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【完結】へなちょこリリーの大戦争 ~暁の魔女と異界の絵師~  作者: 水樹みねあ
第七章 海の向こうへ~銅の国カルコス
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第62話 人魚姫にはなりたくない

「4番めの女神を返品するですって」


 返品なら誰も殺さずに済む。

 リリー・スワンがいなくなったら、彼女の国の民は困るかもしれないが、僕には関係ないことだ。

 神々の母に、返品して、リリーの前からいなくなってくれればそれでいい。

「クラウスを助け出して、ダイアモンド・ナイトを殺せなくても構わない。黒百合の女神のお母さんのところに帰ってもらいましょう」

「……ふうん。それで」


 クラウスを助け出して、それから。

 ……それからのことは、その時に考えればいい。


「そのために、銅の国の女神に、協力を頼めないでしょうか。黒百合、お姉さんの……ベリロスはあまり、協力的でなかったですから」

「かわりに別の神に頼むと。合理的ないい判断よ」

「構いませんか」

「決めるのは私じゃない。説得するのはアンタよアキラ」

 黒百合の女神は、ワインをグラスに次ぐと、僕に持たせた。

「もうアンタは子供じゃない。意地を見せてごらん」


 グラスを受け取って、「いただきます」と飲み干した。

 赤ワインが喉を通り抜けると、思い描いていたようなアルコールくささはない。爽やかな風味だ。

「おいしい……」

「ジュースみたいなモンよ。リリーだって、ガバガバ飲んでねけど、全然酔ってないでしょ」

 確かに。

 これだと、酔った勢いでどうにかなるとかは難しそうだな。

 海風に吹かれて、リリーの髪がなびいている。

 にこっと微笑んで、髪をかき上げる。

 僕の気持ちを聞かせても、彼女にはきっと届かない。曖昧に微笑んで無視するだろう。

 船の進路のように、リリーの心は決まっている。


 今は考えないようにしよう。銅の国に向かう。考えてもどうにもならないことは、考えない。

 クラウスと、エメラルドの在り処を尋ねに、そして、ダイアモンドナイトの返品を頼みに。 



 その時、突然、風が止んで、船のスピードが急に落ちた。次の瞬間、ぐらりと大きく船が揺れた。

「うわああああああっ!?」


 船体に太い触手が絡まっている。海面から、巨大なイカが姿を現した。

「く、クラーケンだ!! 野郎ども、槍を持てー!」

 コンラッドが船員に指示を出し、客は船内に逃げ込んだ。リリーと黒百合はワイングラスを投げ捨てた。

「ちょっと、化け物が出る海域なんて聞いてないわ」

「あら……外洋には、ちょっと大きい生き物がいるものよ。ねえ船長?」

 慌てふためく船員たちに指示をしていたてコンラッドが、「あなたたちも中へ! 海に落ちたらどうするんですか!」と怒鳴った。

 

「アキラ、なんとかしなさい」

「えっ」

「あなたはもう魔法が使えるのよ。ここで船が沈んだら、旅は終わりよ。……どうする?」

 どうするもこうするも、戦うしかない。

 僕は覚悟を決め、ガーネットに変身した。

「ガレ! 我に従え!!」

「心得た」


 ガレを呼び出したものの、一体どうすれば……。

 船体に絡みつく太く長い巨大イカの足は、容赦なく船を押しつぶそうとしている。船員たちが槍を投げつけているが、ぬるりとした表面で滑って虚しく海に落ちている。

「ガーネット、指示を。命令通りに」とガレ。

「アキラ、足を狙っても無駄よ、目を狙いなさい」

 リリーがマストにしがみつきながら指差した。

「目って言われても……!」

 動きを止めれれば、目に槍を当てられるのではないか。


「ガレ、風を起こせ!」

 ガレが起こした突風は、一瞬クラーケンを怯ませたが、すぐに足が動き出した。まったく効果がない。

「真剣に考えなさい、死にたいの」と黒百合。


「……くっ……!」

 船が沈んで、僕の物語は終わるのか。

 叶わぬ恋を悟って、人魚姫のように海に消えていくなんて、絶対に嫌だ。

 ……そんなのはごめんだ。


 考えろ考えろ考えろ。


 僕にできること、ガーネットにできることはなんだ?

 絵を書くことぐらいしか僕にはできない。

 ……それが、唯一の僕の武器。


 僕はロッドで宙にに弓矢を描き、手にとった。

「ガレ、炎の妖精を呼べ!」

 矢の周囲に集まった炎の妖精たちに、矢につかまるように命令する。

「ガレ、風を起こせ!!」

 目に当てるだけでいい。

「……当たれ!」


 風に乗せた火矢は、吸い込まれるように、クラーケンの眼球を捉えた。

 グェェェェェェェと空気が漏れるような音を発し、クラーケンは船を離し、ゴボコボと息を吐きながら海底へと消えていった。


「……勝った……」

「……やったじゃないアキラ」

 よくやったねとリリーが抱きしめてくれた。柔らかい腕に包まれて、頭を預ける。

 リリーがガーネットに優しいのは、クラウスと同じ顔だからだ。

 このひとの、ものになりたい。

「こんなところで死ぬわけに行かないの」


 あなたに抱きしめられるたびに、殺意が湧いてくる。

 邪魔者を消さなくては。


「アキラ?」 

「……早く、銅の国に行かないと……。考えがあります」



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