本物の神じゃないか。
行列は宿の前の道路を通り過ぎ、消えていった。
リリーが風呂から戻り着替える間に、行列のことを話した。
「じゃあ、行ってみようか」
町の中心の広場で、組まれた木が燃やされている。
なんていうのだったか、キャンプファイヤーじゃないし、お寺でやってるやつ。
なんだっけ、ゴマとかそういう名前の。
その炎の向こうに、輿に乗せられたレッカの姿があった。
花で飾られたレッカは、唇に紅をさして、作り物のように座っている。
たくさんの坊さんなのか神官なのかわからないが、お経のようなものを唱えている。
祝詞なのか読経なのか、僕には区別がつかない。
その先頭にいるのは、昨夜、出会ったアカネだった。
音を立てて燃やされる祭壇に、町の人々が花を投げ入れている。
そして祭壇に線香が供えられる。
(……これは……葬式だ……)
死体こそないが、誰かを弔っているんだ。
お祭りではない。
リリーと僕は、一度町を回って、また戻ってくることにした。
花を手向ける列は長く続いている。
列に並んでいる人に「なんの儀式なの」とリリーが尋ねた。
「女王がそろそろお亡くなりになるの。送り出すための前葬よ」
死ぬ前に葬式を出すとは新しいな。
「かわいそうに、神官のレッカ様も殉死だそうだよ。まだ子供なのに」
殉死ってなんですか、とリリーに聞くと、「主人の死後に一緒に死ぬことよ。忠誠を示すためにね」と教えてくれた。
じゃあ、彼は、もうすぐ。
「だからお花を捧げられていたのね」
「……」
「まあ他国の風習に口を出しても仕方ない。行きましょう」
「リリー様、アカネに会いに行きましょう」
広場に戻ると、レッカやアカネたちの姿はなかった。殻になった輿の前で、燃え続ける炎に向かって、花を捧げるだけになっていた。
線香の煙が空に向かって伸びている。
片付けをしている神官を捕まえ、アカネに会えるか聞いた。
「城へ行けばお会いになれます。旅の方ですか」
「はい」
「謁見の時間が決まっています。日が暮れると鐘が鳴ります。その時刻には城から出されますので気をつけて」
門をすぎると、城というより、巨大な寺院のような建物が現れた。
警備の兵士はいるが、別に武器を調べられるわけでもなく、仁王様のような像を通り過ぎる。
「次期女王がお会いになられる。失礼のないように」
王の間に通されると、驚いたことにそこは畳敷きだった。
一段高くなったところに、空の玉座があった。
その前にアカネは座っていた。
「あなたたちは……。昨日の」
僕たちの姿に気づいたアカネが、そこから降りてきた。
「次期女王とは知らず、失礼致しました」
座布団を出され、リリーは不思議そうな顔で、僕を真似て膝を折った。
「広場で、葬式を見ました。……女王というのは」
「病が治らなくて。もう長くないでしょう。死者が迷わないように、先に葬式をして、道を作るのよ」
「殉死する者もいるとか」
「……」
「あの……。彼とは、親しいのではないのですか」
「……」
彼女は心を隠すようにそっと目を細めた。
「彼は、女王陛下の召使い兼、預言者なの。神の言葉を民に伝える者。女王が死んだら一緒に死ななければならないの」
「どうしてですか」
「習わしだからよ。ずっとそうしてきた」
「……それ、誰が決めたんですか」
意味のない問いだ、失敗した。もともと日本で暮らしていた彼女にわかるわけがない。
「……アカネさん、いや、山城さん。殉死に意味がないことはわかっているはずです」
「ええ。そうよ。意味なんてない」
「……彼が死ぬのを黙って見てて、いいんですか?」




