第60話 黒猫の気持ち
シャーロット回だよ、久しぶりだから忘れられてるかもしれないけど、トレニアの彼氏の黒猫です。
60話
今日は朝から雨が降っている。
肩が冷えてしまっている。一階に降りて、暖炉に火をつけようとしたが、煙が出るばかりでうまくいかない。
日本だったら、新聞紙を丸めたり、着火剤を使えばいいんだろうが。シャルルロアにいる間は、火の準備はシャーロットか、リリーがしてくれていた。
そうだ、僕はもう魔女なんだ。
「ガレ、おいで」
妖精の名を呼んで、そばに来るようにイメージする。
「おはよう、ご主人」
ぱっと、赤い髪に褐色の肌をしたガレが、目の前に現れた。自分の妖精がいるというのは不思議な気分だ。
「おはよう。ガレ、火をつけたいんだけど、どうしたらいい」
「私に言わなくても、できる。火の妖精は近くにいる、命令すればいい」
こう言えと、ガレは手本を見せてくれた。
「炎よ我に従え」
すると、オレンジ色の羽をした5センチほどの妖精が4匹現れて、目の前を飛び回った。
そして暖炉の薪に火をつけて、彼らはすぐに消えた。
「お前はもう、命令をできる立場なんだ、気にせずに呼び出せ。我らはいつでも近くにいる」
「……僕が、主人……」
「妖精を従えるとはそういうことだ。まあ、リリーのように神を従えている魔女と比べたら格下だが、世界の半分以上は魔法を使えない連中だ。
お前は一握りの魔女だというのを忘れるな」
僕は特別。そんな風に言われたことはなかった。向こうの世界では。
「ガレ、頼んでいいかい。リリー様を起こしてきて」
「まかせろ」
私はどうせヒマだからと、ふわっとガレは二階へ飛んでいった。
暖炉の火が落ち着いてきた。お湯を沸かし、顔を洗う。あとで何か上に羽織る物を出してもらおう。
昨日の残りのスープを温める。
……クラウス王子は生きている。リリー・スワンは消さないといけない。
リリーの友達の、トレニアを目覚めさせるには、失われたエメラルドを見つけないと。
やることが多いな……。
かまどにも、薪に火をつけてパンと卵とソーセージを焼いた。
ようやくリリーが起き出してきた。
「おはよう……。今日は寒いわね……」
「おはようございます、ご飯できてますよ」
朝食を済ませて、食器を片付ける。リリーが厚手のセーターと、ズボンを部屋から探し出してくれた。
お祖母さんの手編みのセーターは、優しいベージュで、かなり大きかった。
リリーが着るとワンピースのようになって、いつものチラリズム全開の服装と違って可愛らしい。さりげなくお揃いだ。
「アキラいらっしゃい」
暖炉の近くにソファーを動かして、リリーの腕に抱かれる。
「今日は雨だから、ずっと部屋にいましょう」
「……はい」
エメラルド探しをどうするのかとリリーに聞いてみた。
「場所がわからないのよね。黒百合の母親に聞いときゃよかった」
「じゃあ別の人に聞きましょう。ローズルさんが、銅の国の話をしてましたよね。近いんですか」
「いや? 海の向こうの国だし、船がないと……。箒で飛んでいけるような距離じゃないわ。船で3ヶ月」
「……3ヶ月」
「その間は船酔と仲良くしながら寝てるしか」
なかなか過酷だ。
以前、ランズエンドには、黒百合の女神が一瞬で連れて行ってくれた。
なんとかできないか頼んでみよう。
二人で暖炉の前で、クッキーを食べたり、リリーが編み物をするのを眺めていて、いつの間にか眠ってしまったようだった。
とんとんとノックの音がして、シャーロットが訪ねてきた。
「わざわざどうしたの、こんな雨の中」
アゼナおばさんが持たせたパイとジャムの瓶を台所に置き、シャーロットは雨で濡れた髪と足を拭いた。もともと猫だから、濡れるのは嫌いなようだ。
「……リリー」
「なあに」
いつものキラキラした目が暗く沈んでいる。
「オレは、やっぱりトレニアに早く目を覚ましてほしい」
「うん、わかってる」
「……わかってねえ」
僕が体を起こすと、シャーロットは暖炉の前に立った。
「リリー。お前は、女神の力を得て、100歳以上、生きられるかもしれない。トレニアもだ。もともと、6番目の娘の力を持っているんだからな。でも、オレはただの猫だ。
そんなに待てない」
確かにそうだろう、寿命は人間よりずっと短い。トレニアが目を覚ましたとしても、どのみち、先に逝くのはシャーロットだろうから。
「アキラが来てから、希望が見えた。シャルルロアでの探索はうまくいかなかったからな」
えっ、僕の話ですか。
「アキラは本物の魔女だ、男だけどな」
「……あら、私はへなちょこリリーのままだとでも?」
「ああ。リリーはいつまでも優しい村娘のままだ。戦なんて起こせない」
