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第53話 それぞれの絶望

書きたかったシーンのひとつ。やっとここまで来ましたぞ……

53  それぞれの絶望



 黙って泣いていたリリーを僕は放っておいた。クラウスが生きている以上、彼女はシャルルロアを滅亡させなければならない。絶望的な未来しか浮かばない。

 自分が眼中にないことを思い知る。

 クラウスは僕と同じ顔で、次期国王。

 一方、僕はそのへんの中学生、女の子に変身できるってだけで何の力もない。

 そりゃあ、王子一択でしょ。バカでもわかる。

 期待していたんだ、『クラウスはもう死んでいる』と、悲しい答えを。僕にとって都合のいい明日を。

 生きてるなんて、内心信じちゃいなかった。


 甘かった。なんとかしなくては。

 このままでは勝ち目はない、最後まで諦めてなるものか。


 ……最後とは。

 彼の最後か、僕の最後か。 

 殺さなくては。

「……」

 僕はいま、なんて。

 殺す? 同じ顔をした彼を。

 リリーが愛している王子様を。

 そんなことできるわけがない。好きな人の好きな人を、助けたあげく、殺すってことになる。

 とんでもない、人間のすることじゃない。


 でも確かに、僕の心は彼の死を望んだ。

 クラウスを助け出した時点で、僕は用無しだ。最初からわかっていたはずた。


 リリーの願いが叶ったら、僕はここにいられない。 少なくともラウネルには。

 城を出て、裏手へ回る。長く伸びた塔の影にしゃがみ込み、この世界に迷い込んでから僕は初めて大声で泣いた。

 


 ----


「アキラさん。風が強くなってきました、中へどうぞ」

 どれほどしゃがみこんでいたのか、尻も背中も痛い。

 ローズルが手を差し出し、起こしてくれた。

「……リリーは……?」

「散歩してます。妻がそばにいます。すぐ戻りますよ」


 教会へ戻るよう背中をとんとんと叩かれる。


「ローズルさん、聞いてください」

「はい」

「僕には殺したいひとが」

「ははっ、誰にでもいますよ、一人や二人は」


 女神を妻にしている神父でも、殺したい奴はいるんだ。なんだかほっとした。

「生き物ですからね、人間も。生存を脅かされれば、相手を殺そうとしますよ。当然のことです」

「生存を脅かされたことが? ここは……、ローズルさん以外にも誰かいるんですか」

「いいえ。ランズエンドには、私以外の人間はおりません。誰も来ませんよ」


 美しい教会でしょう、誇らしげにローズルは両手を広げた。


「この教会は、私が妻のためだけに建てました。誰も訪れない、私だけの祈りの家です」

「はあ。一人で……?」

「ええ」


 小道に沿って、たんぽぽが黄色い列を作っている。一輪摘み取ると、ローズルは高く掲げて見せた。

「私の妻は美しいでしょう。彼女は、人間としての私をすべて奪っていきました」

「それって、黒百合の女神に殺されたってことですか」

「あの美しさは罪ですよ。ですが、妻は私の願いをすべて叶えてくれました。彼女は太陽です私にとっては」

 彼女と出会わなければ、私は普通の人間として長生きしてたでしょうねと笑う。


「アキラさん。あなたの国に神はいますか」

「はい……。伝承にそうありますから。国のあちこちに、神社があって、そこで祀られています」

「その神々は、あなたを助けてくれましたか」

「え……」

 お参りをしておみくじをひいて、だからといって格別になにかに守ってもらった覚えもない。

 ひょっとしたら、池袋駅前の道路が陥没したときに守ってもらったかもしれないけど。

「初めて会った私の願いを、妻は叶えてくれました。その結果、神殿は権力を失い、旧ラウネルは滅びましたが、別に誰が死んだわけでもないんですよ」


 女神の加護を失った旧ラウネル王国は滅亡した。その後、生き残りが子孫を増やして、ラウネルはノアが新しい国として復活した。

「神様はいるんですよ。結果論だとしても、私は愛する女神についてきたことを、一度も後悔していません」


「愛されたいと願うのは、普通のことです。相手が人だろうが神だろうが、同じことです」

 今は離れていても、妻との絆を疑ったことはない。とローズルは言い、ぽんぽんと背中を叩いた。

 膝を屈めて、視線を合わす。


「アキラさん。あなたの望みは、殺すことではありませんよね」

「……僕は、でも、クラウス王子を助け出したら、用無しだ」

「そんなことを、リリーさん本人に言われましたか?」

「……言われてない、です」

「まだ起きてもいない未来を憂うには意味の無いことですよね。あなたはどうしたい?」


 

「アキラくん。自分の心は誤魔化せません。どんなに強い人間でも、逆にどんなに弱い人間でも、自分に嘘をつくことはできません。ですが、意外と、心とは移り変わるもの。いま抱いているのが、殺意であってもかまわないのですよ」

「どういう意味ですか……」

「君が強くなった時に、彼女の気持ちが変わるかもしれません。未来を憂うのも問題ですが、未来に期待するのは決して悪い判断ではありません」


 同じ顔の王子。

 何をどうしたらリリーに響く。

 彼女の役に立ちたい、その気持ちに嘘はない。嘘はないけれど。

 腸が煮えくり返る。

「何も諦める必要はないんですよ」


「僕は……強くなりたい」


 助けてやるよ、リリーのために。


「……」

「王子は助ける。リリーのために。そのための力が欲しい」



 殺さない以外の方法をどうやって探したらいい。





 その方法が見つからなかったら?

 

 




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