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第59話 ターゲット

執事といえばセバスチャン。

59

 人気のない、静かな館だった。出迎えた紳士は、館の執事だろう。おそらく名前はセバスチャンだ。きっとそうに違いない。

「リリー・ロック様ですね、覚えております。当家のリリー様を助けていただきました。……大きくなりましたね」

 やっぱり、リリーは子供の頃に、リリー・スワンと出会っている。


「お嬢様が川で溺れたところを助けて頂きました。それから、何度か遊びにいらしてくれましたね」

 そういうことを、忘れるかなフツー。


 横のリリーを見やると、またも宙を仰いでいる。


「今度こそ、思い出したわ……。服をたくさん持っていて、遠くの街から来たって。一日中、鏡の前でお着替えをして遊んだわ。私の祖母は厳しい人で、あまり可愛い服を買ってくれなかったから」

 だから、そういうことを、忘れるかなフツー……? 


「双子の弟がいますよね。セティスっていう。友達なんです」

「ええ。セティス様もシャルルロアにいらっしゃいます」 

 と、セバスチャン(仮)は答え、ここの主がもう戻ることはないと続けた。

「お嬢様はシャルルロアの女王になりました。新しい王が選出されるまでは、お戻りになりません」


 お茶をどうぞと、中庭に通された。

 主がいつ戻ってもいいように、きれいに芝刈りされている。紅茶とクッキー、なにかベリー系のジャムが添えられている。


「母親がいたのよ。私にはいなかったから、羨ましかったわ」

 そうだった、リリーの母親は、リリーが生まれてすぐに亡くなったと聞いている。

 話題を変えよう。

 

「シャルルロアを出る前、セティスは、『あなたのために姉は女王になった』と話していました。リリー様が忘れていたとしても、彼女には、あなたに会いたい理由があった」

「そうねえ。そうかもしれないわね。でも、私にはわからないわ。私はリリー・スワンじゃない」

「彼女は、赤い髪のリリー、あなたを探してた。顔を覚えてた……。美貌の仕立て屋ではない素顔のあなたを」


 きっと、初恋だったんだ。リリーにとっては、わずかな間の友達だったとしても。


「僕にはわかる気がします。命の恩人を探してたんです。リリー・スワンにとっては、はじめての恋だったんじゃないでしょうか」

「どうしてそうなるのよ。女の子同士じゃない。ナイナイ」

 リリーはバリバリとクッキーを噛み、ティーカップにジャムを落とした。

「女の子だから、女の子に惹かれないなんて、言えないでしょう」

「……」

 僕もクッキーをつまんで、紅茶を飲んだ。

 

「そうね。そういえば、男でも女でも平気な人もいるものね」

「嫌味ですか」

 確かに元の世界では、男を相手にしてましたけど。


「私は同性に興味がないってだけの話よ。人の嗜好をどういう気はない。気を悪くしたなら、謝るわ」 

「……話をもとに戻しましょう。リリー様、クラウス王子がいなくなる前に、ラウネル王城のパーティーで、王子とスワンは会っているんですよね。その時に、王子は、恋人のことを話したんじゃないでしょうか。そして、リリー・スワンはあなただと気づいた。クラウス王子をさらったのは、欲しかったからじゃない。邪魔者を取り除きたかったのでは」

