第61話 出港の夜
第7章始まります
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冬が近づくラウネルを出て、2週間が過ぎ、僕たちはメリリャの港に到着した。シャルルロアを更に南に下った、大陸の端の港町だ。
夏のような日差しの、晴れ渡る空と青く輝く海。白い帆船が居並ぶ港に、森の中の村から出てきた僕は自然と歓声を上げた。リリーもずっと機嫌がいい。
「大きな船ですね……!」
「3ヶ月乗るのよ。高い部屋にしたけど、船酔いはするだろうから、薬を買わなくちゃね」
乗船券を予約し、自分たちの荷物を預ける。
食べ物は船が用意するが、服や薬は用意しなければならない。
黒百合の女神のドールハウスを部屋に預けて、港町で買い物に出た。
リリーは、船酔いの薬になる各種ハーブを買い込み、酒やお菓子、缶詰など予備の食料はシャーロットと僕で買い集めた。
ひまつぶしになるようにと、本屋に立ち寄る。彼女が買い込んでいたのは、裁縫や編み物の本だ。
僕は落書き用にノートと、インクを買い込み、店を出た。
「そういえば、アキラは絵が得意だったわね」
「少しですけどね。いつかリリー様を描かせてもらってもいいですか」
「ええ、いいわよ。今まで忙しかったものね」
出港したら僕とリリーの物語を書き留めておこう。
部屋に荷物を運ばせて、船の中を見て回る。
メインデッキから見上げる帆は首が痛くなるくらい高く、陽の光を受けて輝いている。
「素晴らしいでしょう。船旅は初めてですか」
「あっ、ハイ、あの……」
「この船の船長コンラッドと申します。朝日や夕日を浴びる帆船は帆の影を水面に映し、満点の星を見上げれば、過去の冒険者たちに想いを馳せることができるでしょう。
旅をしたら、また乗りたくなる。さあ、中もご案内しましょう」
そう言ってコンラッドは船を案内してくれた。
船内に入ると、ピアノとハープが置かれている。
「海の神々を怒らせないように、時々、演奏するのですよ」
さあそろそろ時間ですよとコンラッドが促す。
ぞくぞくと他の客が乗船してくる。
着替えなさいと、リリーに呼ばれ、部屋に戻った。
「出港したらパーティーがあるのよ。綺麗にしないとね」
リリーに髪をセットしてもらい、港で大量に買い込んだ新しいシャツとズボンを着せられた。リボンタイはリリーの趣味なのかな。
ドレスコードがあるのか。
歓迎パーティーの船長の挨拶と音楽、乾杯をして、僕の初めての船旅は始まった。
夕暮れの海に滑り出した帆船は、あっという間に港を出て、外海に出る。
「楽しんでる?」
「……うわぁぁぁぁぁぁぁ!?」
いつの間にかドールハウスから出てきたのか、黒百合の女神が、ワイングラスを片手に、僕の背後に立っていた。
「びっくりした!!」
「そんなに驚かなくっていいじゃない」
ひとりふたり増えたってバレやしないわよと、平気でワインを飲んでいる。
夜の海の水面に、パーティーの松明の明かりが反射している。
黒いドレスの黒百合の女神は、上機嫌で、リリーのグラスにもワインを注いでいる。
「銅の国は、私も初めてかもしれないわー」
「そうなんですね、銅の国ってどんなところなんですか」
「カルコスっていってね。銅の産出で栄えてる国よ。あとは食物を作ってる」
「……黒百合、お姉さんたちの国なんですよね」
「そうよ。金と銀、銅の姉さまたちは、私よりずっとずっと前に生まれた」
銅の国カルコスは、金の国と銀の国に食物を輸出している。おだやかな国民性と、勤勉な人々が暮らす国だと説明してくれた。
「世界は、最初は、私達の一族が治めていたわけじゃなかったの」
リリーは、テーブルで確保していたハムをもぐもぐと食べている。相変わらず偏食だな。
「黒百合、続けて。世界の始まりの話なんて、私にしてくれたことなかったじゃない」
「あら、聞かなかったじゃない」
「自分のことは話さないじゃない」
「あんたも同じだけどねてか。まあいいわ。私の母と会ったでしょう。母はあまり人間に興味がなくて、娘を三人つくり、三等分して治めさせた。
やがて、それぞれの女神に従う者たちが勝手に別れて、自然に国が出来上がった」
食べ物を与え、知恵を与えた。勝手に生きていけるように、干渉し過ぎないように。
「カルコスが食物の提供を拒めば、他の国は滅びてしまうから、三国の間は平和が保たれていたの」
「……過去形なんですね」
リリーがワインを次々と開けている。皿に盛ったハムとチーズの山がいつの間にかなくなっていた。
船酔いしないのかな……?
「この均衡を壊したのは、ダイアモンドナイトね」
「正解よリリー」
ランズエンドで暮らしていたその頃、ダイアモンドナイトが、自分の国が欲しいといい出した。
それなら、姉たちのもとへ行き好きに暮らせと、ダイアモンドナイトは故郷を出された。
「私は面倒だから、地元での実家暮らしを継続したかったんだけどね、一緒に放り出されたのよ」
「……じゃあ、もともと3つだった国に、さらに2つ国を作ったんですか」
「そう。私を頼ってくる人間たちが増えてきて、集まってきたから食べ物を与えて近くに住まわせた」
まあ食べなさいよと、黒百合の女神は、僕の口にソーセージを突っ込んだ。
「ラウネルは、隣国と戦が耐えなかったから、いつも死体が転がっていたわ。沼地だった土地をならして、花を咲かせて、
他国に攻められないように森と川を配置したわ。人間たちに頼まれたから」
「頼まれた?」
「ええ。で、湖のあたりに町を作った。それが旧ラウネル王国よ。それから人間が勝手に増えて、私のために神殿を作ってくれたわ」
それで神官の旦那さんを堕落させたわけですね。
鳥の手羽先にかじりついていたリリーが、口をパクパクさせた。
「忘れてたけど、黒百合の女神って、本当に女神なのね……」
「僕もそう思いました」
「あんたたち、私に対する尊敬ってものがないわよね。まあいいけど」
おそらく、旧ラウネルの人々は、黒百合の女神の力を借りるのに長けていたんだろう。
銅の国の女神に、なんとか、ダイアモンドナイトを殺してもらうことはできないだろうか。
「……銅の国の女神は、……お姉さん、なんですよね」
「ええ、そうよ」
「彼女に、頼めませんか」
「ダイアモンドナイトを殺せって? あの子も姉さまたちにとっては『妹』なのよ?」
「僕たち人間には、神を殺すなんて荷が重いです。相手が人間ならともかく」
シャルルロアの女王は人間だ。どうにでもなる。クラウスだってそうだ。
「……アキラ、でも、やる気だけはあるのね。こんな虫も殺せないような顔をして」
「……僕ができることは、あまりありませんけど……」
「だから、私達にやらせるってわけね。賢い子ねえ」
「以前、味方がいないなら作ればいい。力がないなら借りればいいと、言ってくれたのは、黒百合あなたでした」
一番、僕に協力的な黒百合の女神の機嫌を損ねるのは得策じゃない。
「提案なんですけど、返品できませんかね」
「へ、返品!?」