村娘と言われ、一瞬リリーの眉が上がった。
「仕事をこなせない魔女で苦労をかけるわね」
「そういうことを言ってんじゃない。一人でなんでもやろうとしなくていいっつってんだ」
「オレたちが一般人だってことは、オレたちが一番よく知っている。リリー、お前は、お前のおばあさんやトレニアのように、最初から強い魔女だったわけじゃない。
アキラを見てみろよ、異世界からやってきて、今や旧ラウネル王国の宝冠を持つ魔女だ。こいつも特別だ、オレたちと違ってな」
「……シャーロット、何がいいたい?」
「オレたちは特別じゃない。でも、リリー、お前とアキラは似ているところがある。強い奴を仲間にできる才能だ」
今日はなんかよく褒められるな。
「そもそもアキラを召喚したのも、探索が手詰まりだったからだろ。テキトーに呼び出したアキラが魔女になった。黒百合の女神から宝冠を受け取り、妖精を仲間にしてな。
オレたちが考えもしなかったことを、こいつはしてのけた。仲間を増やせるのも、立派な才能だ」
「……」
「銅の国に行こう。あの国には占いを得意にしてる巫女がいると聞いている。エメラルドもきっと見つかる。クラウスを助ける方法だって、助言をもらえるかもしれない」
暖炉の炎に照らされて、シャーロットの褐色の肌が輝いた。
……真剣なんだ。
恋人を眠り姫にしておくつもりは、彼には毛頭ないんだ。
リリーはパンと両手を叩いて、力なく笑った。
「……わかったわ。明日、発ちましょう。どうするかは、旅をしながら考えましょう。それでいいわね?」
「ああ」
「よしきた。シャーロット、アゼナおばさんに明日発つと伝えて。雨天決行よ。ケープと長靴を持って、夜明けにうちに来てね」
アゼナおばさんに頼んでパンを貰ってきてとリリーに言われ、僕とシャーロットは傘を持って外へ出た。
「びっくりしました。シャーロット、僕をそんな風に思ってたんですね」
「オレだけじゃない、リリーも最初から、お前は特別だと感じてた」
今日のシャーロットは饒舌だ。傘を打ち付ける雨音が、不思議と彼に話をさせているのかもしれない。
「正直に言うとな。オレとリリーは、シャルルロアで手詰まりだったんだ。アミシのエメラルドも、クラウス王子を探し出すことができなくてな。日々の生活に追われてた」
「仕立て屋さん、繁盛してましたもんね」
「ああ。目的があっても、意外なほど、毎日に流されて時間が過ぎていくんだ。それが『街』の暮らしなんだ」
「シャーロット……?」
リリーやアルベルタ、剣術道場のアッキーやダンス講師のエディ、友達と過ごしている日々は楽しそうに見えた。
違ったんだ。本心を見せないようにしていただけだったんだろう。
仕立て屋のイケメン店員を演じて。
「リリーがちゃんと、エメラルド探しをしているのを知ってる。あいつが焦っていたことも。それでも、あっという間に2年過ぎた。トレニアがいないのが当たり前になってた」
「……」
「シャルルロアの連中は、みんな優しかった。戦争さえしてなければ、あの国は穏やかないい国だ。だからこそ、ラウネルに戻ってぎょっとしたよ。トレニアは寝たままだし、なにも変わってなくて、ほっとする反面、このまま時間だけ過ぎていって、そのうちオレもリリーも、トレニアも死ぬんだなって。何かをしてもしなくても、時間は平等に過ぎて、いつか終わる」
服を作って売って、パーティーで夜を明かして、そんなことを繰り返しているうちに、何も果たせないままだと、ふと気づく。
「オレが怖いのは、トレニアがいない毎日が、そのうち平気になっちまうこと」
「……シャーロット、そんな」
「お前が来てから、希望が見えた。さっきも言ったけど。……力を借りたい」
トレニアを助けてくれ。
シャーロットは僕に向き合い、頭を下げた。
「オレは死ぬ前に、もう一度トレニアの笑顔を見たいんだ」
雨粒が頬を濡らしている。それだけじゃないだろうけど。
「顔を上げてください。僕も協力します……。銅の国で手がかりを掴みましょう」
僕は僕のできることを。トレニアを助けて、リリーのために、クラウスを助けよう。
「オレもリリーも、お前のことはちゃんと好きだぜ。リリーは言葉にするのが下手なだけで」
「……ありがとう、シャーロット」
村に戻ったことで、彼は時間がないことに気づいてしまった。
そしてそれは、僕も同じことだ。
未来は変えられるかもしれない。でもそれは、リリーの望む未来を変えなくてはならない。
彼女が目的を達する前に……。僕が僕の望む結末を決めなくては。
本当の気持ちをさらけ出すのは、怖いことでも恥ずかしいことでもないよ。