「……なんですって……」

「本当の目的は、リリー様、あなただけ」

「じゃあ、さらった王子を殺さなかったのは何故かしら……」

「戦になります。リリー・スワンにそんなつもりはないのでしょう」


 邪魔者を取り除きたかっただけ。それをシャルルロアの女神・ダイアモンドナイトは手伝っただけなのかもしれない。

 神の範囲は、人の考えを超えているのではないだろうか。

 他国の王子を誘拐しておいて、顔に出さずに、国政を続ける。

 リリー・スワンは、もっと純情そうに見えた。

「……彼女は、ダイアモンドナイトが、クラウスをさらったことすら、知らないのでは?」

「そこまで馬鹿なのかしら」

「シャルルロアは平和そのものでした。連日のパーティー、お祭りもあった。アルベルタさんたち貴族にも、フレデリクさんのような軍人にも、緊張感はありませんでした」

「たしかにそうね。顧客は金持ちばっかりだったし」



 ダイアモンドナイトは、リリー・スワンの敵を、ただ、単純に片付けたつもりなのかもしれない。

「殺してないなら、取り戻しようがある。彼女を殺さなくてもいいかもしれません」

「私は国王から、女王を片付けろと言われているの」

「リリー様、それはあなたの望みではないでしょう」


 この人は人を殺せない。

 どんなに冷たそうに振る舞っていても、夜中にハンカチに刺繍をするようなひとだ。


 リリーは執事を呼び、「二階へ上がってもいいかしら」と尋ねた。

 別に誰も住んでいないので構わないと、セバスチャン(仮)は、案内してくれた。

 二階へ上がり、西側の部屋へリリーは歩いていく。


「この部屋よ、中に大きい鏡があったわ」

 ドアを開けると、確かに壁一面の大きな鏡があった。

 掃除は、執事の彼がしているのだろう、埃がたつわけでもない。


「ここで服を着替えてね、可愛い服がたくさんあったの……。あと、人形がたくさんあってね」

 1週間だけ、友達だったのね。

 そう呟いて、リリーは窓を開けた。

 ひんやりとした風が吹き込んでくる。

 

「ケーキとクッキーが毎日出てきてね、紅茶もジュースも、いつも違ってた。こんな暮らしをしたいって心底思ったわ。でも、私とおばあちゃんは村に帰らないといけなかったから」

 一緒にいてと泣かれたけれど、祖母が許さなかった。当然だ。再会の約束すらしていない。

「なれないモノ、人に憧れるのはおやめって、言われたわ。私のおばあちゃんは、なんでもできるタイプだった。村一番の魔女でね。彼女は誰にも憧れる必要がなかったの」


 『他人に憧れるのをやめなさい』、何度も言われた。

「お人形のようにはなれないって」

「リリー様」

「皮肉なものね。憧れていたお姫様は、人形屋の娘だった。私はその子のことをすっかり忘れていた」

 

 がらんとした部屋には、カーテンと鏡、布がかけられたベッドだけがある。

「リリー・スワンは10才で女王になったと、セティスが話していました。どんな基準で女王が選ばれるのかはわかりませんが。彼女は女王になってからも、あなたを忘れられなかったのではないでしょうか」

「それで」

「敵国の女王になってしまって、あなたを探しようがなかったんじゃないでしょうか。ラウネル王国とシャルルロアの間は、魔法の森があって、侵入者を拒むようになってるんですよね。もっとも、女王が他国に一人で出向くわけにもいかないでしょうが」


「ここからは僕の想像でしかありませんが、彼女は、ラウネル王国との敵対関係を解消するために舞踏会へ出向いたのではないでしょうか。舞踏会の夜、クラウス王子と話した彼女は、あなたを探し当てた」

「……」

「間接的にですけど、クラウス王子を、こんな目に合わせたのはあなた……」

「……可愛くないことを言うようになったこと。いいのよ、私が助けてみせるから」

「……」


 さて、どうしましょうか。

 お茶をご馳走になり、辞去する間際になり、セバスチャン(仮)がお土産をもたせてくれた。

 クッキーと紅茶が、缶に詰められている。

「当家のリリーお嬢様も、好きだった店のものです。また時間がありましたら、お立ち寄りください」

「ええ、そうさせてもらいます。リリー様も」

「……そうね」

 

 これから殺さないといけない相手の家を訪ねることはもうないだろうけど、と言いたげに作り笑いのリリーは目をそらした。

「シャルルロアの女王は、女神の気分ひとつで変わります」

「ええー、そうなんですか?」

「いずれ女王が変わることもあるでしょう。その時にはまた、」

「時間がないの。失礼するわ」


 セバスチャン(仮)の言葉を遮り、リリーは背を向けて歩き出した。

 

