第6話 大驚失色
目の前に、銀髪で、アメジストの瞳の少女が立っていた。
見覚えがある。
ああ、自分で描いた魔女っ子だ。まだ名前もつけてない。
ガーネットのついたロッドを持っている、魔法少女。
マンガ、描きたいなあ……。夏休みの間に描く予定だったのに。
もう少し待ってて、必ず描くから。
彼女にそういうと、にこっと微笑んで消えてしまった。
「……夢か」
昼寝から目を覚ますと、ベッドの上に、太った黒猫がいた。
どこから入ってきたんだろう。足で軽くつつくと、その猫は部屋を出ていった。
窓から月が見える。結構寝てしまったのかな。
「おーい、アキラ、そろそろ出かけるから起きろ」
廊下からシャーロットの声がした。
着替えて髪を整える。1階に降りると、リリーもメイクしていた。。
うっすらとピンクの口紅をしている。決して濃いメイクではないのに、顔色が明るく見える。
黒いワンピースに、金とアメジストのネックレス、揺れるイヤリングをしている。髪をアレンジして、耳の上で少しだけまとめている。宝石のついたピンがきらめいている。
自分の美しさは偽物だと、自虐的に笑っていたのが嘘のようだ。
「お腹空いたわね。ぼちぼち出かけましょう。アキラ、もう少し背を伸ばして歩きなさい」
「……はい」
「あなたは本物の美少年なんだから。優雅に見えるように振舞いなさい。いいわね」
「はい」
「よし、行こっ」
店の外に馬車が待っていた。
シャーロットは一緒に行かないようだ。
馬車は30分ほど離れた、屋敷に着いた。ところで誰の屋敷なんだろう。
お待ちしておりましたと、その屋敷の執事が案内をした。
「リリー様がお着きになりました」
ドアの向こうは大広間。弦楽器の旋律と、着飾った婦人たち。
花と酒の香りがドアからあふれ出た。
「あ、リリー! いらっしゃい」
「久しぶり」
「仕立屋がいらしたわよ!」
まるで花だ。蝶のように人が寄ってくる。
男の方が少し多いか。同世代から少し年上の男まで、いろいろ揃ってる。
「誰その子、可愛い」
「新しい店員よ。アキラっていうの」
素敵な黒髪ねと、誰彼かまわず顔を覗き込んでくる。
「この子は私のよ。さわっちゃダメよ」
リリーの白い手が、肩に乗る。距離感が近いのかな。
メイドが、グラスをリリーに手渡した。僕の分も受け取る。
「乾杯」
グラスを合わせて飲み干した。
「……って、これ酒じゃないですか!」
「パーティーでお酒飲まないので、何を飲むのよ」
「まだ14ですって言いましたよね!?」
「いやっ、14なら問題ないでしょ?」
……そうか、ここ日本じゃないんだ。
「僕の国では、14歳だとお酒は飲めないんです」
「あー……、そういうことなのね。ここなら13歳から飲まめるわ。結婚もできる」
「結婚」
「シャルルロアはそうでもないけど、私の国なんかは、子供はすぐ死ぬから……。結婚は早くても問題ない」
じゃあ、僕でも問題ないわけですね。
そうこうしているうちに、リリーがダンスに誘われたが、男たちは軽くあしらわれていた。
慣れているんだろうか。
「アキラ、ダンスはできる?」
「いいえ」
「今度教えてあげる。アキラにもお嫁さんを探してあげるわね」
「……」
僕はいずれ、元の世界に帰るつもりなのに。そんなことより、
「僕とおどっ」
その時、「仕立屋の分際で偉そうに」と誰かが呟いた。
性格ブスにリリー・ロックのドレスを着る資格はないわ。顧客はいくらでもいるのよと、誰にともなく、リリーが笑った。
「……リリー様」
「私のドレスは、心がキレイじゃないと似合わないから」
隣の部屋に行きましょうと、連れ出される。
悪口を言う人はどこにでもいるんだな。
「慣れてるから平気よ。まあ、生ハムでも食べて」
「……あっ、コレおいしいですね」
「カモ肉のローストもあるのよ」
ビスケットやサンドウィッチ、フルーツやお菓子の山。
シャーロットが「朝はあんまり食べない」といった理由が分かった気がした。夜に食べてたら、そりゃあ朝は起きれないだろう。
リリーはハムばかり食べていた。すごく、もぐもぐしている。
好きなの食べなよと笑うが、彼女は肉と果物、しかも同じものを延々と口に運んでいる。
「偏食気味ですか」
「んー……、この国の料理の味付け、それほど好きじゃないのよ。美味しいは美味しいんだけどね」
料理をつまみながら、リリーは知り合いらしい貴族たちと少し話しては、あしらって帰していく。
誰か待っているんだろうか。
……好きな人とか?
