第55話 変身
魔女になれるとしたら、あなたは何を願いますか。
「僕です。僕はアキラといいます」
「人間の子供が何の用だ」
ガーネットから出てきた妖精は赤い髪に赤い羽を持ち、ぎらついた大きな瞳は、捕まった宇宙人のイラストを思い出させた。
「人を探しています。それと、ある国の女神があまりに強大で、勝てる気がしない。知恵を借りたい」
「どのような」
「ダイアモンドナイトを打ち破る方法」
その妖精は首をかしげ、頭をポリポリと掻いて笑った。
「4番目の娘を倒すですって? 正気?」
「本気です。人間の力では、神を殺すなんてことはできないでしょう。僕は……、リリー様のためにクラウスを助け出せればそれでいい」
神を殺すなんてことができるはずがない。何か方法を探そう。
それこそ、これは僕一人の手には負えない問題だ。
「人を殺すだけでも怖いのに、女神を倒すなんて恐ろしい、できるはずありません。もっといい方法があるなら……。僕一人で見つけられそうもありません。力を貸してほしい」
黙って聞いていた妖精が、小さな手をパンと合わせた。
「気に入ったわ。4番目の娘に、逆らおうとするなんて挑戦者ね」
……初めて笑った。
「私はガレ。私の力が4番目の娘に通じるかはわからないけど、必要なら呼び出して」
ガレが、僕の手の上のガーネットに触れると、その石は杖の形に変化した。アニメの魔法少女が持っているような、短いロッドだ。
「どう使ったらいい?」
「私に呼びかければいい。お前がどうしたいのか教えてくれなければ、どうしてやることもできない」
「……僕に、力を貸してくれる?」
「私はお前に従おう。願いを言え」
僕の願い……。
クラウス王子を救出してしまえば、僕は用無しだ。
……まだ、そうと決まったわけじゃない。少なくとも、女神と妖精が、僕の声に耳を貸してくれる。
「クラウス王子を助けた後も、リリー様は僕をそばに置いてくれるでしょうか」
「お前がクラウスよりも役に立つ、そばに置くに値するならお前を選ぶかもしれん。未来は一つだけではあるまい。人の心は変わる、状況
は変化するものだ」
それもそうだ。
僕はもともと、日本の中学生で、漫画家志望。それが今では、魔女見習いじゃないか。
僕ができるのは絵を描くこと。
「ガレ、僕に力を貸して」
ロッドを握りしめ、ガーネットに変身した時の姿を思い描く。握ったロッドが熱い、その熱が指先から全身を巡るのが解った。
「変われ……!」
目を開けると、指先にはネイル、純白のドレス。銀色の髪に変化している。
ここまでは予想通りだ。
胸元には以前リリーが買ってくれた、小さい懐中時計のペンダントが光っている。
黒百合の女神にかつて説明されたことがあった。『時計を買い与えるのは、所有の証。『あなたの時間は私のもの』って意味』だと。
僕のすべての時間を、リリーに差し出したって構わない。今すぐ抱きしめてと口に出せたなら、なにか変わるのかな。
まあいい。
ロッドを高く掲げ、空中に絵を描く。
「次は、絵から取り出す。精霊に命ずる、描かれし者よ、我に従え!」
ドシンと、大地から土が盛り上がった。
思い描いた通りの、見た目と大きさ。
「……できた!」
ぼろぼろと土がこぼれ落ちると、赤く輝くガーネットのゴーレムが姿をあらわす。
性能はどの程度かわからないが、ゴーレムを出現させることができた。
「……すごいですね。リリーさんに見せましょう」
「そうですね。……ローズルさんも乗ってください」
腕を下ろすように命令すると、そっと両腕を差し伸べてくる。
巨大なの手のひらにのると、僕たちを肩に乗せた。
高さにすると、2、3メートルといったところか、ずっと遠くまで見渡せる。
水平線が広がる岬、その向こうに船が見えた。
確かにここは、人の世界とつながっている。
魔女になった僕は、元の世界に帰れるのだろうか。人が多くてごみごみした池袋駅前に。
ゴーレムに歩くように囁くと、迷いもせずに森に向かっていく。
白い花が咲き乱れる森を進むと、リリーはすぐに見つかった。
「リリー様」
「……アキラ!? どうして変身してるの、それに、そのゴーレムは……」
「ダイアモンドナイトを元に、僕が描きました」
「描いた!?」
ガーネットのつもりで描いたから、ダイアモンドよりは弱いかもしれない。
ぽかんと口を開けるリリーを、ゴーレムの肩から見下ろした。この人は、本来、感情が顔に出る、正直なひとなんだろう。
下にと頼むと、ゴーレムは僕を手のひらに乗せ、地面にゆっくりと下ろした。
スカートから入り込む風に、足がひんやりする。しばらくしたら慣れるだろうか。
「あなたの役に立ちたいから、魔女になりました。変身も自分でできるようになりました」
「自分でって……」
「黒百合の女神から、このガーネットをもらいました、見てください」
ロッドで宙に剣を描いて、出現させた。
「描いた物を物質化できるみたいです」
「えっ、すごいね!? なにそれ」
何かの漫画で見た剣をそのまま描いただけだが、リリーは刃に指を当てて、まじまじと見つめている。ちゃんと切れるわねと指の腹を切る。
「……私は物の形を変えることしかできないけど、アキラの魔力の方が上ね……。大したものだわ!」
刃には女の子の顔をした僕が映っている。
「……自分で、自分の中の魔法を見つけたのね」
「僕の力じゃありません。ローズルと黒百合の女神が石をくれたから」
「その力を使おうと決めたのは自分でしょう」
ぎゅっと僕の細い肩を抱いたリリーが囁く。
「君は本物の魔法使いよ」
リリーはいつも僕が欲しい言葉をくれる。
利用されても構わない、それが彼女の魔法なら逆らえない。
「私以上のモノになるかもね」
私のためにその力を使いなさいと言われたような気がしたが、強い風の音にかき消された。風に煽られて、リリーの長い髪がなびいた。
視界に入る僕の銀色の髪も、陽の光を受けてきらめく。
心の中にイメージしたものをすべて物質化できるなら、もっとリリーの役に立てる。
この力で、未来を変えてみせる。
アキラを魔女にするまでに、55話かかりました。
もっと早くするクラスチェンジする予定だったんですけどね。