 

 紅葉した森の、葉が落ち始めている。

 リリーに手を掴まれて、早足で歩く彼女に引っ張られる。

 大きくスリットが入ったスカートを履いた彼女の足はむき出しで、森の中を歩くにはかわいそうだ。

「リリー様、箒で帰りましょう。寒くなってきましたし」

「……そうね……」

 箒にまたがり、リリーの腰にしがみついて、地上を見おろした。

 空から見る森と山々は、少しずつ色を失い始めている。もうすぐ冬が来る。


「アキラ、夕食は何が食べたい?」

「できれば肉で」

「広い」

「あったかいものが食べたいです。少し冷えました。温泉も結局、ちょっとしか入れなかったですしね」

「よしきた」


 村に着くと、シャーロットが部屋の掃除を済ませてくれていた。

 トレニアの母のアゼナが、焼いておいてくれたパンを受け取る。


 リリーが昔縫ったというエプロンを借り、夕食の準備を始めた。

 台所で、リリーに教えてもらいながら玉ねぎとトマトのスープを作った。その横で、パンにハムとチーズを乗せて焼く。

 ソーセージとじゃがいもを、オーブンで焼いた。

「アキラおいで」

 庭でハーブを教えてもらいながら摘んだ。これはスープの仕上げに入れるらしい。

 お酒はまだ飲めないんだったわねと、リリーは自分の分のワインをグラスに注いだ。

 僕の分はオレンジを絞ったものを炭酸水で割ってくれた。

 甘みの少ないジュースだ。

 

 二人だけの夕食を取りながら、

「仮に、アキラの考えがあたっていると仮定して。私は彼女のものになるわけにはいかないの」

 とリリーは話し始めた。


「私はラウネル王国の次期女王。クラウスを助けだしたら、女王の座は約束されてるの」

「わかってます」

「リリー・スワンの気持ちは受け取れないわ。それに王子を誘拐するぐらいなんだから、いつ攻めてくるかわかったもんじゃない。当初からの予定は変わらないわ」

「ころ……、消すってことですか」

「ええ。私とクラウスの幸せを脅かすなら、敵だもの」

「あなたにできるんですか」

「私以外に誰がやるの?」

「僕が、ガーネットになって、ゴーレムを動かせば……」

「……アキラ。君にできるのかしら。兵士の体を握りつぶして、首を飛ばしてってしなくちゃいけないのよ」

 わかっている。

 誰かがやらなくちゃ、リリーの目的は果たせない。

 

「このまま、村にいるわけにはいきませんか。僕と、こうやって暮らすのは」

「……そうね。もっと早く君と出会っていたらね」


 今夜は早く寝ましょうね、疲れたからとリリーは食べ終えた皿を下げた。

 今日はベッドは別らしい。


 シュンシュンと、暖炉にかけた鍋が沸騰して音を立てた。

 火から下ろして少し冷ます。これは寝る前に顔や体を拭くためだ。

 お風呂がわりに、リリーの体と髪をお湯で濡らしたタオルで拭いた。

「アキラ」

 くるりと、上半身裸のリリーが振り向いた。

 ぎゅっと、抱きしめられると、柔らかい胸が当たる。

「今日はありがとうね」

「……いいえ。僕も、観光できて楽しかったです」

 

 そっと離れると、おやすみとおでこにキスをされる。

 パジャマに着替えて、寝しなのおやつに、もらったクッキーを分け合って食べた。

 


 一人になると、クラウスをどうやって助けようか、そして殺そうかとずっと考えている。

 その前に、リリー・スワンもだ。恨みはないけど、消えてもらわなくては。


 この手を血に染める勇気が、まだ僕にはない。

 もし、一人でも倒したら、誰かを傷つけることも平気になってしまうのかな? 

 



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