「リリーさん、こちらにおいででしたか」
でっぷりした腹と、白髪交じりの長髪をリボンで束ねている。
商人らしい、中年のオッサンだ。
お前誰だ。
「……よく、私の前に顔を出せたものね。今度は本物でしょうね」
フォークをハムに突き刺して、リリーが彼をにらみつけた。
「今度はきっと気に入っていただけると思いますよ」
「アキラ、こちらは宝石商の」
「シュルツといいます。……可愛らしい少年ですね。新人さんですかな」
「ええ。シュルツ、さっさと用件を済ませてくれない」
リリーにしては、高圧的な態度におされ、シュルツと名乗った商人は、バッグから宝石箱を取り出した。
「お探しの、エメラルドです」
「……今度は本物かしら」
リリーは、無造作に取り出したエメラルドのイヤリングを、くるくると回転させて眺めたかと思うと、ぎゅっと両手で握りしめた。
顔を上げた彼女の表情は冷たかった。
「……シュルツ。遺書は書いてきたか」
「……リ、リリーさん」
「エメラルドじゃないわ」
リリーが手を開くと、そこには透明なガラス玉があった。
「ただのガラスに色をつけただけね。簡単な魔法が施されていたけど、見破られないとでも思った?」
「今度は本物を仕入れた、う、嘘じゃないっ」
「下手な嘘はやめなさいよ。私には加工は通用しないって、言っておいたと思うけど……。小娘だと思って侮ったわね」
ヒールでガラス玉を叩きつぶし、帰れとリリーは言った。
「この街でリリー・ロックを騙そうとしたわね。あなたの店はもう終わりよ。今夜のことはあっという間に広がるでしょうね」
「……待ってくれ、わ、私も騙されたんだ」
「どうだっていいわ、仕入れをしたのはアナタ。アナタの責任でしょ。商人なら自分の目利きには責任をもたないと」
いますぐ死ぬか? とリリーは笑った。
「エメラルドとガラスの区別がつかないんでしよう? そんな目ならいらないわよねえ」
さっきまでハムを食べていた人と同一人物だとは思えないな。
こんな冷たい表情をできるのかと驚いたが、僕は彼女とシュルツの間に割り込んだ。
「殺すなんていけません。シュルツ殿、今夜はお引き取りください」
「……命拾いしたわね。私の店員が帰れって言ってくれてるわよ」
シュルツはバッグを拾い上げると、舌打ちをし走り去っていった。
「まさか本気で殺す気じゃないでしょうね」
「あんな豚を殺したって意味ない。今のやりとりは、みんな見てる。誰もあの店から宝石を買わなくなるわ」
まあ、そんなことどうだっていいんだけど。
座りなおして、また彼女はハムをつまんでいる。
女王のエメラルドは、どこにあるのかしら。
アイスクリームをうっかり落としてしまった、子供のような小さな声。
彼女は、何かと誰かを探している。つまらない顔をして何かを待っている。
聞いたら、話してくれるんだろうか。
2025/06/15 誤字修正しました。