第63話 銅の国カルコス……ってここは日本か?
やっと新しい国に到着です。
63
銅の国カルコスに到着したのは、もう日が暮れる直前だった。
長い船旅にすっかり飽きていた僕とリリーとシャーロットは、陸地が近づき、島影が大きくなる様子に飛び上がった。
荷物を詰め直し、船を降りる。
その港町の様子に、僕は奇妙に懐かしさを覚えた。
茅葺きの屋根、着物を着た住民たち、港からまっすぐ伸びる道の向こうに、山々がそびえている。
「……日本に似てる……」
「アキラ、行くわよ」
宿は決まってますかと少女たちが声を掛けてくる。リリーは適当に宿を選び、用意されていた籠に荷物を載せた。
「リリー様、町の雰囲気がずいぶん違うんですね」
「海を渡ったんだから、違って当たり前じゃない?」
そうかもしれないけど。
今日の宿は、温泉旅館のようだ。
部屋に通れると、窓からは港が見えた。
「オーシャンビューですね、あ、リリー様、靴は脱いでください」
「そうなの?」
海はうんざりとつぶやきながら、部屋に荷物を置き、疲れたからとリリーは横になった。
「リリー様、係の者が布団を敷きに来ますから、風呂に入りましょう」
「うん? そういうシステムなの……。ちょっと寝たいんだけど」
「30分くらいは寝てていいですよ。起こしますから」
大浴場に行くと、やはりここも日本とよく似ていて、岩風呂やヒノキの浴槽があった。男女の区別はされていない混浴の露天風呂もある。
リリーはひたすら「湯が熱い」と言って、打たせ湯をうろうろしていた。
胸が大きいと肩がこるらしい、疲れがとれていいかもしれない。
露天風呂に浸かりながら、空を見上げる。
星空が煌めく、日本によく似た異国の夜。
近くから、笛や太鼓の音が聞こえる。お祭りをやっているようだ。
風呂から出て、浴室の掃除をしていたスタッフに声をかけ、夕食の時間を遅くしてもらった。
「リリー様、お祭り行きましょう」
「アキラ、元気ねえ……」
「まあまあ、外は涼しいですし、元気出ますって。行きましょう!」
部屋でゴロゴロしていたリリーに浴衣を着せて、外に連れ出した。
「歩きにくい」
「歩幅を小さくして歩くんですよ」
町の中心部に、大きな篝火がある。
提灯で照らされた道の両側に出店がたくさんあり、町の人々が列をなして買い物をしている。
「えびすくいー、えびすくいー」
金魚すくいではないようだ。えびをすくうと、その場で焼いて食べさせてくれるらしい。
熱々のえびに塩をかけて、歩きながら食べる。
ほんと、日本だな……。
浴衣も、どこからか流れてくる太鼓や笛のお囃子も、盆踊りの様子に似ている。
リリーはとうもろこしにガツガツと歯を立てて食べている。食べ方汚いな。
香ばしい香りは、間違いない、醤油だ。
しょっぱいものを食べると、甘い物が欲しくなる。
「かき氷とかないんですかね……」
「ないわよ」
「え?」
後ろから声がして、僕は視線を下げた。
白衣に赤い袴、おかっぱ頭の少女が立っている。
14歳くらいだろうか。
「氷は貴重なものなの」
「……あなたは?」
「私を知らないの!?」
っていうか、リリーはどこに行ったんだろう。
「旅行者なもので……。失礼致しました」
「ああ、旅行者なのね……。待って、どこから来たの」
「ラウネルからです」
「嘘よ。ラウネルにかき氷なんてあるわけない。……あなた、日本人ね!?」
僕の浴衣の袖をぎゅっと掴んだ彼女は、小学生ぐらいに見える。
「……ええ。僕は日本人です。あなたは、日本という国を知っているんですね」
「私も日本から来たの」
シャルルロアのアッキーも、日本から来ていた。
カルコスに日本人がいてもおかしくはないか。
「僕は日向森暁。お名前を伺っても?」
「私は、山城茜。ここではアカネと呼ばれているわ。気づいたらこの世界に」
「僕と似てますね。トラックにでもはねられましたか」
「義理の父の車よ。たぶん殺されたの」
「……」
ハードな前世だな……。
昔のことだからどうでもいいけどと、彼女は歩き出した。
「すみません、僕の連れを見ませんでしたか。ピンクの髪の」
「さあ?」
かき氷はないけど、焼き鳥ならあると、20本ほど買ってくれた。
「アカネ、ここにいたのか」
「うん」
……なんだ、男待ちか。
「すぐはぐれるから……。おい、アカネ、こいつは」
「旅行者だって。連れとはぐれたみたい」
「ふーん」
現れた少年は、上半身裸で、広めの袴のような物を履いている。
燃えるような赤い髪に、金色の瞳。
両耳のピアスと、重ね付けしたネックレスが、きらきらと光る。
「おいお前、ツレはどんな奴だよ。占ってやる」
「占い!?」
この見た目で占い師なのか!?
いや、見た目で判断するのはよくない。カレは、占ってくれると申し出てくれているんだし。
「ええと、ピンクの髪で、胸が大きくて……。足が長いです。名前はリリー」
その少年は、指先から炎を出すと、その炎が鳥の形に変化した。
妖精……? 使い魔? 式神?
いや、なんでもいい。彼は普通の人間じゃないな。
飛び立った鳥を待つ間、三人で焼鳥を食べた。
「……宿の近くにいるぜ。着いてきな」
宿に戻ると、リリーは玄関の外で待っていた。
「……アキラ、良かった! 心配したのよ、宿にも戻ってなかったし」
「すみませんでした」
僕をぎゅっと抱きしめると、リリーは二人に気づいたように礼を言った。
「案内してくれたのね、どうもありがとう。アキラ、こちらは?」
「私はアカネ、巫女よ。こっちはレッカ。神官をしてる」
「アカネも迷子になってたんだ。あんたの連れが一緒にいてくれて助かった。礼を言う」
「どういたしまして」
礼として部屋をグレードアップしてくれることになり、ひとまわり広い部屋になった。
「おー、個室に露天風呂までついてる」
「お菓子は食べていいのかしら」
「食べても大丈夫ですよ」
夕食を済ませて、マッサージを呼んだ。全身をもみほぐしてもらう。
長い船旅の疲れが出て、僕たちは早々に布団に潜り込んだ。
お香が焚かれた寝室は、畳に布団、照明は行灯だ。
仄暗い中で浴衣姿のリリーは、いつもよりも大人っぽく見える。
「リリー様……」
「なあに? もう寝るわよ」
「そっちの布団に行ってもいいですか」
「いいわよ」
抱き枕としてリリーの腕の中に収まる。
後ろから抱かれ、ぽんぽんとお腹を叩かれると、不思議と眠くなってくる。
明日は何か変わるだろうか。
更新は2週間ごとになります。
今からでも十分間に合いますので、読んでない方はぜひ1話から!




